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小説【スペース・プログラミング】第5章:「彼女は陽気な僕の女王」

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「三谷く〜〜ん。一緒に帰ろ〜〜」

 あまりにも教室中に響く声で言うもんだから「この色男〜」「ヒューヒュー」などという声が周りからあがってちょっと恥ずかしかった。

 彼女のボーイフレンドとなってまだ1日も経ってないのに、いきなり下校時にこれだから、こりゃ付き合っていくのは思っている以上に勇気が入りそうだ。それでも、僕が惚れた女の子でもあるので、当然嬉しい気持ちもある。

 如月さんはもう帰る準備をした上で、僕の手を握った。その瞬間、またしても周りからは茶化す声が聞こえてきたが、どうしてだろう、彼女の手を握った瞬間に全てが暖かくなって他のことはどうでもよくなる。そりゃ、好きな子に手を握られたら誰だって嬉しいだろうけれど、彼女の場合、なんというか違うエナジーを感じるのだ。こう、人には感じられない、チャネリングみたいなものでもない、活力のようなものが。これも惚れた弱みというやつなのか。

 僕と如月さんは手をつなぎながら教室を出ていき、外に出て、校門を抜ける最中、警備員さんに出会った。その間も如月さんはマシンガントークで話しっぱなしだった。僕はうんうんと頷きながら警備員さんにも「さよなら」と言うと、そこにいた男性警備員さんは、如月さんの方を見て眉をピクピクと動かした。ただそれだけのことだったんだけど、なんだかちょっと妙だった。

 しばらく通り過ぎると、如月さんはこう言った。

「あの警備員さん、柚木さんっていって、私のことをいつも不思議な精霊を見るかのような目で見るの。私の方も、あの警備員さんはなんか他の人とは違うな、とは感じるの。それがなんなのかはよくわからないんだけれどね。多分向こうもわかっていない。アハハハハー」

 そうなのであろうが、彼女は人を惹きつける何かをもっていて、僕だけじゃなく同じような感情をあの柚木さんと言う警備員さんも感じ取ったのだろうか。だったら今度、如月さんがいない間に話しかけてみて、どう思っているのかを聞いてみるのもアリか。

「あのさ……」

 2人で歩きながら、僕はトークの手を緩めない彼女に対して、意を決して聞いてみた。

「うん? どうしたの?」

「僕が君のノートを盗み見したの、本当に怒ってない?」

 そしたら彼女は「アハハッ」と声をあげ

「怒ってるならこうして一緒に帰る訳ないじゃ〜〜ん。そりゃ良くないことかも知れないけどね、自分が書いたソースコードに少しでも興味をもってくれて嬉しいくらいよ」

「じゃあ、さ。もう一つ聞くけど。どうして入学式の後のオリエンテーションが始まってから昨日まで、僕に話しかけてこなかったの? 他の人には話しかけまくってたよね?」

 すると彼女は、あっけらかんとした表情で

「自己紹介の時に趣味を話した段階で、なんとなくこの人は私の波長に合わないな、と思ったから」

「それだけ?」

「うん、それだけ」

 やっぱり彼女は謎だ。僕の自己紹介の時なんて、ただ自分の名前と生年月日と趣味の宇宙のことを誰にでもわかるように話したのと最後に簡単な挨拶しかしていない、目立たないものだった。それなのに何故、その波長とやらがあの時は駄目で今は良いのだ?

「今日はどうする〜〜? 一緒に私のお家にでも行く?」

 僕は呆気にとられた。付き合い始めてからまだ1日も過ぎていないのに、こんなに簡単に彼女の家にお邪魔していいのだろうか? しかし断る理由もないような。でも恥ずかしいような。

「どうすんのさ? 私優柔不断な男の子は嫌いだよ」

「うん、行く!」

 半ばその場の雰囲気で決めてしまった。彼女の家は横浜にあって、ここからちょっと遠いらしい。僕の家は都内の千葉に近い位置にあるため、スマホでチャットをいじりながら「今日は遅くなる」と家族チャットに連絡を送った。


 横浜といってもそれほど高級住宅地という訳ではなく、かといってありふれた住宅地という訳でもなく、中流家庭が集まって住むような集合住宅が立ち並んでいた。人があまり出歩いていないそんな閑静な場所で、僕たち2人は歩いていた。

「多分ね、私の2番目のお姉さんが今家の中にいるはずなんだ、紹介するよ。三谷くんいい子だからきっと気に入ってくれるよ」

「お姉さんがいるんだ。じゃあ如月さんは姉妹の3番目くらいってことになるのかな」

「うーん、っと、そこはちょっと私にもわからなくて」

 わからない? 自分の家族構成を? それとも言いたくないことでもあるのか?

「これね、三谷くんだからいうけれど、私のお母さんはどこにいるのかわからなくて、私自身もちょっとそういうところ誰に聞いても教えてくれなくて。今言った2番目のお姉さんも、親戚のお姉さんなんだ」

 ああ……なんだか話が少しずつ読めてきたぞ。きっと複雑な事情を抱えた家庭なんだ。それで、おそらく従姉妹や離れた親にお互い関わり合わないように生きてきたんだ。あまり悪趣味に触れたり首突っ込んだりしない方が良さそうだ。

 僕は

「もし寂しかったり辛い思いをしたらいつでも言ってね。僕も一応いつでもここ来れるくらいのことは出来るから。一緒に2人の居場所を作ろう」

「本当!? 嬉しい! 優しいね三谷くん! だーい好きっ!!」

 そう言って彼女は隣からこちらが転びそうな勢いでハグしてきた。僕はあまりのことに照れてしまい、よせよ、と言ったが、内心とても嬉しくて、それどころか全身が熱くなってしまった。

 まさか同級生の女の子に大好きと言われ抱かれるなんて、今までなかったことだ。しかもおしゃべりが過ぎるとはいえ、こんな可愛い女の子に。僕の方は何もしていない。それどころか人として卑しい行為をした。なのにこんな思いをしていいんだろうか?

 横浜市内の郊外のとある最寄駅から徒歩15分ほど、築20年程度経ったマンションの10階あたりを指差して、彼女は言った。

「ここが私の家だよ」

 エントランスから2人で入っていって、エレベーターの上ボタンを彼女は押した。手を繋いだ彼女に引き連れられるように、彼女とエレベーターの中に入り、15階のボタンを押した。意外と高い場所に部屋があるんだなと僕は思って、彼女は喋った。

「知ってる? 16進数で15ってFなんだよ」

「F? 16進数?」

「あれあれーー、三谷くん数学苦手?」

 彼女はちょっと意地悪そうに言った。僕はそれにつられて苦い顔をして見せた。

「えへへーー。でも、この数字、私の一番上のお姉さんが好きな数字なの」

 僕は愛想笑いをした。初めて彼女の部屋に来たはいいが、こんな数学トークが繰り広げられて僕だけ置いてけぼりにされるなんてことはないだろうか。女の子の家に行ったことのない僕は、かなり緊張してきた。

 やがてエレベーターは15階に到着し、すぐに彼女に手を引きつられ、入り口に近い場所の部屋に立ち止まり、彼女は鍵を開けた。しかし、その鍵の開け方が、首から紐をぶら下げてそこについている鍵を取り出すというものだった。思わず「小学生か」と突っ込みたくなったが、なんとか堪えた。

 鍵が空いて彼女が扉を開けた。

「ただいまーー! 今日はお客さん連れてきたよ!」

 嬉しそうに家の中の人に話しかける彼女。なんだかそれをみて自分も少しこそばゆい。

 中から声がした。

「ホシ〜〜? うん〜〜。おかえり〜〜。お客さんなんて珍しいね〜〜」

 なんだか間延びしたような話し方をするような女性の声がした。

 如月さんは

「だって今日お連れしたのはボーイフレンドなんだよ!」

 すると、中から急にバタバタと激しい足音が聞こえた。僕たちの目の前に現れたのは、ロングヘアーでメガネをかけていて知的な感じのする、ちょっと風変わりなジャージを着た綺麗なお姉さんだった。大学生くらいのようにみえた。

「本当だ〜〜……。男の子だ〜〜。これはちゃんともてなさないとね〜〜。さ、さ、入って入って〜〜。ちなみに私の名前は咲耶だよ〜〜。お姉さん的な役割なの〜〜よろしくね〜〜」

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