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小説【スペース・プログラミング】第3章:「チャンピオンの餌食」

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 忘れもしないさ、僕が新人賞に送った「宇宙とのロマンス」を、売れるタイトルに変え、内容も脚色するように言われたことは。

 小説を書いていて新人賞に送るという分際で、そのレーベルのカラーを知らずに送った僕も悪いのだが、何も萌え系ハーレム物にすることはないだろう。しかも小学生が書いたものを、である。

 その上、僕(作者)が天文学を趣味にしていることをいいことに、その知識を満遍なく引けひらかすだけで、美少女がたくさん主人公の周りにやってきて、しかも宇宙の覇者とやらと知恵比べをして勝っただけで宇宙の帝王になれたというストーリーにしてしまうとは。まさに文字通り、小学生でもご都合主義だとわかる展開だ。

 そんなライトノベルでもある程度は売れてしまうのだから、世の中はわからない。若干12歳だった僕は、そんなこの世の中のことも知らずに、宇宙の知識は知っているのだから、この社会全体の周り方は地球の自転と同じで周り方が若干いびつなんじゃないかとすら思えてくる。

 今日、と言うか今、僕の自室の中、それらの悪行三昧の張本人である編集者、海王翔太郎さんが正座で座って待っている。何故正座なの、と僕が聞いたら、星の星座とかけてこっちのポーズで待っている方が宇宙儀先生もSFが書きやすいだろうから、などと言う。全く理屈にかなっていない。そんな暗示みたいなことをしている暇があるなら、僕の興味のある宇宙のことの知識を潤沢にして欲しいものだ。

 1時間かけても、相変わらず僕が机に座って小説をパソコンで書き、海王さんがそれを同じ格好で待つ。出来たら教えてください、と言われているけれど、この調子だと4巻目の原稿を仕上げるのにあと3日間はかかる。それを伝えると

「冗談じゃありませんよ先生。ラノベはスピードが命です。特によほど有名だったり人気作家でなければ、間が開いたりするとすぐ読者に続編を忘れられるか、飽きられます。せめて今日中、無理なら明日までに仕上げてください。こちとら編集作業や印刷屋との交渉や出荷作業まであるんですから」

 知ったこっちゃない、と言いたいところだったが、確かに僕のライトノベルがそれらのあらゆる工程を経て本屋さんやECサイトなどで売られるのは事実だ。僕はいわゆる時限爆弾を最初に抱えた人間といったところなのか。

 ECサイトで思い出したが、この前桑谷先生がちょっとだけ見せてくれたECサイトの設計図、あれは面白かった。その前に中間テストの数学の点数は酷かったけれど……引き続き桑谷先生が定期的に家に来てくれるようになったのだから、結果オーライってとこか。

 僕は、それらのプログラミング作業のことを思い出して、ピッチを上げた。すると海王さんもそれを悟ったのか「おおっ」と勝手に喜んだ。嫌いだったプログラミング。今はちょっとだけ興味がある。でも、どちらかと言うと桑谷先生が喜んでくれるから、という方が大きいかも。自分が実際にソースコードを組んでみるとなると……ちょっと訳がわからなくなる。

 4時間、5時間、6時間……外はもう夜になっていた。僕の頭の中の血管はプツンと切れそうだった。それでも海王さんが急かさないのが不幸中の幸いだったが、ラストスパート、超大陸パンゲアが他の大陸に別れる前にやってしまえ、という自分流の意気込みで、ついぞ4巻目までの原稿を仕上げた。

 そのことを告げると、海王さんは「ドライブに保存しましたか?」と最後に確認し、共有するように促したことを確認してから満足そうに帰って行った。時刻は既に夜10時。こんな時間までに見知った編集者とは言え、中学生の息子の部屋に大人がいるんだからウチの両親もなんか諌めろよ、と突っ込みたくなってきた。

 さて、邪魔な編集者も家から去って行って、仕事も一段落して、明日も学校なので本来なら寝るところだが、不思議と眠くない。僕はプログラミングをしてみた。

 中間テスト前の如月さん。あいも変わらずあれから口も聞いていなければプログラミングを含めた交流らしい交流も全くない。昨日など、本人はいつもの調子で

「面倒くさいことは自動化できればいいのよ。例えば私とあなたの会話の間に入る咳やらくしゃみやら。そういうの予め、くること分かっていれば、より私たちの会話がスムーズになると思わない?」

 彼女はある意味怖いもの知らずである。それを言った相手は、僕のクラスで一番体の大きい男子、天童進である。天童は頭も良く、豪放磊落なところがあるが、人当たりが良いので人望は厚い、が、顔が怖いので好いていない女子もいるもよう。

 そんな天童にさえ、スムーズな会話を求めている。そして僕には相変わらず何も話しかけてくれない。やれやれ、何故そんな女の子を自分は好きになったのだろう。

 天童こそ、僕が書いた小説の主人公のように「俺ツエー」を満喫できるポテンシャルを秘めている。早い話僕の書いた物語は、フィクションのようであってフィクションでないのだ。

 如月さんがどんなプログラミングが好きで、どんな感じで話しかけていいのかわからない。やっぱり今日は早く寝て、明日学校が終わったら来る予定の桑谷先生に聞いてみよう。


「その彼女の書いたエラー文、って、どんなのだったか覚えてる? 言語とかも」

 僕は、わかりません、と答えた。というか、プログラミングに言語があること自体よくわからなかった。せいぜいScratchとC言語は違う、くらいのことしか。

「三谷くんの好きなその女の子、きっとプログラミングが大好きで、それ以外のコミュニケーションが苦手な子なのよきっと。だから他の人への話し方がガサツになっちゃったり、あなたがプログラミングの話をしようとした途端、こだわりが強くて怒っちゃったりした部分があったのじゃないかしら、きっと」

「それでも僕だけ無視されている理由がわかりません。それもその件があってから、ではなく、入学して最初から」

「うーん……確かに、それはちょっとわからないわねぇ……」

 桑谷先生も悩んでいるような顔をしていた。今、僕の悩みやプログラミングという新境地を積極的に聞ける相手は、この人だけだ。

「それでも、きっとその娘とは、好きなプログラミングでコミュニケーションを取れるようになれば、三谷くんとも仲良くなれるチャンスは絶対あるはずよ。だって君は何も悪いことをしていないんだから」

 桑谷先生にそう言われると、かなり元気が出た。そこで僕は、もっとプログラミングを教えてください、と頼むと、今日はちゃんと一次方程式の基礎を覚えなきゃダメよ、とけんもほろろに返されてしまった。


 悪いことをしてないと言われて間もない頃なのに、僕はついに強硬手段に出ることにしてしまった。体育の授業の時を待ったのだ。

 その時間、僕は体育教師に具合が悪いと言って体育の授業を休む、そしてその隙に、如月さんが持っているプログラミングのノートを盗み見て自分のノートに書き写す。そしてそこに書いてあるソースコードがわかれば、きっと彼女と仲良くなれる糸口を掴めるはずだ。多少卑怯で犯罪に近いやり方だが、仕方ない。

 実行に入る。体調が悪いことと教師に見学を言い渡されたこと、そして他の生徒がその日の運動項目であるサッカーをやり始めたのを待ってから、僕は校舎にこっそり入り、そして急いで自分の教室に行った。

 誰も中にいないことを確認してから、僕は如月さんの机の中にあるノートを探そうとした。するとそれはあっさり見つかった。

 僕はできるだけ早く、そのノートに書かれてあるソースコードを自分のノートにシャーペンで書き写した。全部は無理なので、一部だけでもわかれば、彼女の好きなプログラミング言語や書かれてあるコードの解読を家に帰ってからして、それを2人で共有できれば仲良くなれる。

「よーう! こんなところに変態がいるぞぉぉぉぉぉーーー!!」

 いきなり声がした。振り向かなくても分かる。その図太い声、攻撃的なセリフ、天童だ。

 僕はその場で硬直してしまった。しまった、こんなところを誰かに、しかも天童に見られてしまった。

「俺も体育だりぃからフケてたんだよ。そしたら思わぬ掘り出し物が入ったもんだぁー。確かそこの机、如月のだよなぁぁー」

 次の瞬間、僕は無我夢中になって立ち上がって天童の方に向かって、しどろもどろになりながら捲し立てた。お願いだからこのことは誰にも言わないで、特に如月さんには、黙ってくれていたらなんでもする、などと。

 そしてまた次の瞬間、僕の顔面の真ん中に熱くて痛いものが込み上げてきた。高速で殴られたのだと気づくには少しばかり時間がかかった。立っているのがやっとだった。

「なんでもするだとぉ? じゃあお前、今日から俺の奴隷な。ここの生徒たちまだどんな奴らだかわからないことだらけだったからよぉ、でもお前なら格好の餌になりそうだと踏んでたらそれに加えてまさかの収穫だぜこんちきしょう。いいか、これから人前だろうが影だろうが、俺に殴られても文句言うんじゃねえぞ、あとコレもよろしくな」

 天童は親指と人差し指で丸を作った。

 最悪の展開になってしまった。僕のノートは一部如月さんの中身を写したまま無事だった。彼にとってはどうやらいじめ相手のカモを見つけられたことの嬉しさで、どんなことを僕がやっていたのかはどうでもいいらしい。それだけが不幸中の幸いだったが、もう僕は終わりだ。この学校で卒業するまでいじめられカツアゲされ続けるか、全てをバラされてコソ泥か変態扱いを受けるか、いずれにしても地獄しか待っていない。

 僕は自分の鼻から鼻血が出ていることを知ってから、授業が終了したチャイムの音を聞いた。殴られて半目しか開かなかった僕の前には、大きな体で且つ下卑た笑いで僕を見下ろす天童が、勝ち誇った出で立ちでいた。
 こうして、僕はあっさりバチが当たった。

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