見出し画像

写真との出会いは標高3000m ep.5

エピソード1はこちらから↓

目線を下のほう、登ってきた道を見ると、想像していなかった景色が広がっていた。
絶景では表現が足りないくらいの感動を覚えた。

靴紐を結んだ地点はもう遠くの方に見え、そこにいる人は枝豆くらいの小ささに見える。
白い雲が流れているが、それは自分の位置よりも下のほうで流れていて、感じたことのない浮遊感を味わった。
自分が普段生活していた地点より、遥か高いところに立っていることを実感して、現実が遠のいた。
まだ、頂上にも立っていないが、鳥肌が立つほどの高揚感があった。

友達も同じように感動したのか、隣で写真を撮っている。
カシャッ…カシャッ…
携帯で写真を撮った時は生成されたシャッター音が鳴るが、そこで聴いたのは生のシャッター音だった。
友達が撮るその様も含めて、少しカッコいいなと思った。

ずっと感動していたかったが、まだ今日辿るべき道は長い。
見ている景色を目に焼き付けて、まだ見ぬ頂上へ目指して歩き始めた。

7号目の山小屋が見え始めた頃、登る一歩がこれまでの日ではないくらい重たく感じた。
疲労からなのか、空気が薄いのか、一歩一歩が大変な作業だった。

なんとか、7号目の山小屋に着いた。
その頃には、日が傾き、青空にオレンジ色が差すようになっていた。
体力も底をつきかけていて、景色を楽しんでいる余裕はあまりなかった。
しばらく、小屋の前のベンチで休憩を取る。

小屋の中では、その日泊まる登山客の受け付けで賑わっていた。
泊まるための名簿に名前を書いてる人、寝床で身支度をしている人、ビールを飲んで談笑している人…
そんな中、僕たちはあと1合分登らなければいけない。
泊まるのは8合目の山小屋。

まだ、後4,50分登らなければいけない。

そんなことを考えている最中にも、目の前の山小屋に何人も入っていく。
学生の頃、長距離マラソンでめちゃくちゃ足の速いやつに周回遅れにされたことをふと思い出した。
なんか、悔しい…

僕だって、早く明日の支度をしたい、ビールを飲み、これまで辛かった道のりを振り返りたい。

外国の人が山小屋に入って行った。
日が傾き、こちらはダウンを着ているのに、半袖半パンで涼しそうな顔して小屋に入っていく。

こんな休憩をしている場合ではない。
「っしゃぁ!」と言って、重たいバッグを背負った。

休憩をしたのに、一歩一歩は相変わらず重い、いや、むしろさらに重たくなっている。
両足に5キロずつ重りをくくりつけている感覚だ。

息も完全に上がっている。

チリンッ…チリンッ…

あの音が横を通過した。
憧れたあの音が今は煩わしい。

日がまたさらに傾いてきた。
明るいうちに山小屋に到着しないと。
初心者で夜の山道を登るのはリスクがあると思った。

山小屋を見て登ると、一向に近づかない光景がつらかったので、ひたすら、次の一歩を踏む場所付近だけを見ることにした。

一緒に登った友達とも、すぐ近くにいるけど、お互いに疲弊して喋らなかった。
もはや、精神の世界で戦っている。
心なしか、風が強くなってきた気がする。

そんな状態で登ること20分、視界に電球の明かりが見えてきた。
山小屋がすぐそこに見えてきた。

なぜだろうか、その後は驚くほど足が動いた。
おそらく、1.5倍のスピードでは登っていたと思う。
ぐんぐん登っていっている実感もあり、ハイになっていた。

今までの辛さは錯覚だったのかと疑いたくなるほど、足が軽かった。
もうすぐ...もうすぐだ。
友達と「あと少しだ」なんて言いながら、会話が復活するほど、エネルギーが湧いてきていた。

山小屋までの最後の登り、だんだんと山小屋の明かりが見え、その中にいる人たちの声が聞こえてきた。
ずっと上りの道だった景色が平らな地面になる。
一歩一歩登るごとに山小屋の全貌が見えるようになっていく。
とうとう到着した。

8号目に着いた最初の一歩を踏む。
「着いたー」
深いため息と深呼吸。
友達と顔を見合わせて、やっと着いたことに、なぜか笑っ合っていた。

その時には日が落ちていたが、まだ薄らと太陽の光が差していて、景色を肉眼で捉えることができた。
白い雲が遥か下の方に見え、出発地点の5号目は見えない。
出発地点より、光り始めた星の方が近く感じる。
爽快感、達成感、高揚感...
今インタビューを受けたら、何も表現できず、お蔵入りとなるだろうなというくらい、言葉にできない感情になっていた。

しばらくぼーっとして、眺めていたら、山小屋からのご飯の匂いに目が覚めた。
これまで何度この匂いにエネルギーが湧いただろう。
今日はカレーだ。

山小屋の名前が印刷された暖簾の奥の扉を横に開く。
暖かい空気、カレーの匂い、人の会話が一気に僕たちを包み込んだ。
すぐに受付の奥から、男の人が出てきた。

「いらっしゃい。ご予約はしてますか?」


つづく。

この記事が参加している募集

スキしてみて

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?