青野賢一

フリーランスの文筆家、選曲家、DJほか、できることはなんでも。2022年7月に書籍『音…

青野賢一

フリーランスの文筆家、選曲家、DJほか、できることはなんでも。2022年7月に書籍『音楽とファッション 6つの現代的視点』(リットーミュージック)を上梓。こちらでは好物について書きます。お仕事のご依頼はkenichiaono@me.comまでお気軽にどうぞ。

最近の記事

日帰り箱根温泉記

 12月初旬、マンションのエレベーター横にある掲示板に「断水」の2文字が書かれた紙が掲出されていることに気づいた。読んでみると、12月15日の午前9時から午後5時頃まで全戸断水するという。断水の日の一週間ほど前に揚水ポンプの交換工事が予定されていたので、断水自体に驚きはなかったが、問題は時間帯とその長さである。朝の9時から8時間にわたる断水となれば、家にいてはいろいろと不都合が生じるのは明らかだ。平日ということでお勤めの方は会社にいる可能性が高い。しかしこちらはフリーランスの

    • 抜け出せないロードムービー 特集上映「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」

       小説でも映画でも、大団円を迎えるエンディングよりは、そこから先を想像させられるものの方が好みだ。それらはどんな作品かといえば、物語としては一応の終わりを見せるにせよ、それとは無関係に進んでゆく登場人物たちの時間を改めて意識させてくれるようなものである。「何年後––––」のように後日譚を明らかにする(ことで本篇の結末を語る)のでなく、また、余韻があるとかないとか、そういった話でもない。映画や小説といった枠組みを越えて、登場人物たちのそれからの人生に引き込まれてゆくような作品、

      • 馬乗りのカトリーヌ 「カトリーヌ・スパーク レトロスペクティブ」に寄せて

         2021年5月21日(金)より「SPAAK! SPAAK! SPAAK! カトリーヌ・スパーク レトロスペクティブ」がヒューマントラストシネマ渋谷にて開催される(以後、全国順次開催予定)。このたび上映されるのは『狂ったバカンス』(1962年)、『太陽の下の18才』(同)、『禁じられた抱擁』(1963年)、『女性上位時代』(1968年)の4作品だ。  それぞれの作品で主役を演じるカトリーヌ・スパークは、1945年4月3日フランス・パリ生まれ。プロフィールは公式サイトにてご覧

        • 『ノルウェイの森』の頃

           2019年9月より音楽ナタリーで連載している「青野賢一のシネマミュージックガイド」は、新作旧作、洋の東西を問わずピックアップした映画を、作中の音楽を軸に論ずるもの。Vol. 11で取り上げたのは『ノルウェイの森』(2010)であった。ご存じのようにこの作品は村上春樹の同名小説を映画化したもので、監督を務めたのはトラン・アン・ユン、音楽をジョニー・グリーンウッドが手がけている。本稿では、連載で触れられなかったこの作品の時代背景––––1960年代の終わりから70年代にかけて–

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          「ドレス・コード?––着る人たちのゲーム」展を観て

           先日、東京オペラシティ アートギャラリーで開催中の「ドレス・コード?––着る人たちのゲーム」展に足を運んだ。本展は、京都国立近代美術館(2019年8月から10月)、熊本市現代美術館(同12月から2020年2月)と巡回し、この東京会場が最終の展示となる。当初の会期は4月から6月であったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて、7月4日から8月30日という期間が再設定された。  すでにご覧になった方もおられるかと思うが、未見の方のために本展について簡単に述べておくと、「

          「ドレス・コード?––着る人たちのゲーム」展を観て

          シリーズ・映画配給会社プロジェクト    その3. 『私の20世紀』『心と体と』

           UPLINK Cloudの「Help! The 映画配給会社プロジェクト」を受けて、先日から開始した「シリーズ・映画配給会社プロジェクト」。前回はホン・サンスの『正しい日 間違えた日』を紹介したが、第三回はハンガリー・ブダペストの映画監督、イルディコー・エニェディの作品から『私の20世紀』(1989)と『心と体と』(2017)の2本を取り上げようと思う(ともに配給:サンリス)。イルディコー・エニェディは大学で経済学を学んだのち、ブダペスト演劇映画学校(現・大学)で映画制作の

          シリーズ・映画配給会社プロジェクト    その3. 『私の20世紀』『心と体と』

          シリーズ・映画配給会社プロジェクト    その2. 『正しい日 間違えた日』

           UPLINK Cloudの「Help! The 映画配給会社プロジェクト」を受けて、先日から開始した「シリーズ・映画配給会社プロジェクト」。初回はジャック・ドゥミ『天使の入江』を紹介したが、第二回は韓国の映画監督ホン・サンスの『正しい日 間違えた日』(2015)を取り上げる(配給:クレストインターナショナル)。ホン・サンスは1961年ソウル生まれ。韓国中央大学で映画制作を学び、その後アメリカ、フランスに渡った。長篇デビュー作は『豚が井戸に落ちた日』(1996)。今回ご紹介す

          シリーズ・映画配給会社プロジェクト    その2. 『正しい日 間違えた日』

          シリーズ・映画配給会社プロジェクト    その1. 『天使の入江』

           5月20日のNHK NEWS WEBの記事によれば、「先月国内で上映された映画の興行収入は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で去年の同じ月と比べて96%減り、記録のあるすべての月の中で最も低くなりました」とある。先月とは2020年4月のことだ。緊急事態宣言とそれにともなう自粛要請の影響は、映画館はもちろんだが、配給会社、宣伝にも及んでいるのはご存じの通り。そんな中、映画館を運営し配給も行うUPLINKがオンライン映画館「UPLINK Cloud」を立ち上げた。定額制で期間

          シリーズ・映画配給会社プロジェクト    その1. 『天使の入江』

          キング・クルール インタビュー Part 2

          翌年以降の活躍が大いに期待されるアーティストを選出する「BBC Sound Of」の「Sound Of 2013」に選ばれたのが18歳の時。19歳で発表したファーストアルバム『6 Feet Beneath The Moon』は耳の早いリスナーの間で話題となり、「神童」とも称されたキング・クルールことアーチー・マーシャル。南ロンドンに生まれ、エイミー・ワインハウスやアデルを輩出したパフォーマンス・アート校「ザ・ブリット・スクール」に通い、10代半ばでギターとサンプラーによる音楽

          キング・クルール インタビュー Part 2

          キング・クルール インタビュー Part 1

          翌年以降の活躍が大いに期待されるアーティストを選出する「BBC Sound Of」の「Sound Of 2013」に選ばれたのが18歳の時。19歳で発表したファーストアルバム『6 Feet Beneath The Moon』は耳の早いリスナーの間で話題となり、「神童」とも称されたキング・クルールことアーチー・マーシャル。南ロンドンに生まれ、エイミー・ワインハウスやアデルを輩出したパフォーマンス・アート校「ザ・ブリット・スクール」に通い、10代半ばでギターとサンプラーによる音楽

          キング・クルール インタビュー Part 1

          『サイレンス』と「無言」について

          映画『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)や『シェイプ・オブ・ウォーター』(2018)の音楽で知られるアレクサンドル・デスプラが初めて手がけた室内オペラ作品『サイレンス』。昨年生誕120周年を迎えた川端康成の短篇小説「無言」を原作としたもので、1月18日にロームシアター京都で日本初演、同25日には神奈川県立音楽堂でも上演された。 病気による麻痺で執筆はおろか、会話もできなくなった先輩作家の大宮を見舞いにゆく作家・三田と、大宮の長女・富子とのやりとりを描いた「無言」は、

          『サイレンス』と「無言」について

          はじめに

          「好きなものを好きなだけ」というのが好きである。できれば、気に入らないものには目もくれず、好物にだけ囲まれて生きていたい。 しかし、これを実践しようとするとなかなか困難を伴うものだ。嫌いなものやどちらでもいいものを排除するのは比較的容易いが、好きなものを手元に置くには物理的な限界がある。たとえばクルマ好き––––クルマそのものでもいいし、特定のメーカーのものであってもいい––––ならば、気持ちとしては好きなクルマすべてを所有して、飽きることなく眺めたり、気分によって車種を換

          はじめに