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小説【スペース・プログラミング】第2章「サイレンの妖女」

↑第1章

 やれやれ、よく似ていた。

 何故、マイナスにカッコを閉じたマイナスを足すとプラスとして認識する、論理や状態というものが。

 つまり、僕という数学嫌いの人間に数学の家庭教師がくることはどちらもマイナスなのだが、それをプラスに変えたのは桑谷先生だ。それほど優しくて美人で、人当たりの良い女性だ。工業大学に通っているという話だから、他の男子大学生からも高嶺の花に違いない。

 それに、先生は数学とは別のことも教えてくれた。いや、決してやましいことではない。

 プログラミングだ。

 まだ桑谷先生が来てから3日間しか経ってないが、僕は自分でも驚くほどに正負の数の理屈を覚えていった。特にかけ算割り算は足し算引き算より簡単に思えるくらいだ。だから余裕が出来て、こんな世間話をして、そこから話が広がっていったのだ。

「先生の得意なことって、数学以外でなんですか? 僕は本を読んだり天文学を紐解いたり小説を書いたりすることなんですがね」

 自慢話のつもりで切り出してみたのだが、先生は天文学の部分だけ切り取って「宇宙に興味があるなんて、男の子らしくて素敵ね。私みたいにパソコンと睨めっこしてる人間には到底理解できない領域かも」とだけ言った。

 僕は、せっかく掴んだ世間話の糸口、とチャンスを逃さないつもりで「パソコンと睨めっこしてるってどういうのやってるんですか?」と聞いてみた。

 すると先生は、プログラミングだよ、とさらっと答えた。

 それが、僕がプログラミングに興味を持ちはじめた瞬間だった。


 好きな女性、ってわけじゃない。僕の好きなのは、あの同級生と言うかクラスメイトの可愛い女子だ。

 名前を紹介し忘れていた。

 彼女は「如月星」

 僕の好きな、天体関係の漢字が、苗字と名前両方に入っている。

 もちろん一目惚れした理由はそれだけじゃない。顔も可愛いからというだけじゃない。

 不思議な「ペース」を持つ女の子なのだ。

 事実、彼女は早速、他の同級生から疎まれはじめている……

「あなたにたりないのは『もし、そうであるなら』という仮説なのよ……わかる?」

「お昼を一緒に食べようだなんて、こういう場合、あなたが取らなきゃならない行動って知ってる? 

・ケース1、私に焼きそばパンを買ってくる。

・ケース2、あなたの友達を私に紹介してご飯を一緒に食べる。

・ケース3、お昼代を渡す。

・それ以外、何もしない」

「せっかくこのクラスが一つになったんだもの! あなたと私は言わば同志で、実体を築き合う関係でしょう?」

 全くやれやれ、とすら言えないレベルだ。

 言っている内容が支離滅裂で、しかもそれがマシンガンかサイレンのように続くのだった。

 それでも誰かが「うるさい」「意味がわからない」「ちょっと黙ってて」など、沈黙を促すような言葉を発すればしょぼくれた顔でだんまりになるだけマシと言えたが、次に誰かに話しかけるときは再び同じ調子に戻る。

 これには、クラスの誰も彼も、いじめっ子やヒエラルキーの高いと言われている者さえ閉口モノだった。

 それでも僕は、彼女を好きになった。


 その日のことはよく覚えている。

 テスト1週間前になって、補修授業が終わり、自己学習時間になった時のことだった。教室に残っているのは、僕と彼女、そう、如月さんだった。

 僕は、数学の傍用問題集を一通り終わらせて、気づいたことが一つあった。

(相変わらず彼女は僕には話しかけてきてくれてない)

 僕の観測至上の話だが、彼女は僕を除いた全てのクラスメイトに話しかけている。でものけものにされているのは自分だけだ。何故だろう。僕はよほど彼女に気に入られない顔をしているのか、それとも生理的に受け付けないのか、はたまた違う理由の何かか。

 とにかく、話しかけてこないのなら、僕から闘争あるのみ。別に喧嘩するわけじゃないけど、まずは切り出してみないことには仲良くもなれない。

 僕は自分の席から立ち上がり、問題集の問題を黙々と解いている彼女の座っている机の椅子に向かっていった。

 そして、こう呼んだのだ。

「ね、ねぇ。如月さん」

 返事がなかった。

「如月さん」

 もう一度呼んでみた。しかしやはり返事もなければ、問題集から目を離そうともしない。

 どうしよう、無視され続けている。彼女に嫌われることを、僕は何かしただろうか?

 そう考えて、彼女が書いているノートを覗いてみた。

 そうしたら、驚くべきものが書かれてあった。

 彼女のノート一面にビッシリ書いてあったのは、数学の問題や答えなんかじゃない。

 手書きのプログラミングソースコードだった。

 でもその内容は、まだプログラミング覚えたての僕には意味が分からなくて、何をどうすれば動いて、どんな目的でかもわからなかった。

 僕は、ちょっと閃いた。

 彼女はきっと、プログラミングが大好きなのだ。

 僕は、覚えたてのプログラミング用語で、ちょっと彼女の気を惹いてみることにした。

「Hello World and Kisaragi」

 すると彼女は、ようやくこちらを向いてくれた。やった!

 ……と思ったら、その顔は、鬼の形相のような怖い表情だった。

「……アンデファインドゥ」

 彼女が何を言っているのかわからなかった。

 顔にクエスチョンマークを浮かべ続けている僕に対して、怒り心頭に発したのか、彼女は自分のノートの、とあるページをめくって僕に広げて見せた。そして、よくわからないソースコードを人差し指でチョンチョンと指した。

   File "main.py", line 1
      hogehoge
             ^
SyntaxError: invalid syntax

 それがひとしきり終わると、彼女は黙ったまま怒って自分の荷物を鞄にしまって、立ち上がり、教室から出て行ってしまった。あまりのことに足がすくんだ僕は、その場に立ったまま何も言えなかった。

 1人だけ教室に残される形になった僕は、なんだか怒りの感情が湧いてきた。どういうことだこの後味悪い気持ちは。僕は彼女に話しかけただけじゃないか。そりゃノートは後ろから盗み見て、プログラミング用語なんてちょっと気取って口走ったかもしれないけれど、それがなんだっていうんだ。あんなに怖い顔をして、しかも怒ったまま教室を出てって行って、僕1人きりにされるいわれもない。

 それでも惚れた弱みで、彼女について知りたくなるのが、この歳の思春期の男子の辛いところ。そんな男の弱みを、10代前半という今知ってしまったことが、ライトノベルを書くきっかけにもなり、またこの学校にも入った理由にもなったのだが。また、その男子という存在に対してこの歳の女の子は落ち着いていることが多く、まるで「コリオリ実験ショー」で行った赤道を中心に流れゆく水のうずまきが逆になるかの如く、である。それほど男というのは女の子と真逆で対称的なのだ。

 それはいくつになっても変わらないことなのかもしれない。僕の小説が大人の男性を中心に読まれていることもうなずける。

↓続き


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