落語台本『寿限無』

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・この台本はフリーでお使いいただけます。
・改編や使用について私の許可及び名前の掲載は必要ありません。
・より多くの方々が落語をやる機会が増えればと願っております。

一席お付き合いのほどよろしくお願いします。

『かくばかり　偽り多き　世の中に　子の可愛さは　偽りなりけり』なんて唄もございます。古今東西親にとって子はまさしく宝と言えます。子供の名前というものはその子の人生を大きく変えうる大事なもの。どんな子に成長してもらいたいか、それはそれは思案に暮れていたそうでございます。

八五郎　ご隠居さ～ん！　おはようございます！　ご隠居さ～ん！

ご隠居　なんだい、誰かと思ったら八つぁんじゃないかい。どうしたい、こんな朝早くに珍しいね？　まぁまぁまぁとにかくお上がんなさい。

八五郎　えぇどうもご隠居。今日はご隠居に頼みがあってめぇりやした。

ご隠居　ほう、私に頼み？　へぇ珍しいねお前さんが私に頼みなんてねぇ。どうしたんだい？

八五郎　他じゃねぇんですけどね？　うちの長屋におめでたがありましてね。

ご隠居　長屋におめでた？　へぇそりゃいいね。どういうおめでた？

八五郎　お子さんがお生まれになったんですよ。

ご隠居　あぁそうかい！　へぇ、どちらのお宅だい？

八五郎　へい！　あっしんところなんですがね。

ご隠居　……なんだい、自分のところかい。自分のところで生まれて「お子さんがお生まれになった」なんて変じゃないか。そうかい、でもまぁおめでたいこったね。そういやこないだお前さんとこのお嫁さん。こぼれそうな大きなお腹してたっけな。そろそろだなぁと思ってたら生まれたかい、よかったねぇ。おめでとう。

八五郎　へい！　それで今日が初七日なんですよ！

ご隠居　……あぁそうだったのかい……いやそんなことも知らずにおめでとうなんて言っちまった。じゃあお生まれになってすぐお亡くなりになったのかい？

八五郎　冗談言っちゃいけねぇ！　ピンピンしてますよ！

ご隠居　今、初七日って言ったろ？

八五郎　生まれて初めて七日目ですよ。

ご隠居　……お七夜ってんだい。初七日なんていうやつがあるかい縁起でもない。

八五郎　あぁそれそれ！　七夜七夜！　それでねかかぁと話をしたんですが。名前をつけなきゃいけないんですってねぇ。

ご隠居　あぁそうだね。お七夜の日にゃ名前をつけてやらなきゃ。

八五郎　あっしはそういうのは得意じゃないんですよ。どうしようかなって思ってかかぁと話してたら。横町のご隠居！　あの人なら物を知ってるってぇんだい。下手にでりゃなんでも教えてくれるから。お前さんちょいとご隠居に名前をつけてもらってきなって、そういうことなんですよ。

ご隠居　……おやおや、女将さん私のことなんて言ったって？

八五郎　いやいやだからご隠居なら物を知ってるって。こっちが下手にでりゃお調子もんの飛び上がりもんだから、いい気になってベラベラベラベラ余計なことも喋るって。あんたちょいと頭下げて倅の名前考えてもらいなよってそういうことです。だから頼みますようちの息子の名前、考えてください。

ご隠居　……へぇ……さぁ八つぁんここで私が質問だ。お前さんは今、誰と話をしているでしょうか？

八五郎　……ご隠居さんだ！　そうだそうだ、かかぁも本人の前では言っちゃいけねぇってハハハ！　まぁご隠居さんならねぇ心が広いから。

ご隠居　ご挨拶だねまったくお前さんは。ハハハ、まぁ腹も立たないがね。いやそれにしてもだよ、名前を考えるってことはなにかい？　私がお前さんとこの坊やの名付け親になるってことだけどいいのかい？　へっへっへそうかいそうかい。いやぁこれは嬉しい限りだよ。良い名前つけてやらないとね。ところで生まれたお子さんは『男子（なんし）』か『女子（にょし）』か。

八五郎　……へ？

ご隠居　いや、お前さんのお子さんは『男子』か『女子』か？

八五郎　へぇ……さぁそこなんですがねぇ。なんしかにょしか……あっしもね、父親ですからそこはかかぁとよく相談して、なんしかにょしかなんてね、そんな人間には育ってほしくないですな。

ご隠居　意味わかってないね八つぁん。『男子』か『女子』かってぇのはつまりね、お前さんところで生まれたお子さんは、男の子かい？　女の子かい？

八五郎　あぁそれでしたらね！　オスのガキです！

ご隠居　オスのガキなんていうやつがあるかい！　犬猫じゃあるまいしまったく。そうかそうか男の子かい。お前さんもね人の親になったんだ。こう育ってほしい、こういうふうになってほしいなんて願いがあるだろ？　どういう名前がいいかい？

八五郎　なんだっていいんですよ！　とにかくね、長生きするようなめでてぇ名前がいいですな！　いやもう生まれるめぇはねぇ、こうなってほしいあぁなってほしいなんて思ってやしたがいざ顔を見ちまうとちがうもんだ。親ってもんは不思議なもんだね。まぁとにかく長生きするような縁起のいい名前でお願いしますよ！

ご隠居　そうかいそうかい。いや昔からお前さんのことはよく知ってるよ。ガキ大将で鼻垂れ小僧だったお前さんがそんな一丁前なことを言うようになったとは、私もうれしい限りさ。長生きしてくれりゃいいなんてな、親なればこそだな。
　そうだねぇ……昔から『鶴は千年』という。たいそう長生きするし見た目も美しく気高いなんともおめでたい鳥だ。どうだ『鶴太郎』『鶴吉』というのは。

八五郎　千年……千年かぁ……そんなケチくせぇこと言わないでもっと何とかなりませんかね？

ご隠居　千年生きたら十分だと思うがねぇ。う～んやはり鶴の対になっているのは亀だね。『鶴は千年亀は万年』これで一つの言葉だ。どうかね、『亀之助』『亀吉』というのは。

八五郎　万年……たった一万年……グスッ、ちくしょう……親より先に逝きやがって不幸もんが。

ご隠居　八つぁんあんたいくつまで生きる気だい？　

八五郎　ご隠居、千年万年なんて期限が付いたものじゃなくて、ずーっとずーっと一生死なないみたいな名前ないですかね？

ご隠居　お前さんそれは無理な話だよ。確かに不老不死というものは人間の夢だ。だがな人間オギャーと生まれて年を取りみんなに看取られながらキチンと眠るのが一番いいんだ。
　うんだがしかし末永く幸せに長生きしてほしいお前さんの気持ちも、わからないわけではない。なんとかしてやりたいねぇ。……あ、そうだ！　阿弥陀様のお経の中に『寿限り無し』と書いて『寿限無』という言葉がある。寿限無ってなぁどうだい？

八五郎　え？　寿限り無し！　そりゃいいですなぁ！　寿に限りが無い！　毎日毎日？　朝から晩まで？　年がら年中365日盆も正月も関係なく？　いやぁ頭バカになりそうですねぇ！　寿限無！　他には、なんかないんですか？

ご隠居　そうだねぇ、『五劫の擦り切れ』というものがあるね。

八五郎　四光（しこう）五光（ごこう）ってなぁ聞いたことありますが、『擦り切れ』ってなんです？

ご隠居　……花札の話してるんじゃないんだよ。いいかい、劫というのは時間を表す言葉だ。三千年に一度天人が天下りしてきて下界の大きな岩山をその衣でフッとなぜる。それを丹念に丹念に、岩山が擦り切れてなくなるまで続ける。これを一劫ってんだ。それを五倍の五劫ってんだからもう何億年何兆年いやまったく果てしない。とてもめでたき言葉だ。

八五郎　へぇ……さすがご隠居学がありますねぇ。そんな言葉があったんですかい。ほかになんかないですか？

ご隠居　『貝砂利水魚　水行末　雲行末　風来末』という言葉がある。海の貝や魚、砂利や水なんてぇものはとってもとっても取りつくせない限りが無い。水、雲、風はどこからきてどこへ向かうのかだれにもわからない。無限に進みそして戻ってくる。たいそうめでたいもんだ。

八五郎　はぁそりゃ確かに。とってもとっても取りつくせない。ウナギだってサンマだってあんなもんいくら取っても未来永劫無くなるはずありゃしませんよ！

ご隠居　……う～ん、まぁほどほどに食べてりゃ大丈夫じゃないかな？　えーあとはそうだね。うん、やはり人間生きてくうえで何が一番大切かってぇと衣食住がそろってないといけない。『衣食足りて礼節を知る』なんて言葉もあるくらいだ。『食う寝るところに住むところ』なんてのはどうだい。うんそれに『薮ら柑子のぶら柑子』というのもあるな。

八五郎　……ご隠居さんね。そりゃあっしはあんたと比べて学もない間抜けだと思いますよ。でもねぇそんな本人を目の前にして厭味ったらしく言うもんじゃないと思いやすよ？

ご隠居　ほう、そうかい。そりゃすまなかったね、なんか気に障ることでも言ったかなあたしは？

八五郎　言いましたよ！　『破れ障子のボロ障子』って！

ご隠居　……そうじゃない。『薮ら柑子のぶら柑子』というんだ。ヤブコウジというのは中国の木の名前でもってな。この木というのは春に若葉を生じ夏に花を咲かせ、秋になると実を結び冬になるとその実に赤い色を添えて霜をしのぐという。一年を通じて丈夫な木だ。お前さんにしてみれば木なんてものはそういうもんだ当たり前だと、そういうかもしれない。けどね八つぁん……当たり前に丈夫というのが私は実は、人として一番ありがたいと思うんだがどうだい？

八五郎　……うーん、確かに言われてみりゃその通りだ。病気一つ怪我一つしねぇで一年過ごすってぇのは気持ちのいいことだ。じゃあそいつももらっていきましょうかね。ほかにはなんかありますかい？

ご隠居　もう十分だと思うがねぇ。あたしが子供のころに聞いた昔ばなしを思い出した。あたしが子供のころの昔ばなしってんだから、たいそう昔の話だろうさ。外国にパイポという国があったそうな。その国にはシューリンガンという王様とグーリンダイというお后様がおったそうな。その二人の間にはポンポコピー様とポンポコナー様というお子がおって、その四人はそれはそれはご長命であられたそうだよ。

八五郎　……ご隠居ねぇ。人の子供だからそんな無責任に言ってられるんですよ？　ご自分の子供につけます？　ポンポコピーにポンポコナー……狸の子供じゃないんですから、学校でいじめられますよ……グーリンダイだってねぇ、なんだか尾頭付きで刺身にされて「はい、グーリンダイです！」なんて居酒屋で出てきそうじゃないですか。

ご隠居　お前さんねぇ……確かに変わった名前だと思うが、王族の尊い方々の名前をそんな風に邪見に扱うと罰が当たるよ。

八五郎　じゃあご隠居だったらつけるんですか？　自分の子供に、ポンポコピー。

ご隠居　……ちょっと考えるけどね。

八五郎　ほうれ！　ご隠居だってそうじゃないですか！　まぁね、せっかくご隠居が無い知恵絞って思い出してくだすったんだ。ここはご隠居の顔を立てて、その名前ももらってあげますよ。

ご隠居　なんだいこの野郎、急に上から目線で。

八五郎　なんかこう、もうちょっとまともそうなやつないですか？

ご隠居　なんだいまともそうなやつって。ふてぶてしくなりやがってコンチクショウ。そうだね、長く久しい命と書いて『長久命』長く人を助けると書いて『長助』ってな具合かな。
　　　　
八五郎　だんだん投げやりになってませんかご隠居？

ご隠居　うるさいよまったく。まぁ今思い出せるのはこれぐらいかね。調べればもっと出てくるとは思うけど。あんまり色々とあっても選ぶのにも困るだろうから。

八五郎　えぇ、じゃあこの辺で手打ちにしましょう。ご隠居、紙にさっきの名前全部書いてくださいよ、ひらがなで！

ご隠居　……えぇ？　さっきの全部？　あたしが書くの？　しかもひらがなで？　なんだいお前さん覚えてないのかい？

八五郎　冗談言っちゃいけませんよ！　皐月の鯉の吹き流しって言います通り、右の耳から入ったら左の耳へスッと抜けていくんですよ！

ご隠居　胸張って言うもんじゃないよ。あぁわかったわかった、今書いてあげるから。

と、ご隠居さんが四苦八苦しながら書きました長い長い名前の紙を八つぁんありがたそうに家へ持って帰る。家でもっておかみさんとどれがいいかと考えましてもどれもこれも縁起物だと捨てるに捨てれない。こういうところが貧乏人の悲しい性でございます。そして八つぁん「えぇいめんどくせー！　全部くれてやらぁ！」となんと全部つけてしまった。後から聞いたご隠居さんが驚いて腰を抜かしたのは言うまでもございません。

そんなこんなでなんともありがたい名前をつけてもらったためか、けがや病気もせずにグングンと成長していきます。まぁ男の子でございますから、大きくなると喧嘩の一つや二つやるようになりまして。友達の頭をゲンコでポカリと打ち付けて大きなこぶをこしらえてしまった。それを友達が泣きながら親に言いつけにきたりしまして。 　

　 　
金坊　うわぁ～んおばちゃ～ん！　寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚、水行末、雲来末、風来末、食う寝る所に住む所、薮ら柑子のぶら柑子、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助がぁ～！おいらの頭殴ってこんな大きいこぶできちゃった！

かみさん　　おやまあ、金ちゃんごめんなさいねぇ！　うちの寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚、水行末、雲来末、風来末、食う寝る所に住む所、薮ら柑子のぶら柑子、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助が！　金ちゃんの頭殴ってこぶこしらえたんですって！

ちょいと、お前さん、寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚、水行末、雲来末、風来末、食う寝る所に住む所、薮ら柑子のぶら柑子、パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助ったら、金ちゃん殴ってこぶこしらえたんですって！

八五郎 　何ぃ？　おぅっ、寿限無、寿限無、五劫の擦り切れ、海砂利水魚、水行末、雲来末、風来末、食う寝る所に住む所、薮ら柑子のぶら柑子、
パイポ、パイポ、パイポパパパパパ……

かみさん　パイポは三回！

八五郎　パイポ、パイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの長久命の長助が！　……誰だっけこの子？

かみさん　その子は金ちゃん！

八五郎　金坊の頭殴ってこぶこしらえただぁ！？　本当すまねぇな、あとでうんと叱っておくからよ。どれどれおじちゃんに見せてみな……こぶなんてどこにもねぇじゃねぇか。

金坊　名前が長すぎて、こぶがひっこんじまった。