見出し画像

シリーズ「学校教育の再設計」②

日本社会と地方の課題

 前回は、世界的な傾向としての社会の変化の一例を示した。今回は、特に日本に着目してその特徴をまとめる。世界の社会変化の大きな潮流から受け影響と、日本が独自に抱える課題を踏まえながら、どのように学校教育を再設計すれば良いのかを検討するヒントにする。

 また、教育に関することだけではないが、多くの言説が一般論としてマスコミなどで語られる時に都市部、特に東京を中心考えられていることが多々ある(というかほとんどがそうである)。しかし、いわゆる地方と東京では多くの条件が全くと言っていい程異なっている。例えば、交通環境を例に挙げると、東京では鉄道網などの公共交通機関が発達しているため、住んでいる地域によっては自家用車の保持の必要性は低い。一方、地方においては鉄道網等の公共交通機関が東京ほど整備されていないので、移動手段としてほとんどの人が例外なく自家用車を保持する必要がある。仕事や生活の中で自家用車が必需品となるからだ。

 このように、日本全体だけでなく、地方(特に長岡市)が直面している課題を指摘する。

課題① 少子高齢化

 先日、日本で出生数が初めて80万人を割ったというニュースが報道された。NHK NEWS WEBによると「去年生まれた子どもの数は速報値で79万9000人余りと国の統計開始以来、初めて80万人を下回り、過去最少を更新したことが厚生労働省のまとめで分かりました。(2023年2月28日NHK NEWS WEB HPより)」と報道している。これは、国立社会保障・人口問題研究所が2017年に公表した予測では日本人の子どもの出生数が80万人を下回るのは2030年となっていて少子化が想定を上回るペースで進んでいるという。

 日本の社会保障制度は、15歳以上〜65歳未満の生産年齢人口が支える仕組みに設計されている。移民の大幅な増加などを検討しない限り、今後生産年齢人口が急激に減少していくことが予想できる。

 さらに図1「平均寿命の推移と詳細推計」のグラフを見ると、日本人の平均寿命は年を追うごとに伸びており、2065年には女性が約91歳、男性が約85歳と予想されている。リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著『LIFE SHIFT−100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)などに著されている、いわゆる「人生100年時代」は迫りつつある。これは、年齢別人高校生の中で高齢者の割合が減りにくいことを表している。当然、定年退職制度を採用している限り、医療や介護のサービスを必要とする高齢者の社会保障費をいわゆる現役世代が負担することになり、今後、税や社会保障費の国民負担が大きくなることは容易に予想できる。これは、図2「年齢3区分別人口の割合の推移」にあるように、2019年においては、老年人口1人を現役世代2.1人で支えていることがわかる。こさらに、図3「人口ピラミッドの変化」から2060年には、老年人口1人を現役世代1.2人で支えることになることが予想されている。

 

 人口推計の資料は、最も予測しやすい指標の一つであることを考えると、ここから大きく外れることは考えにくい。これから社会に出る子どもたちは、このような高負担ではあるが、必ずしも高福祉とは限らない社会の中で生きていかなければならないことが予想される。また、先ほども触れたようにコロナ禍の影響からか、出生数の低下が早まっていることを考えると、人口動態予測よりもさらに激しい少子高齢化が訪れる可能性もあると考える方が自然であろう。

課題②  都市圏への資源の集中と人口の流出

 東京などの都市圏と長岡市などの地方を比較すると、社会的な資源の差が大変に大きい。公共交通機関の充実については先ほど述べたが、それ以外にもその差は歴然としている。例えば、国会や公官庁など中央官庁、テレビ局や新聞各社などマスコミ各社、大企業の本社、大学などの教育機関、美術館などの文化施設など様々なものが集中している。よって、都市圏は進学や就職を求める若年層が集まりやすい環境にあると言える。三浦展氏は著書『都心集中の真実』の中で、東京の都心に人口が集中していることを指摘している。図4「23区と多摩の市部の将来推計人口」を見ると、東京都特に中央区などの都心で人口が増加していることが分かる。


 これとは逆に、都市圏以外の地方では若年層の人口を中心に減少している。地方では、若年層の人口が都市部などに流出していることが、人口動態などから明らかになっている。年齢別に見ると、18歳と22歳の時に進学や就職などで都市部に移住する若年層が多いようである。長岡市も例外ではない。長岡市は、18歳時には、人口流出は少ないようであるが、22歳時には人口が流出していることが指摘されている。長岡市HP「住民基本台帳人口・世帯数」から22歳時の男女別人口増減の推移を4年分以下に抜粋した。

 人口の増減の推移を見ると、長岡市では22歳時に人口が流出することが分かる。長岡市が作成している『長岡市都市計画マスタープラン』(令和3年3月)では、「若者の人口動態を見ると、4大学・1高専・15専門学校に約6,800人(2020年度)の学生・生徒が在席している一方、卒業後、就職する学生・生徒のうち、市内に就職する割合は約 20%(2019 年)にとどまっています。」とその問題を指摘している。

 また、筆者が特に注目しているのは、男性に比べると女性の人口減少割合が大きいことである。上記の長岡市における22歳の人口増減の推移を見ると、男性人口の減少率が5%未満であることに対して、女性人口の減少率が10%前後となっていることが分かる。これは、地方ではある程度共通した特徴のようである。例えば、新潟県内で長岡市とほぼ同規模の市町村である上越市においても同じような傾向が指摘できる。地方においては、若年の女性が都市部へ移住する傾向にあることが分かる。

 都市部への様々な資源の集中によって、地方の若年層、特に女性が都市部へ移住していることが分かる。これは、教育だけではなく街づくりにおいても大変に重要な指標であると考えている。


課題③  政治への関心の低さについて

 未解決の課題が山積している現状ではあるが、そのツケを払わせられる可能性のある日本の若年層の政治への関心が低いことが指摘されて久しい。実際に、国政選挙の年代別投票率の推移(下図:総務省HPより)を見ると、特に20代30代の投票率の低下が目立つ。いわゆる「若者の政治離れ」として、メディア等にも取り上げられている。地方選挙においてはさらに投票率が低く、平成31年に行われた全国の地方選挙のそれぞれの投票率は、「知事選挙」47.72%、「都道府県議会議員選挙」44.02%、「市区町村長選挙」48.52%、「市区町村議会議員選挙」45.16%であり、若年層の投票率はこれよりもさらに低いことが予想される。ちなみに、新潟県長岡市における令和2年度市長選挙は10代が33.72%、20代が23.81%である。

 若年層の投票率の低下は問題であるのか、ないのか。問題であるならばどうすれば良いのか。特に、過疎化が進み少子高齢化の著しい地方都市や周辺市町村においてはどのような問題があるのか。これを放置することで、後世にどのような影響が及ぶのかを踏まえこの問題を考察する必要があるのではないだろうか。以下、他国との比較などをもとに若年層の投票率の低さの理由について考察する。

 他国との比較

 日本の若年層の投票率は他国と比較してどうなのか。右の図は日本農業新聞(2017年10月13日記事)に記載されている「OECD主要国の18〜24歳の投票率」をグラフで表したものである。罰則規定のあるオーストラリアやベルギーを除くと、デンマークやオーストリアは80%以上と大変高い投票率であることがわかる。日本はそれに比較すると、30%程度とかなり低いことがわかる。日本の次に低い英国についても40%程度と日本より10ポイント高い。


若年層の投票率が低い理由

NHKホームページ「なぜ若者たちは投票に行かないの?投票率を上げるには?~座談会で旭川大学の学生に聞いてみました~ 参院選2022」を参考に、若者がなぜ選挙に行かないか考察を行う。

 この座談会は、NHKの新人記者と旭川大学に通う学生14人が、参議院議員選挙2公示前日の2022年6月21日に集まり、「選挙」や「政治」について話し合いを行うという内容の座談会である。その中で、投票率が低い理由について当人たちがどのように考えているのかをまとめる。

①選挙の大切さが理解できず、投票への意識が低い
②高齢者との母数が違い過ぎるため、自分一人くらいの票では決まらないという考えがある。
③現在の社会は、自分ちたの意見が社会に反映されていて、投票に行く動機がない。
④政策が難しくてわかりづらい。
⑤候補者の主張が似ていて区別がつかない。 

というのが、この座談会で挙げられた、若年層の投票率が低い主な要因である。

 特に注目すべき内容は、③の内容で現状に不満がなくこのままで良いのではないか、という考え方である。これは、現与党は圧倒的に議席数が多いので、特に大きな事件がなければ自民党のままであろう、だから投票はしていないが現政権を「消極的指示」する意味で投票に行かないことを選択しているのではないか、と推測できる。ただ、そこには「自民党を支持する」という思いよりも、「今の生活に不満はないから、自分は何もしなくてもいいでしょ。」という安易さを感じてしまう。

 上記のような若年層の選択は、不満のない「今の生活」が継続することを前提としている。果たして、「今の生活」がこのまま継続するのだろうか。国土交通省が作成した「我が国の経済成長」の資料によると日本の国際競争力総合順位は1990年には1位であったが、2020年には34位になったとしている。そのほかGDPの推移などマクロ的な視点から見ると、日本の国際競争力は低下しているといえる。また、人口構成を見ても高齢者の割合が21%を超える超高齢社会に分類され、人口動態の視点からも今後の経済成長の先行きを不安視する声も少なくない。さらに、地方都市にとっては過疎化の影響もあり、人口構成は都市部よりもさらに歪である。地方都市のさらに周辺市町村においては、町の維持が困難な状況になるいわゆる「限界集落」の問題も指摘されている。

 このような状況の中で、果たして不満のない「今の生活」が、特に地方都市において維持できるとは考えにくい。若年層の政治意識の低さは、大きな課題であると言える。

今回の結論

 今回の「学校教育の再設計」②の結論を以下にまとめる。
学校教育の再設計の前提として、

  1. 将来的に、一人の老年人口を1.2人の労働人口で支えるような、超少子高齢社会を迎えること

  2. 都市部の資源の集中によって、地方の若年層の人口が流出していること。特に、女性の流出が著しいこと。

  3. そのような中で、若年層の政治への意識が低いこと

が指摘できる。
以上のことを踏まえて、今後の教育を再設計する必要があると考える。

 次回は、前述した白井氏の著書と経済協力開発機構(OECD)編著の『社会情動的スキル−学びに向かう力』(明石書店)、苫野一徳氏の著書『どのような教育が「良い」教育か』などを参考に、具体的にどのようなスキルが求められるのかを考察したい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?