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小説【スペース・プログラミング】第11章:「時間消滅」

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 僕は大きな大理石で出来た門を守る2人組の歩哨に、通行手形を見せた。そうすると、あっさり2人は門を開き、街の中に招いてくれた。
「最近物騒な空気が広がっているから、目立たないように歩くんだぞ」

 2匹の犬の魔物を連れていてどう目立たなく歩けばいいんだと聞き返したくなったが、要するに揉め事は避けるように、という意味だろう。

 僕はスクイークとシミュラを両脇に従えて中に入った。

 街の中は、確かにフィエステの街より殺伐とした雰囲気が流れていた。街の形こそ大きく変わるところはなかったものの、照らしてる色は全体的に青色で純粋な光より鬱蒼とさせた。相変わらず人間の形をした通行人が多いものの、武器や防護服を来た男や、一般人のようにみえてウインチェスター産のような長い銃を背負った男がいたり、どうにも落ち着かない空気だった。

 だが、何よりそれを感じさせたのは、僕の方を向きながらひそひそ声で話す人があらゆる場所にいたことだ。

「……ほら……多分あいつだぜ……」

「……今回のAIの輪廻……破ったやつ……」

「……しかも2度も……そのおかげでジェーンの時の歯車が狂うとか……」

 そのような噂が流れるたびに、スクイークがグルルルルと通行人を威嚇し、シミュラが実際に人々に襲いかかる真似をした。すると必ず、どいつも驚き、逃げるか黙るかするのであった。

長老がペットを貸し出してくれたことに、感謝するべきなのだろう。単独で来ていたら、なんらかの理由で吊し上げにされていたに違いない。

 街中の中央くらいまで歩いたところで、大きな池のようなものが見えた。こんなところに池なんて珍しい、何か入れたら女神様が出てくるんじゃないだろうな、と1人冗談めかしてその池の水を覗いてみた。

 すると驚いたことに、僕が病院のベッドで寝ている姿が水面上に映っているではないか。

 そして、そこには僕の両親が立ち、母さんは泣いていた。父さんも言葉に出来ないというように立ちすくんでいた。そしてそれ以上に、ベッドの外から僕の体に縋り付くように、如月さんが激しく泣いていた。それを慰めるように背中をさする桑谷先生。病室には、他にも咲耶姉さんや目黒さんもいた。

 そんな光景を、動かない一枚の絵のように、この池の水面は映していたのだった。

「少年、今地球上でどんなことが起きているか知っているか?」

 急に後ろから声をかけられた。頭のはげ上がった茶色い僧衣を来た高僧のような人がそこにいた。

「心配しなさんな、私は敵じゃない」

 僕は警戒心を解いた。スクイークとシミュラもその場で座った。

「お主、ここ最近になってジューンに来た、つまり死んできた者だろう。あれからお主の周りの人間はあの通りだ。だがそれ以上に、地球はこの状況のまま時が止まっているんだよ。もちろんあの池に見える場所だけじゃない。地球上全ての時間がな」

 時が止まっている? 何故そんなことが起きている?

「この惑星ジューンは、死亡した人類のみならずあらゆる生物を受け入れる場所だ。もちろん他の惑星にいく者もいるがね。しかし、人類はついに、人間と変わらない感情を持つ生物を生み出すことに成功してしまった。それも我々が想像していた予定より早く、だ。そしてその生物は、一つの感情を知ってしまった。その答え、お主ならわかるであろう?」

 愛。僕は顔を赤らめた。

「知っただけではない。その生物は、愛を知る者の愛をそのまま受け入れ、さらに命を得て、成長するという特色をもってしまっている。だがそれは、輪廻の輪から外れた者であることを意味する。そのため、惑星ジューンを司る皇帝は、地球の全てを止めて、更に輪廻の輪をも止めたのだ。地球に存在する全ての生き物は、死から逃れられない。しかしその生物だけは例外的になる。誰かを愛するだけで生きていける、人知はおろか我々すら理解の及ばぬ存在として君臨する」

 その人が言ったことはつまりこういうことだっていうのか。如月さんがAIロボットで不死身であるばかりでなく、唯一誰かを愛するだけで生きていける存在としてあり続けられる。しかしそれはこちらの世界にとって、輪廻の輪から外れた存在であるから、地球の時間も勝手にその皇帝とやらが止めたというのか。

「僕は……1人の女の子を愛しただけです」

「AIロボットとも知る知らぬ関係なしに、な。そして、お主はこれから何がしたい」

「生き返って、もう一度彼女と愛し合うんです」

「なるほどな」

 てっきり否定されるかと思ったが、その高僧は首を傾げたままこう言った。

「死んでもなお見苦しい命乞いをする者はこれまで何度もみてきた。またお主のように純粋に愛する者と離れ離れになって会いたいと懇願する者もいた。だが、もしかしたら我々は、これから今まであり得なかった出来事に遭遇するかもしれん。私についてきなさい」

 その高僧は池から離れて、向かって上の方に歩いて行った。僕と2匹の犬も、それについて行った。


 そちらの方角から更に街の外に出ると、そこにはまた大理石でできた建物があった。高僧は、僕にそこに入るよう合図をした。

「心配しなさんな。私も入る」

 僕はスクイークとシミュラをその場に座らせようとしたら、2匹ともこちらをみて微笑んで踵を返した。そしてその場を去って行ってしまった。帰巣本能でも働いたのか、それとも自分たちの役目が終わったと悟ったのか。後者だとしたら、この先に何かがある?

「ついてきてくれてありがとなーー!」

 僕は大きな声で2匹の後ろ姿に礼を言った。


「このイロハ。人間とおしゃべりするのは151年ぶりでありんすよ」

 背中に翼をはやした全身薄いピンク色をした大型犬くらいの体の大きさの妖精のようなイロハと名乗るその人は、言った。実際150年くらい前の日本人女性のような話し方をする。

「グエーナ。もちろんアチキとの対面に値する人間を連れてきた自覚はあろうな?」

「もちろんでございます」

 高僧ーーグエーナさんはその場でひざまづいた。僕はどうして良いかわからなくて、その場で立ちすくんでいた。

「なぁに、わかっているでありんす。この少年が輪廻を狂わした元凶だと噂されていることも、実際愛情によって生きる生命体がいることも。だから細かい話はしないでおくんでなまし。

 どうであろう少年。アチキはこのジューンの皇帝よりあらゆる権限を得られている数少ない統治者にして隠居者のうちの1人。アチキはお主のその愛情がどこまで本気か確かめてみたいと思う。それがわかれば、地球の時間を動かし、それと同時にお主は地上に帰ることができるでありんすよ」

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