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初雪とクリームシチュー


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今日、東京では初雪が降ったんです。
ちょっと感動しちゃった。
東京で見る雪は久々で、珍しいからさ。

めちゃくちゃ寒かったよね。
うん、寒かった。
2時間くらい降ったのかな。
そう、2時間くらい。短いあいだ降ったの。
積もらないし、舗道が濡れただけ。

ねぇ、初雪見れたあなたはラッキーよ。
ちょっぴり幸福な。
そう、ちょっとした幸福。
幸福だと思えることが幸福。
じゃあ私たちみんなラッキーね!
幸せなんてそんなもんよ。
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暖冬で迎えた正月からひとつ週をまたいで、東京は寒気に覆われた。1月13日の夕方、北の空は明るいのに、反対の空は灰色に黒を塗り足したような積乱雲から雷がゴロゴロと鳴って、雨が降った。

部屋で仕事をしていたのに飽きて、気分転換にでも、と散歩がてら喫茶店へ向かった。冷え切った空気のなか、慣れない寒さを必死にこらえる形でマフラーに首をすぼめる。だから猫背になって、地面とにらめっこしながら歩く。前を向いて歩くより、足元を見ながら歩く方がスピード感を味わえていい、と子どもの頃から思っているのだけど、誰にも理解されたことはない。

喫茶店に着いて、普段コーヒーしか飲まないのにアールグレイを注文して、勝手にソワソワする。今日はなんだかおかしい、変な感じがする。アールグレイが運ばれてもっとソワソワする。なんで俺はアールグレイを頼んだのだろう、と心中の呟きを口に出してみる。ひと口飲んでも謎は解けない。かばんから仕事の資料を出してみる。一向にやる気が出ないまま10分くらい経った、おそらく10分くらいだが、ひょっとすると1分くらいだったかもしれない、けれど僕にはよくわからない。何もわからない。

僕が潜在的に持ち合わせてる集中力を100として、平日の日中の仕事への集中力が60、残業中が40、深夜残業が20だとしたら、喫茶店にいたこのときはたぶん5くらいだった。ちっ、戦闘力たったの5か、ゴミめ。資料の文字を読んでいるようで、横滑りしては、同じ箇所をじっと見つめてるだけの空虚な時間がアールグレイに溶けて、湯気となって僕の瞳を濡らした。

本格的に雨が降り出した。
すぐにみぞれになって、雪へ変わった。喫茶店の窓越しに雪を確認して、いよいよ仕事への集中力は0になった。

クリームシチューが食べたい。

今夜の献立が決まった。雪が降ったらクリームシチューかメルティーキッスよね。
雪が止んで、スーパーで材料を買い、ゆっくりと料理する。鶏肉、ほうれん草、玉ねぎ、しめじだけのシンプルなクリームシチュー。炊き立てのお米と一緒にランチョンマットの上に並べる。念のために写真を撮っておく。念のため、とは何なのだろう。
お米とクリームシチューのコラボレーションが苦手な方がいるのは承知ですよ。パンとクリームシチューのコラボレーションには勝てませんよね。うん、わかります。


最近よく行く近所のBARがあって、マスターと常連さんたちに僕の作ったクリームシチューの写真を見せた。「美味そうー、そんなことよりランチョンマット敷いてるのやばい」
一人暮らしの20代後半の男が、料理してランチョンマット敷いてご飯を食べるのは、TVドラマ『結婚できない男』の阿部寛演じる桑野のような、結婚できない男、の候補なのだそうだ。

そのとき、店には雪が降ったことを知らない人が3人もいて、雪が降ったことに驚くその3人と、雪が降ったことを知らないことに驚く僕らの構図に女神が微笑んだ。
きっとこの3人も雪を見ていたらクリームシチューを食べてたに違いない。


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心の声を聞くことができる天使が、
モノクロの世界にいてね、
人になりたくなるの、色が欲しくて。

そしたら、人になって、恋をするの。
モノクロの世界で恋はできないの。色がないと、できないの。
恋って変よね。

雪が降ったら、やっぱり、クリームシチュー、食べたくならない?
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寝不足の朝みたいな夜。
車のヘッドライトが濡れた街を映す。
街にはたくさんの人がいて、僕もいて、君もいる。天使だっている。
ウトウトしてきた。君は僕の夢を見て、僕は君の夢を見る。
もし夢で雪が降ったら、そのときは一緒にクリームシチューを食べよう。



ではまた。


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