見出し画像

『カメラを止めるな!リモート大作戦!』いまこの瞬間、世界最高峰の映像作品がここにある

2018年のヒット映画『カメラを止めるな!』のスピンオフにあたる短編映画『カメラを止めるな!リモート大作戦!』が5月1日、youtubeで公開された。30分の短編とはいえ、上田慎一郎監督が4月13日に制作を発表してから公開まで18日しかない。発表前に多少準備期間があったとしても、恐るべき速さである。

しかし、すごいのはその速さだけではない。もうオープニングからエンディングまで、笑いや感動といった日常的な感情を超えた衝撃、それも心地よい衝撃の連打を浴びた感じだ。

とにかく、いちど見て欲しい。話はそれから。

というわけでここからネタばれです。

『カメラを止めるな!』のスピンオフといえば、ネスレとの企業タイアップで作られた『ハリウッド大作戦!』がある。ハリウッド大作戦はほぼ本編のフォーマットをあえてそのまま使っているが、今回は、あえてそのフォーマット、つまり本編で最も話題を呼んだ「まず完成した作品を見せ、その舞台裏を後半に描く」を使っていない。このあたりから、ネットで視聴する、ということを前提にした作品であることを計算に入れた上田マジックが始まっている。

だが、始まってすぐ『これぞカメ止め』とわかる。もちろん前作のキャストが登場しているということもあるが、プロデューサーから現場への無茶ぶり、という導入部が共通しているからだ。本編では「ゾンビ映画をワンカット、生放送」。ハリウッド大作戦ではそれに加えて「日本で海外ロケ」。そして今回は「全員顔を合わさずに再現ドラマを作る」。

今、日本中、いや世界中の人が置かれた状況を逆手に取ったこのモチーフを聞いてもう参りました、と手をつきたくなる。なんでそんな面白いこと思いつくんだ!

そして、この作品には多くのテレビ会議のシーンが出てくる。この短編映画自体の制作が、物語と同様に「誰とも一度も会わずに」制作されているから、テレビ会議の場面は実際にテレビ会議を通じて撮影されたようだ。

それもあって、やり取りの間合いが無茶苦茶リアル。今、多くの人が急に多数のテレビ会議をこなすことになって感じている、テレビ会議のもどかしさ、間合いの取り方の難しさなどが、ひしひしと伝わってくる。同時に、家族でのコミュニケーションや、オンライン飲み会の場面では、顔を合わせてだと話しにくいことも言えてしまう気安さや、途中から人が参加したときのテンションの上り方、一人、また一人消えていくときの寂しさなども描かれる。

とにかく、いまの時代の空気感、テレビに映らない、市井の人々のリアルを映像化している。そこがすごい。

いや、いまの時代の空気感、といったら「不安」や「閉塞」ではないのか?という声もあるだろう。

確かに、そこは直接描かない。だが登場人物の言葉ややりとりの中に少しずつにじみ出ている。そしてラストシーン、日暮家の3人がテレビ会議で会話するところに来て、直接言及することのなかった、今世界中の人が抱えている感情が一気に爆発するのだ。

日暮妻(しゅはまはるみ)の『落ち着いたら何がしたい?』に、娘(真魚)がやりたいことを次々に口にするのだが、そのうちに涙声になってくる。

なんとか非日常を受け入れて気丈に過ごしていても、母に対し、言葉を口にすることで、抑え込んでいる失われた日常への憧憬が堰を切ってあふれ出してくる。そしてそのやりとりを黙ってうなずき見守る父(濱津隆之)。

この場面には思わず涙を誘われるが、なぜか眠り込んでしまい退出の機会を逸した俳優(細井学)の姿が映り続けており、これがある意味涙のストッパーになりつつ、この場面を単なるエモいシーンではない、味のあるシーンに仕立てている。

繰り返すけど、本当にすごい。

そのラストシーンからエンディングへ。これがまたイイ。出演者たちが曲に乗せてダンスを踊るのだが、そのダンスの輪が次第に広がり(といっても全員別の場所にいるので、どんどん画面分割が細かくなっていく)、出演者・関係者だけでなく、動画投稿という形で参加した多くのファンも登場してくる。

それが単なる演出にとどまっていないのは、『カメラを止めるな!』のヒットのかげには、上田監督ほか多くのキャスト・スタッフによるコミュニティーづくりの活動があったからだ。

カメ止めや、昨年公開された『スペシャルアクターズ』についてtwitterでつぶやくと、すぐに監督や出演者からの「いいね!」がつくのはよく知られている。これが観る者と作り手とのつながりを生み、当時「感染者」と言われた(今はちょっと口に出しにくいが)ファンたちのコミュニティーを形成していった。

SNSだけではない。多くの出演者がひんぱんに舞台挨拶に立ち、リアル空間でも交流を重ねた。本編内でほんの少ししか出番のなかった曽我真臣に至っては139日も劇場に立ち続けたエピソードはつとに有名だ。

今回のリモ止めのエンディングにファンたちが多数登場するのは、こうした背景を知ると違って見えてくる。

『カメラを止めるな!』では、作品関係者と、それを支えるファンのコミュニティーという構図だったかもしれない。しかし『リモート大作戦!』は、「作る人」と「観る人」という垣根を超えた、シームレスなコミュニティーを作ろうとしているのだ。

現在、多くのアーティストやクリエイターたちが厳しい状況に置かれており、悲痛な叫びが聞こえている。だが、そうした声に罵声を浴びせる層が一定数存在している。とても悲しいことではあるが、そこには作り手側と鑑賞する側の、精神的な分断が見え隠れする。

その現実に対し、「作る人」と「観る人」をひとつのコミュニティーとしてつなげていこうとする『カメラを止めるな!』の取り組みは、ポスト・コロナというより、ネット時代のエンターテインメントの在り方に大きなヒントを投げかけてくれている。

今、この地球規模の災禍を独自の視点で見事に描くだけでなく、不安な日常を生きる人々に笑顔を届け、そればかりか、人々のつながりを作って前を向かせてれる作品。これは、いまこの時点において世界最高の映像作品だ。すべての人類に、いま観て欲しい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?