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小説【スペース・プログラミング】第4章:「春への扉」

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 一番はじめに僕が顔面を殴られたと気付いたのは、桑谷先生だった。

 周りには「転んで顔面打ち付けた」で済んだのに、先生の目はごまかせなかった。

「どうしたのその傷」

「三谷くん、誰かに殴られなかったら、人中の周りが腫れたりまでしないよ」

「ねぇ、先生に話してみて。誰にも口出ししたりしないから」

 お節介な人だな、と思ったが、聞けば桑谷先生も總星学園のOGであるとのこと。そういういじめがあるのは余計に許せないとも言った。

 僕は洗いざらい話した。如月さんの机から勝手にノートをみたこと、そこを天童という奴に目撃され弱みを握られたこと、あれから毎日いびられているがそれ以上に怖いのは如月さん件についてのこと、その他細かいこと全部。

 その日は数学のレッスンどころじゃなかった。僕は桑谷先生に教えを仰いだ。

「まず先生に言わなきゃダメ。そういう人をいじめる人間はよくないことを連鎖的に考えて君をいたぶることを次々と思い浮かべる。だからーー」

「担任は石川先生ですよ。あの先生、生徒間の問題に関与しようとしない」

「石センかぁ〜〜、まだいたのね、あの無関心教師。私が中学の時数学苦手だった時も常に『お前の努力が足りない』の一言で済ませてた、私の大嫌いだった先生」

「はい……それに頼れる先生なんて他にいそうにありません」

「そうか……そうだよね……あの学校、結構外面はいいけれど生徒の中身や繊細なことに関しては無頓着なところあったもん。だからあの人にプログラミングを教えてもらったんだけれど……」

「え?」

「あ、ごめん、こっちの話。……そうだ、今思い付いたんだけど、いっそのこと彼女に話してみたらどうかな。ノート覗き見したこと」

 僕は驚いた。そんなことしたら確実に嫌われるに決まってるじゃないか。そう僕が言うと

「確かにその可能性はあるよ。でもそれでいじめる男子に弱み握られてることも確かだし、今の三谷くんには勇気を持って振舞うことが大事なんだと思う。それにそこまで悪いことをしたわけじゃないと私は思ってるよ。好きな子のプログラミングのノートみただけでしょう。私がその如月さんの立場だったら、ちゃんと謝れば許してあげるし、仲良くなりたいなら、逆にある意味チャンスだと思う。君にもプログラミングにも興味あるんだって言って」

 可愛い顔してずいぶん大胆なことを捲し立てる先生だな、と思っていたが、確かに一理ある。彼女、如月さんのプログラミングノートをみてしまって、それを隠そうとする僕の弱々しい心をつけ込まれているからこそ、今の最悪な事態がある。それを打破するためにも、また彼女と接点を持つという本来の目的を達成するためにも、そのことをはっきりとカミングアウトするのが、唯一にして最大の対策だと思い始めてきた。

「わかりました先生。明日、僕、如月さんに話してみます」

「そう、その調子よ。それと、鼻の傷、まだ疼くでしょう。先生が手当てしてあげる。この家に救急箱あるなら、私そういうのも得意なんだ」

 世話焼きな先生だと思ったが、こんなに優しくて綺麗な女の人がいて、好きになってしまいそうだが、本命はあくまで如月さんであることを忘れてはいけない。


 桑谷先生も帰って1人部屋の中にいるこの状態。さて、明日彼女にどう切り出そうか。

 僕は、手がかりを見つけるために、彼女のノートから写しとったプログラミングのソースコードを見つめてみた。その中身は、一部だけ簡単そうな物をとっただけだけど、こんな感じだ。

"""
[DEFAULT]
debug = True
[web_server]
host = 127.0.0.1
port = 443

[db_server]
host = 127.0.0.1
port = 3306
"""
import configparser

config = configparser.ConfigParser()
config['DEFAULT'] = {
  'debug': True
}
config['web_server'] = {
  'host': '127.0.0.1',
  'port': 443
  }
config['db_server'] = {
  'host': '127.0.0.1',
  'port': 3306
}
with open('config.ini', 'w') as config_file:
  config.write(config_file)

 それと

import configparser

config = configparser.ConfigParser()
config.read('config.ini')
print(config['web_server'])
print(config['web_server']['host'])
print(config['web_server']['port'])

print(config['DEFAULT']['debug'])

 という部分のソースコードをシャーペンで写しとったのだった。

 はっきり言って、僕には意味が少しもわからない。

 printの関数が出力を意味することくらいしか知らず、ウェブサーバーもコンフィグの意味もわからない状態では、例え検索エンジンでかけても何も答えを得られなかった。

 これでは、彼女のことを知ることも不可能であることを意味する。なんてったって、あの時こっそり焦っていたとはいえ、こんな自分自身にとって難解なコードを書き写したのだろう。自分でも理解に苦しむ、いろんな意味で。

 こうなったら、少しでも僕がプログラミングに興味を持っていること、いや、それより公衆の面前でも構わないから、勇気を出して彼女に全てを打ち明けよう。さすがに一目惚れしたことまでは言わないが、ノートを盗み見したり卑怯なことをしたのは事実だ。ここでこそこそしては、いつまでたってもいたぶられる立場であるばかりか、ただの卑怯者で終わる。それだけは絶対に嫌だ。


「よーう、やってきたぜ。サンドバックちゃんが」

「コイツ何やったか知らないけど卑怯者の上に隠キャなんだよな。ウゼェからシメちゃおうぜ」

 翌朝の教室内。今日の天童は仲間も連れてる。だが、僕は、精一杯ガンをつけるように、天童を睨んだ。

「なんだよ、文句あんのか? クソ変態野郎」

 その言葉に、僕は言い返すふりをして、自分でも驚くくらいに天童のちょっかいをかわし、すぐに如月さんのところに向かった。

 幸い如月さんはその時誰とも話していなくて、1人で自分の机の椅子に座っていた。

「如月さん、話がある!」

 僕は精一杯の勇気を振り絞って、彼女に話しかけた。

 だが、彼女からは相変わらずなんの反応もなかった。

 僕は鞄から自分のノートを取り出して、如月さんのノートから書き写したソースコードを読み上げた。

「え、えーと、インポート、コンフィグパーサー、と、それとーー」

 すると、突然、如月さんが声をあげた。

「あ、あなた、コンフィグパーサーって、何を言っているの?」

 来た! これはチャンスだ。後ろでは天童とその連れがボーッと立ち尽くしている。

 もう直接見せた方が早い。僕は彼女の目の前に、自分の書いた手書きのソースコードを見せた。

 彼女はそれをみて

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 と、とてつもない音量で声を荒げた。教室中が彼女と僕に注目し始めた。
 動揺した彼女だったが、それはほんの2、3秒だけで、すぐに落ち着きを取り戻した。

「なんだ、よく見るとローカルホストのipアドレスで他のポート番号もデフォルトのばかりじゃない、何故かSSH接続のだけど、って、これってもしかして、私のノートから写したものなの?」

「その通りだよ。僕は卑怯な真似をした。この前の体育の時間中、僕は君のノートからこのソースコードを読み出して、これに写した。さあ、なんとでも言え。もう一度言うけれど、僕は卑怯者だ!」

 彼女は、もうすっかり動揺しなくなっていて、逆に僕の手を取った。

 夢じゃないかしら? 怒られたり引っ叩かれたりしてもおかしくないのに、僕は彼女に手を握られている。彼女の手はとても暖かい……じゃなくて、何故だ?

「ありがとう! 私に興味を持ってくれて! 私、プログラミングが通じる人、知りたかったんだ! それも私のノートを見て! さすがに自分の隠してあるところまで見られちゃ困ってたところだけど、これ見るとそうでもなさそうね。いいわ、あなた、名前は確か三谷くんだったわよね! お友達になりましょう!」

 今、僕の目の前で何が起こっているのか、もう一度状況を整理した。如月さんが僕に話しかけてくれているばかりか、手を握って、友達になろうとまで言ってくれている。僕はにわかにその状況が信じられなくて、両手を握られていなかったら右手で自分の頬を抓っていたところだ。

 しかし、信じられない状況にいるのは、周りの人間、そして後ろにいる天童達も同じだった。

「おい、どうなってんだよ。この野郎は女の子の私物を見あさったんだぞ。そんなの許されるとでも思ってるのか」

 天童と連れが僕と如月さんの間に割り込んで入ってきた。すると如月さんは怒って

「そんなの私がいいって言ってるんだからいいに決まってるじゃない! 三谷くんは私の知らないところ、知ろうとしてくれたんだよ。私、そういう人がお気に入り!」

「だって人のものを盗み見るなんて常識的に考えてーー」

「常識なんてどうでもいい! 今日から三谷くんは私の大切なボーイフレンドだよ! それでも外野が何か文句あるなら、私に立ち向かってきてごらんなさい。それよりあなた、先日に三谷くんをいじめたね? 彼の傷を見ればわかるよ。今度三谷くんをいじめたら、255倍にしてこんなふうにしてぶん殴って返すんだから」

 次の瞬間、彼女は自分よりずっと大きな体の天童に対し、掌をグーにして自分の顔に当てて見せた。

 天童は「チッ!」と一瞥をくれ、連れと一緒に教室に出て行った。

 僕は何が何だかわからなかった。普通なら、僕は卑怯者である自分が、彼女から罰を受けてもおかしくなかったのに、まさかのボーイフレンド? それ自体はとても嬉しいけれど、謎が多すぎる。

「あ、あの、如月さん……」

 如月さんは僕の方を向いて、右手を差し出し、僕に握手を求めてきた。

「それじゃ改めて。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします。三谷くん」

 僕は、教室中の人間が見ている中で、彼女と握手をした。中には、はやし立てる声もあったが、そんなことはどうでもいいくらい、彼女の手は桑谷先生に負けないほどの暖かさをもっていて、僕は感動していた。

↓続き


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