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研究プレゼンテーションのデザイン。どうすれば面白くなるのか?

面白い研究プレゼンテーションがしたかった

こんにちは、株式会社CureAppでデザイナーをしています、精神科医師の小林です。

先日「医療者のスライドデザイン」という書籍を出したので、今回はプレゼンテーションについてお話しさせてください。

現在デザイナーをしていますが、かつては臨床や基礎研究の現場に所属し、研究会や学会でプレゼンテーションをする機会がありました。症例や研究内容について発表するのですが、自分で話すたびに感じていたのは「いまいち面白くならないな」という思いでした。

たとえばTED Talksは一流の研究者が自身の研究についてとても面白く語ります。しかし学会発表でTEDっぽさを無理に出そうとすると豪快にスベりそうでおっかなくてチャレンジできませんでした。

また、ビジネスの世界のプレゼンテーションも面白いです。プレゼンテーションについて書かれた書籍はたいていビジネスの現場が想定されており、研究プレゼンテーションにあてはめようとするとだいたい上手くいきませんでした。

さらに、日常の会話も盛り上がるととても楽しいですが、あの感じをプレゼンテーションで出すことはすごく難しいです。考えてみるとそれも不思議な気がします。

もちろん素晴らしい研究プレゼンテーションはたくさん存在し、私自身感激した経験も何度もあります。しかしその感激の大半は発表の内容についてであり、プレゼンテーションそのものは基本的には型にはまったものでした。

かつての先輩にそういう疑問を投げかけたところ「まあ研究発表はそういうものだから…」というさみしい返事しか返ってきませんでした。

「研究プレゼンテーションは面白くできない」はアンコンシャス・バイアスなのでは?一般の研究者でももっと面白く研究をプレゼンテーションする方法はないのだろうか?そう感じたので分析してみます。

どうしてTED Talksのようにできないのか?

研究のプレゼンテーションはたいてい「〇〇大学の〇〇です。よろしくお願いします。この研究の背景はこうで、方法がこうで、結果がこうで、考察がこうで~」のように、自分の実績を整然と並べて報告します。エンターテインメント的な面白さよりも、自分の行ってきた小難しい研究をできるだけ的確に理解しやすいように伝えることの方が大切です。

では仮に私が来月TED Talksに出演できるとなったとき(いつか出てみたい)、同じような紋切り型の成果報告のプレゼンテーションをするでしょうか?絶対にしないと思います。

何が違うのか?最も大きな違いは「未来への視点」だと考えます。
「私はこの研究をこんなふうにがんばりました。以上です」ではなく「私はこのような思いからこの研究を行ってきた。そして未来をこのように変えていきたい」という力強い思いが前に出されているからこそ、TEDのスピーカーは輝いて見えます。

考えてみれば一般の研究者が行う研究も、そのほとんどは未来の社会をより良くするためのテーマがあるはずです。そして観客もその思いに共感し、この先の自分の思考や行動をより良くしたいと期待しています。

どうしてビジネスプレゼンテーションのようにできないのか?

ビジネスのプレゼンテーションは気合いが違います。
プレゼンテーションのでき次第で会社の業績やプレゼンター自身の収入に影響するからです。そのため単なる情報伝達だけでなく、より魅力的に、より熱意をもって伝える技術が求められます。

研究プレゼンテーションとの大きな違いは「伝える相手が明確であること」と考えます。
「この人たちにこの商品を売りたい」「社内の人たちの行動をこのように変えたい」というプレゼンテーションの先にある目的を、明確なターゲットに向けて発信することでより魅力的に話すことができるのです。

正直、私の研究プレゼンテーションは「誰に、なぜ伝えたいのか?」がまったく定まっていませんでした。今ならもう少し面白く話せる気がします。

どうして日常会話のようにできないのか?

面白い会話ができるととても楽しいですが、会話はいつも面白いわけではありません。
自分の話したことに対して相手がうまく応えてくれる、コール&レスポンスの応酬がうまくいったときに、驚くほどなめらかに話すことができます。

反対に、一方的にしゃべられ続けること、もしくは一方的に自分がしゃべり続けることはぜんぜん面白くなく、お互いにストレスがたまります。
プレゼンテーションはまさにこの状態をデフォルトにしており、話したところでリアクションが薄いことがわかりきっていれば話したいとは思えず、変な緊張と不安ばかりが伴ってしまいます。

研究プレゼンテーションと日常会話の違いは「コミュニケーションの希薄さ」です。

より面白い研究プレゼンテーションのために

ここまで研究プレゼンテーションと他のプレゼンテーションや会話を比較し、どうして面白くなりにくいのかを考えました。これ以上面白くすることはできないのでしょうか?

研究プレゼンテーションにはある程度の様式があります。ここからみんなフレームアウトして有象無象の実験的プレゼンテーションが乱立する世界になるのも個人的には楽しいですが、様式には様式の大切さがあります。適度なルールがあるからこそ安心して聞くことができ、認知の負荷も抑えることができるのです。

様式の良さを崩しすぎず、アップグレードできる方法を考えていきましょう。

未来の視点を強調する

「私はこの研究をこんなふうにがんばりました!」という自己満足のプレゼンテーションほど面白くないものはありません。ゼミの学生発表であれば過程の評価も大切ですが、研究の現場では結果とその先の展望が重視されます。

プレゼンテーションの価値は上手く話せたかどうかではなく、観客の思考や行動にどこまで影響できたかがとても大切です。そのためには「私はこの研究で、この先の社会をこのようにしたい」という未来の視点が強調される必要があります。

プレゼンテーションの最初で未来のビジョンを語り、締めの部分でビジョンに向けたロードマップを語るのは許されるのではないでしょうか?観客もきっとそれが聞きたいはずです。

伝える相手を明確にする

プレゼンテーションは登壇するイベントにより伝える相手が変化します。専門家向けなのか、同業の非専門家向けなのか、それとも研究を知らない一般の人向けなのかで、話す内容や話し方は変えなければいけません。

その中でもさらに聞かせる相手を具体的にすることで、プレゼンテーションの解像度がぐっと上がります。自分の話で思考や行動が変化するのはどのような人か?どのような人の心に響くと自分は嬉しいか?できるだけイメージをしながらプレゼンテーションを組み立てていきましょう。

ちなみに私のこの話は「研究の現場でプレゼンテーションをしたことがある人、研究プレゼンテーションの難しさを痛感し、より良くしたいと思っている人。年齢性別キャリア不問」を対象にしています。届いているでしょうか?

コミュニケーションとして考える

プレゼンテーションを自分がいやいやひとしきりしゃべって舞台を降りるだけの罰ゲームと考えないでください。それは話す人にとっても聞く人にとっても時間の無駄です。

伝えたい相手がいて、伝えたい研究があるのであれば、それは立派なコミュニケーションです。話しきることを目的にするのではなく、いかに相手からのレスポンスを引き出すかに念頭を置いたプレゼンテーションを作ることができれば、とても豊かな話を作ることができます。

そのためには聞く側の姿勢も大切です。プレゼンターの伝えたい思いに応えるような質問を考えてください。質問を考えながら聞くことは、ただ漫然と暗記するために聞くよりも理解の仕方が違ってきます。
良い質問を考えるのは容易ではありません。しかし、良い質問は良いディスカッションを生み、プレゼンテーションの枠を超えた発見につながっていきます。

とはいえ基本は大事

ややアドバンストな提案をしてきましたが、若い研究者の大半はその手前で悩まれていると思います。自分の研究やそのバックグラウンドの理解が不十分なまま、その先の演出ばかりにとらわれるのは危険です。指導者からボコボコにされます。

上述の内容は意識しつつ、まずは自分のやっていることをきちんと理解していきましょう。

どのようなプレゼンテーションにもまだまだ改善の余地があります。面白くすることが難しいからこそ、面白くしていくことができるはずです。


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拙著「医療者のスライドデザイン」では、プレゼンテーションのスライドデザインのテクニックを豊富に紹介しています。医療に寄った内容ですが、データの見せ方、グラフ、デザインの基本ルールなどは幅広い研究プレゼンテーションにも役立つのではと思っています。ぜひ読んでみてください。


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