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ユーザーインタビューに精神科医のテクニックを活用する

ユーザーインタビューと精神科診察

こんにちは、株式会社CureAppでデザイナーをしています、精神科医師の小林です。

先日、ある重い疾患で治療中の複数の方にインタビューを行いました。
病歴や生活習慣について尋ね、アプリのユーザビリティについて尋ねるインタビューでしたが、症状が重く、命にも関わる疾患であったため、準備段階から多くの配慮と緊張を伴う仕事となりました。

私はテスト計画、被験者とのやりとり、アンケート作成、インタビューを担当し、真摯に関わってくださる協力的な被験者に巡り会えたこともあり、開発に有益な情報を多く得ることができました。

テスト中のトラブルもほとんどなく、テスト準備に尽力いただいたPdm、メディカル、エンジニア、QA、事務のみなさんには本当に感謝です。
常に先回りして動いてくださり、コミュニケーションも気持ちよく、医学的な情報にも高い関心を示され、改めてメンバーの意識と能力の高さを実感しました。3年いますがまだまだ発見と成長が実感できる良い現場です。

今回のような難しいインタビューをする上で思いのほか役に立ったのが、自分が長年培ってきた精神科医師としての診察テクニックでした。最終的な目的は異なりますが、明確なゴールを定め、良好な関係を構築し、患者の持つ課題と情報を引き出し、仮説を検証する行為はユーザーテストも診察も共通です。

「自分は精神科医だからできた」という自慢話ではなく、できるだけ平易に言語化することで、デザイナーやリサーチャーにもできるデザインテクニックとして紹介していきます。


精神科の診察とは?

まず精神科の診察について簡単に説明します。精神科診察のゴールは診断と治療です。
うつ病、統合失調症、認知症など、目の前の患者がどの疾患のカテゴリに近いかを判断し、治療の計画を立て、実施します。次回の診察で診断の妥当性と治療の効果を評価し、新たに治療計画を立てて実施することの繰り返しです。

精神科の最大の特徴は、対話が最も重要な診察ツールとなっていることです。身体診察や検査では見えない複雑な心の状態を、コミュニケーションによってできるだけ引き出し、診断と治療のための材料にしていきます。

治療に有用な情報を効率的に集めるためには、患者-医師間の良好な関係を構築する必要があり、診察の手綱をこちらが握りながら、ストレスなく話をしてもらう必要があります。
そのため、どのように情報を聞き出すかのさまざまなテクニックが存在するのです。

※今回紹介するのはベーシックな診察を基にした小林のスタイルであり、精神科医全員がこのように話をしているわけではないことはご留意ください。

話す前から大量の情報を得る

対話から情報を得ることが精神科診察と言ったばかりですが、診察室に入る前から情報取集は始まっています。
問診表の事前テキスト情報だけでなく、入る瞬間の行動や様子から多くのことを読み取ろうとします。

名前を呼ばれてすぐに診察室に入ってくるか、表情はどうか、姿勢はどうか、身なりや体臭はどうか、荷物はどのくらいか、医師に対して身構えているか、など、初見で得られる印象からかなりの量の立体的な情報を得ることができます。
問診表や予診の訴えと患者のイメージがずれることも珍しくなく、そのずれが何かを瞬時に分析し、修正をしながら話を再構築していきます。

今回のユーザーテストでは直接会うことは叶わず、Zoomを通したオンラインの面談になりましたが、事前のメールのやりとりや、Zoomに入室するタイミング、最初に挨拶をしたときの印象などから、それなりの情報を得ることができました。準備段階のコミュニケーションからデザイナーが請け負うことで、ユーザーの解像度を高める材料を集めることができます。

最初の一言で専門家である印象を与える

「ウルフ・オブ・ウォールストリート」という映画のモデルにもなったジョーダン・ベルフォートは「4秒で相手に信頼に足る人物だと思わせろ」と語っています。

この人は「誠意」の対極にいるような人間なのですべて真に受けたくはないですが、出会った瞬間に専門家であることを示す態度はとても大切です。

インタビューをするインタビュアーは開始前にかなり緊張をしていますが、インタビューを受けるインタビュイーはもっと緊張しています。
自分のしんどかったことやプライベートなことを根掘り葉掘り聞かれる作業ですので、明らかにいいかげんな人や頼りない人に担当されたくはありません。

今回は精神科医であることを名乗りませんでしたが、デザインの専門家であることを伝え、相手を常に尊重していることと、インタビューで何を話しても大丈夫な雰囲気を出すことに務めました。
医療的なテクニックとして、初診の際に行っている
「(フルネーム)さんでよろしかったですか?」
「はい」
「小林と申します。よろしくお願いします」
と尋ねる手法をそのまま導入しました。
これは患者間違いを防ぐためのテクニック(本来はフルネームを患者自身に名乗ってもらう方法が主流)ですが、医療的な雰囲気を出したかったこと、そして相手のフルネームをこちらが口にすることで相手への関心を示すことを目的としています。

医療の専門家というと権威的で支配的というステレオタイプのイメージもありますが、少なくとも私の診察でそれはうまく働きません。
あくまで「あなたの話を聞く専門家です」という態度を示すことは、相手の安心感につながり、あらゆるインタビューで使える方法と考えています。

体調に最大限配慮する

ユーザーインタビューの目的は情報収集と仮説検証であるため、定められた質問を粛々とこなしていくことが被験者間でブレの少ない最適な方法という気がします。

しかし、相手に対する敬意や誠意を示すことができなければ、次第に画一的な返答となり、質の高い情報を集めることはできません。

特に今回のように体調のすぐれない中で自分のことをあれこれ聞かれることはかなり体力と精神力を消耗する作業であり、こちらが常に配慮し続けなければならないことです。

「体調次第で直前のキャンセルも受け付けること」「好きな時に休憩をしていいこと」「休憩中はカメラとマイクをオフにしていいこと」「インタビューの時間自体を短縮できること」を事前に伝え、実際にその申し出がなかったとしても体調不良を察したときにできるだけ声かけをするように務めていました。

答えやすい質問からはじめる

たとえば自分が患者として精神科の診察に入る際、最も心配することは「まともに話ができない医師だったらどうしよう?」です。

「まともな話ができる診察」がどういうものか分解すると、以下のようになります。

  1. 医師が患者の訴えを引き出せるように適切な問いを投げかける

  2. 患者が自分の訴えをストレスなく話すことができる

  3. 医師が訴えを関心をもって聞き、十分に理解する

  4. 訴えを評価し、次の情報につながるための適切な問いを投げかける

ただ聞くだけでなく、いかに問いかけるかが重要です。

診察という特殊な場で初対面の医師に対して「うまく答えられなかったらどうしよう?」「変なことを聞かれたらどうしよう?」と心配を抱くことは自然な思考です。
コミュニケーションの起点となる最初の質問をできるだけ答えやすいものにすることで、不安を払拭し、その後の流れを互いにつまずかないようにすることができます。

インタビューの場合でも、いきなり「現在の主治医との関係はどうですか?」のような、センシティブで言葉を慎重に選ぶような質問はしない方がいいでしょう。
たとえば事前のアンケートで答えてもらった内容や、事実として明確なクローズドクエスチョンから始めると相手は答えやすくなります。

今回は「現在も通院をされていますか?」の問いかけからはじめ、診断や治療の状況へと質問を広げていきました。

相手の「話したいこと」かつ、こちらの「聞きたいこと」を察しながら話を展開する

診察やインタビューと、日常の会話で大きく異なる点は、聞く人と話す人がはっきりと分かれている点です。
その人ならではの思考やエピソードを引き出し、人間的で豊かな情報を得たければ、相手が自分の話したいことを気持ちよく話せるような問いかけを重ねていく必要があります。

一方で、診察やデザインのためのインタビューでは聞く側に達成したい目的があり、必ず確認したい項目もいくつもあります。
そのため「相手の話したいこと」とこちらの「聞きたいこと」のバランスを上手に取りながら、制限時間内で互いに満足のいく対話を成立させなければいけません。

相手の話したいことは何かを考えつつ、自分の聞きたいことは何かを常に意識し、問いの内容とタイミングを見極める作業が求められます。
話の波長の合う方であれば良いリズムで話ができますが、思考やリズムの読みづらい方の場合は、かなりの認知コストを要します。

インタビューの最後に「すみません、自分の言いたいことばかり話してしまって」と言ってもらえたら、かなり成功に近いです。

医療的に聞きづらいことは率直に尋ねる

今回のような重い疾患を持つ方を対象とするインタビューでは、慎重に問わなければいけない質問がいくつも出てきます。
「相手に失礼のないように」と気をつけようとしても、どの質問をどのように聞くと相手が不快に感じるのかもはっきりしません。相手をやみくもに尊重しようとするほど、質問に迷いが生じてしまいます。

その一方で、インタビューに参加された時点で、相手はある程度のことを尋ねられる心がまえをしていることも事実です。
そのため、診断や治療のことなど、インタビューのテーマとして尋ねることが自然な質問であれば、変に遠慮することなく「病気の診断を受けたのはいつごろですか?」などのようにフラットなテンションで率直に尋ねることが正解でしょう。
腰が引けて中途半端な聞き方をすると、相手もどう答えていいかわからずに戸惑ってしまいます。

その中でもプライベートに踏み込むような重い質問であると判断したら「答えられる範囲で大丈夫です」といった前置きをすることはひとつのテクニックです。相手にすべて答えなくていい安心感を与えることができ、こちらが「重い質問であることを理解しています」という意思表示にもなります。

また、経済状況や生理周期、違法薬物の使用など、センシティブかつ直接テストとの関連が薄い質問をするときは要注意です。なぜこの質問をしたいのかという理由と、他の人にも同様の質問をしている、という前置きをすることで、不要な勘ぐりをある程度避けることができます。

話しながら相手の理解、思考、表現の特徴を推し量る

こちらから説明や質問をしていくと、相手の理解の仕方、表現の仕方、思考する時間などで、コミュニケーションの特性がある程度見えてきます。
自分の話し方や伝え方が相手に対してどう通じたかを評価しながら次の質問の尋ね方を調整していくことは大切です。

質問と回答がズレる、あまり話してくれない、話し過ぎる人たちからこちらが求める情報をどう引き出していくか、診察室でも常に向き合い続けるテーマです。

言葉が出づらい人から言葉を引き出す

人のコミュニケーションの特徴はみな異なっており、ひとつの質問から際限なく話ができる人もいれば、なかなか言葉が出ない方もいます。

診察では言葉が出づらいこと自体がひとつの所見であると同時に、医師はその人の問題解決をするための情報をじっくりと引き出す必要があります。

ユーザーインタビューの場合も、こうした言葉を引き出す技術は有用です。自分とコミュニケーションの相性がいい人だけから情報を得てしまっては情報の質に偏りが生じ、その後のデザインにも影響を与えかねません。
むしろコミュニケーションがあまり得意でない人の課題解決を目指す方が有益な場合もあります。

質問をして返答がうまく返ってこない場合の基本は、待つことです。こちらが待ちかねて次々と質問をしてしまうと焦りが伝わり、余計な緊張と不安を与えてさらに効率が悪くなってしまいます。まずは「ゆっくり考えて答えてもらって大丈夫です」という空気を作り、その人の話しやすいリズムを尊重することが大切です。

質問の意図が伝わらず、こちらが期待したものと異なる答えが返ってくることもよくあります。そのときは聞き方や表現を変えて同じ質問をしてみると上手くいくことがあります。
たとえば「ふだん運動の習慣はありますか?」という質問で思うような返答が得られなかったときに「散歩やジョギングなどの習慣はありますか?」とより具体的なクローズドクエスチョンでいったん聞き「他にふだんしている運動はありますか?」と展開してあげると、思考が関連付けられて答えやすくなります。

絶妙なタイミングで話を遮る

言葉が出ない人とは反対に、話が延々と止まらず何度も同じところをループしてしまう方も珍しくありません。

基本は傾聴することが大切ですが、何ら新しい情報のない話が何周もしてしまっている場合、どこかで話を遮り、次の話に展開させていく必要があります。
精神科医は診察というとても短い時間の中でできるだけ治療方針につながる情報を集め、患者が話を聞いてもらえた満足感を損なうことなく、かつ次の方の待ち時間ができるだけ短くなるよう常に気を張っていかなければなりません。
なのでどのタイミングでどのように話を遮るかはかなり重要なスキルです。

まずは、話の継ぎ目を見極めることです。話にある程度の区切りがある人であれば、ある話から次の話に移るときに多少間が空きます。この瞬間をついてこちらのコメントや質問を挟むことができたら、自然な流れで次に進むことができます。

ただ現実に話の長い人はきれいに話がまとまっておらず、こちらのコメントを挟む暇のないままループし続けることも珍しくありません。そのときはしばらくの間傾聴をした後、やや強引に割り込むことも必要になります。

話を遮った非礼を詫びつつも、時間が限られていること、まだこちらから聞きたいことが残っていることをしっかりと説明し、会話のイニシアティブをこちらが握りなおす姿勢が大事です。
相手も雑談ではなくインタビューであることはわきまえており、たいていの場合話す量のバランスを修正してもらえます。

とはいうものの、どのくらい聞いた後で割り込めばいいのか、どのくらいこちらが会話をリードする姿勢を見せていいのかはかなり人によって違い、経験によって見定めていくしかありません。
一番良くないのは時間ばかりを気にしてしまい、相手の自由な発言を奪ってしまうことです。あくまで話しやすい空気を尊重し、質問の量や時間の延長などで対処することも考えましょう。

その人ならではの定性データに関心がある

精神科医のテクニックをユーザーインタビューに活用する方法について書いてきました。改めてまあまあ特殊なインタビュー方法だと感じています。

プロダクトデザインの仮説検証をしたいのであれば、相手の感性や人生のバックグラウンドについてあまり掘り下げず、淡々とプロダクトと向き合ったときの感想を聞いていく方が効率的で無駄がないのかもしれません。

たとえば「この部分の操作性は何点でしたか?10点満点でお答えください」「7点です」「ではそのマイナス3点の部分はどのようなことが影響しましたか?」のように聞いていけば、プロダクトを中心とした具体的な情報ばかりが得られます。

しかし「どんな人がこれを使ったか?」の部分を同時に深めていけば、その人がユーザーのマジョリティなのか、エクストリームでの人であるかをある程度見極めていくことができます。
また「なぜこのような批判的なコメントをしたのか?」を考える際にも、その人の性格傾向や人生経験とのつながりを推察することができ、社会的な課題まで見通すこともできてきます。

人間から得られた定性データから課題を抽出し、デザイン要件として絞り込んでいく作業をするのは人間です。貴重なコミュニケーションによって得られた情報を平坦で無味乾燥なものにしないためにも、セオリーの外にあるテクニックを活用し、その人ならではの立体的な情報として仕上げることに価値はあると考えています。


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