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26年大河ドラマの主人公は、現代にも通じる最強のNo2

少し先のことではあるのですが、2026年の大河ドラマは「豊臣兄弟!」というタイトルで、豊臣秀吉(1537年~1598年)の弟、豊臣秀長(1540年~1591年)が主人公となります。
「豊臣秀吉は知っているけど、弟?秀長?って誰?」という人も多いかもしれません。日本史の教科書でもほとんど取り上げられていないので、それも仕方ないところです。もし扱われていても、1591年に亡くなり、豊臣政権の先行きに影を落としたくらいの記述しかないと思います。
 
しかし、私はこの26年大河の発表を聞いたとき、すぐに「ああ、これは大河ドラマにふさわしい人物選考だな。」と感じました。なぜなら、豊臣秀長こそ豊臣秀吉の天下取りを最も支えたNo.2であり、日本史上でも最高のNo.2だと考えるからです。
 
ここでは詳細は割愛しますが、秀吉は天下取りを目指すなかで周りに無理な要求をしたり、周囲からの反発や嫉妬に合うことも多くありました。そのようななか、秀長は周囲をなだめ、調和していくことで人々を動かし、秀吉の天下取りを影で支え続けたのです。この秀長なくば、秀吉は天下取りの前にどこかでつぶれていたでしょう。
実際、秀長が1591年に亡くなってからというもの、豊臣政権は確実に変調していきます。朝鮮出兵という無理な海外進出で国内は疲弊し、また秀吉に秀頼が生まれてからは、関白にしていた甥・秀次を粛清したことで、豊臣政権の不安定感が増しました。結果、秀吉の死後、関ケ原の戦いで豊臣政権は実質的に終わり、また大阪の陣で豊臣家は滅亡します。
歴史に「IF」は禁物ながら、秀長が長命であったならば、豊臣政権は続き、徳川幕府は生まれていなかぅったかもしれないのです。
 
多くの企業様をご支援させて頂くなかでも、企業様のなかに頼もしいNo2の方がいるかどうかで、経営も大きく異なることを感じることがあります。
一番大きく感じるのは、頼もしいNo2の方がいると、経営者が方向性を示したときに、その方向に向けて動くスピードがとても速くなることです。それは、No2の方が経営者の意思を受けながら、現場の状況や、時には現場の想いも受け止めつつ、人を動かすことができるからです。
これがもしNo2の方がいないと、経営者は方向性も示しつつ、人を動かすことを100%やっていかないといけなくなります。両方やりきれなかったり、経営者の想いと現場の状況や想いがぶつかったりして、結果的にスピードが遅くなるのです。
 
また、頼もしいNo2の方がいると、経営者はNo2の方と会話を重ねながら意思決定ができるため、現在の環境に合わせた適切な判断をくだすことができます。もちろん最終的な判断は経営者自身が行わないといけませんが、その判断が本当に適切なものかどうか、No2という鏡をもつことができるのです。
 
経済企画庁長官などを務められ、作家でもあられた堺屋太一さんは豊臣秀長を評価されていて、『秀長』という小説も残されています。この小説の最後に語られていた秀長の言葉が印象的で私は好きなのですが、これこそがNo.2の誇りというものではないかと思いますので、最後にご紹介します。
 
「兄者と俺は一つじゃ。兄者が勝って俺が負けることはないのよ。」

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