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慶應義塾大学教授・田中浩也先生が考える、循環型まちづくりにおける「中都市」の可能性とは?

日本を代表する古都、鎌倉。東京都心から電車で1時間ほどの距離でありながら、山に囲まれたこの街ではふとした瞬間に鳥のさえずりが聞こえ、南に歩けば相模湾と出会います。また、かつて幕府が置かれた地として市内には多くの寺社や歴史的建築物が残り、この地に長く続く人間の営みも感じられます。

この鎌倉の地で現在起こっている「循環」をテーマにしたまちづくりのムーブメントが、慶應義塾大学環境情報学部教授の田中浩也先生が主導する、JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)での産官学民連携プロジェクト「リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点」です。

循環を基盤としたまちづくりをしていくにあたり、田中先生は「中都市」という存在に大きな可能性を感じているそうです。今回は「中都市」の特徴や役割、鎌倉の中都市性、また「循環」の考え方や今後の展開の仕方について、田中先生にお話を伺いました。

話者プロフィール:田中浩也(慶應義塾大学環境情報学部(SFC)教授)
1975年北海道札幌市生まれ。京都大学総合人間学部、人間環境学研究科を経て、東京大学工学系研究科にて博士(工学)を取得。2005年より慶應義塾大学SFCにて専任講師としてデザイン工学の教鞭を執りはじめ、2008年に同・准教授、2016年より同教授。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、リサイクル素材でつくる3Dプリンタ製表彰台の設計統括を務めた。

Q. 田中先生は循環型経済の形成における中都市の役割についてご研究されていますが、なぜ中都市に可能性を感じられているのかを教えてください。

中都市の可能性の鍵だと考えている要素は大きく4つあります。1つ目は人口規模。2つ目は歴史と文化のストック。3つ目は自然とのつながり。そして4つ目は半開放性です。

まず人口規模について、多くの中都市の人口規模である10-20万人という数字(※1)は、市民参加型の取り組みがしやすい適正規模だと考えています。実際、2001年から2002年にかけて生分解性プラスチックの実証実験が半年間行われた、ドイツのカッセル市の人口が20万人程度だったことから大きなヒントをもらいました。人口に相応して市役所も適度にコンパクトなので、顔の見える関係性で産学連携がスムーズでやりやすい気もしています。

2つ目の歴史と文化のストックについては、かつて友人の中山晴奈さんが人口20万人程度の都市を抽出してくれたのですが、豊かな歴史や文化がある都市が多いことに気が付きました。例えば、島根県出雲市や神奈川県小田原市などが挙げられます。かつて城下町として栄えた場所も多く、その時代の建築物が残っているのも特徴です。こうした都市は、「前世代のものを残して次世代に継承する」ことへの意識が相対的に高いのではないかという仮説を持っています。そこで、「資源フロー」を中心に考えられていたこれまでの循環経済論から一歩進んだ、「資源ストック」の考え方まで広げた循環都市論を展開できるのではと考えています。

鎌倉を始めとする中都市における資源循環の仕組みの図「カタツムリダイアグラム」においても、「ストック型循環」が柱のひとつとなっています。
(出典:慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング研究センター)

3つ目の自然とのつながりに関しては、福岡県糸島市や富山県高岡市などがそうですが、海と山があること。こうした自然が近くにあると、環境意識も高まりやすいのではないかという仮説を持っています。さらに「Nature-Connected率」という、住む場所と自然とが隣接している割合が多いことが、大事ではないかと思っています。

4つ目の半開放性は、中都市は単独では成り立たず、大都市のサテライトのように他都市とくっついて維持されているという特性から来ています。これは一見ネガティブに聞こえるかもしれませんが、自立と他立のバランスこそが中都市の大きな特徴だと捉えており、このバランスの調整作業が、実はイノベーションの土壌になるのではと考えています。いわば都市間の生態系のキーストーン種といったところでしょうか。

Q. ご説明いただいた4つの中都市の要素は、鎌倉市ではどのような状況なのでしょうか?

鎌倉市はこれら4つの特徴を全て有していると考えています。1つ目の人口規模については、鎌倉市の人口は約17.3万人でこれに合致します。実際に、花王株式会社による洗剤詰め替えパック回収をはじめ、市民参加型の取り組みが多く行われています。

歴史と文化のストックについては、ご存じの通り鎌倉はかつて鎌倉幕府が置かれていた土地であり、寺社を始めとした多くの建築物が残っています。これらを含めた街並みは「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)」で守られているのですが、一方で鎌倉時代以降の各時代の建築が残っているのも鎌倉の面白いところです。つまり、鎌倉時代の遺産が時が止まったように保存されているというわけではなく、ある程度保存されながらも、社会の流れと共に変化し続けており、いわば時が積み重なっている、「ストック的」でありかつ「スタック的」であると言えます。

自然とのつながりについては、鎌倉は三方を山に囲まれており、谷戸地形(※2)のため市街地まで山が入り込んでいます。また、南側は海に面しています。このような地形のためか、鎌倉の森林率は40%程なのですが、地域幸福度(Well-Being)指標を見ると、「自然を身近に感じる」という主観的指標の偏差値は80を超えるほどに高くなっています。これが先ほど言った「Nature-Connected率」の実例で、徒歩や自転車でふらっと気軽に「自然」に触れることができるようになっています。

半開放性についても、鎌倉は東京都心からも1時間ほどの距離にあり、「鎌倉都民」という言葉もあるほど、東京のサテライトとして位置づけることができます。また、自治体戦略においても、市内のごみ焼却炉閉鎖が来年に迫るなかで、鎌倉市は可燃ごみの焼却量を1/3にするという目標を持っており、近隣自治体との広域連携によるスキーム構築を進め、民間委託も活用しながら、安定的なごみ処理対策を構築するなど、自立と他立の間でバランスをとりながら存続する道を模索しています。

長谷寺から見下ろした鎌倉市街
(Image via Shutterstock)

Q: 4つめのポイント「半開放性」とも関わるところですが、循環型経済において、自治体同士の連携や関係性を田中先生はどのように捉えられていますか?

まずは3パターンくらいがあると考えています。1つ目は廃棄物処理や資源リサイクルにおいての近隣自治体との広域連携です。例えば先述のごみ処理を近隣自治体と共同で行うことや、単独自治体ではリサイクルに十分な量を確保できなくても、近隣自治体の資源と合わせることでリサイクル可能量を確保することができます。

2つ目も自治体的な視点で、姉妹都市と「循環」を新たなテーマとして学び合いや交流を行うことが考えられます。

3つ目はビジネス的な視点で、類似都市に向けたマーケティングができるのかもしれません。ある都市で事業が成功したら、その都市の類似都市に向けて事業展開の話がしやすくなります。したがって、どの自治体とどの自治体に類似性があるのかを把握しておくことは、ビジネスの観点からも重要でしょう。


Photo by Hirohisa Kojima

Q: 田中先生の循環型経済のまちづくりの構想には「循環者」という言葉が出てきますが、これはどのような人なのでしょうか?

もともとこの言葉は、自治体が「市民」と呼んでいる人々と、企業が「消費者」と呼んでいる人々は、本当は同一人物なので、その2つを高次に統合したいという着想から生まれました。市民がごみ分別への参加を呼び掛けている人々と、企業が自社の環境貢献のアピールのために宣伝広告を仕掛けている人々は、同じ人なのです。それを、まず統合的に「循環者」と呼ぶところから、新しいコンセプトが生まれないだろうかと思いました。

鎌倉ではすでに、自治体による回収~資源化も、企業による回収~資源化も、自治体と企業が連携したものも、さまざまに行われており、宣伝や呼びかけられ方は違えど、「循環者」から見れば、どれもまちのなかに用意された循環に携わる「機会」であるという意味では違いはありません。

この「循環者」という視座を中心に置くことで、自治体の循環型都市づくりと、企業の循環型経済との距離をさらに近づけられないかと思っているのです。

とはいえ、「循環者」はまだ具体的にどんな人間像なのかという点はあいまいです。いまのところ、あくまで「未来市民ペルソナ」という仮想の設定なのです。いまは、さまざまなデータ分析やヒアリングを通して、社会科学の研究者のみなさんと一緒に「循環者のペルソナ」を具体化しようという、割と地道な研究をコツコツと進めています。

また、今回のプロジェクトで一番大事なのは、「循環に参加する」ことと「地域幸福度が高まる」ことの相関を見つけ出すことです。「循環」の活動を通して資源のリサイクル率だけではなく、市民のウェルビーイングも向上することような仕組みをつくりだすこと。それが「リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点」の最大の研究課題ととらえており、それができれば、新たなまちづくりの有力な方法論になります。

田中先生が主導する、JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点」では、鎌倉を「循環者になるまち」と掲げています。
(出典:慶應義塾大学KGRI 環デザイン&デジタルマニュファクチャリング研究センター)

Q: まちに「循環者」を増やしていくにあたって、田中先生がカギだと考えているものを教えてください。

これについては、日々議論しています。教育が大事だという意見もあれば、資格試験のようなものが必要ではないかという意見もあります。さらには、すでに鎌倉の21分別に毎日参加している人はすでに循環者なのではないかとう声もあります。どれも正しいと思うのですが、私としては、最終的には「循環者」というのは、「循環を楽しむ」というひとつの都市型ライフスタイルなので、その人たちの精神的な拠り所になれるような、新しいライフスタイルメディアのようなものがつくれないかと考えています。

昨年、オランダに視察に行ったときに、自治体の取り組みをまとめた、半分が写真集でもう半分が統計データが入っているような、かっこいい雑誌をもらったんですよ。ちゃんとデザインやDTPが入っているようなものです。日本の自治体で、こういうのを出している例はまだないんじゃないかと思うのです。私が若いころ、文化を象徴し、触媒となっていたのは雑誌メディアでした。いまはウェブに移行し、だいぶ少なくなってしまいました。でも、それぞれの地域・土地にあわせたサーキュラーな文化を媒介するようなメディアは、現在正しく必要とされていると思うのです。


また、教育についても、環境教育と創造性教育と正しく融合していく必要があると思っています。たとえば、環境教育では「プラスチック」が環境汚染などにつながる、とそのリスクが教えられる。他方、創造性教育では、STEAM教育の流れで、プラスチック用3Dプリンタを使ってものをつくるようなことが教えられる。その過程では、「サポート材」という余分なプラスチックも発生します。それぞれは大切なことを学んでいますが、この2つをつなげて考えようとすると、うまく世界像がむすびつかず、ちぐはぐになってしまいます。

そこで、プラスチックを海洋に流出させないように回収し、回収したプラを燃やすのではなく材料に変えて、3Dプリンタでなるべく「ロングライフ(長寿命、長く愛されて長く使える)」ようなものへと形を変えて社会に送り返してみよう、という風に考えてみる。インプットとアウトプットがあって、そのあいだの「プロセス」に能動的に携わるのが循環者であるよ、ということを実感とともに伝えてあげる。さらには、植物由来のバイオプラスチックや生分解プラスチック、プラスチック分解菌も研究されているよ、という現在進行形の科学も伝えてあげる。「いまできること」と同時に「未来の新しい可能性」を同時に語ってあげる。そんなことが必要なんじゃないかと思うのです。

結局、循環って、小学校で言えば、社会・理科・図工・美術・生活などに横断的にかかわる良テーマなんですよ。「循環者になろう (https://junkansha.jp/)」でもそういうコンテンツを集めているのですが、いずれは、小学校の副読本のようなものにまとめられたらいいなあと思っています。

Photo by Hirohisa Kojima

Q: 最後に、田中先生にとって「循環」とは何でしょうか?

フィンランドのトゥルク市が循環型経済政策の中で「Resource Wisdom(リソース・ウィズダム)」という言葉を掲げているのですが、その言葉を教えていただいて、非常に共感しました。資源にはフローもあればストックもある。減らしたほうがよいものもあれば、増やしたほうがいいものもある。段階的に移行したほうがいいもものある。ひとつひとつの資源をどう使うか、どう終わらせていくか。それは、土地のニーズ(需要)にもよるし、その時代の技術にもよります。一般論では語れず、ひとつひとつの資源に対する個別の解の集合知こそが、人間の叡智なんだろうと思います。

先ほどの「循環者」を英語で説明するとき、今年からは「JUN-KAN-SHA:  Citizens with Resource Wisdom」という呼び方を使ってみようかな、と思っているんです。

もうひとつ、「循環の輪」は、一人ではできず、輪を成立させるのに、必ず「他者」を必要とするというところに価値があると思います。特に、人間以外の他者、たとえば微生物やAIも、これからの循環の輪には必ず携わってくるでしょう。ソーシャルネットワーク (SNS)は人間だけでしたが、サーキュラーネットワークは、人間以外の種もみんな含むのです。この「異種のアクターをつなげる」というところが、循環をつくりだすなかでの最大の力となるところが、面白いと思っています。

われわれの掲げた地域未来ビジョンは「循環者になるまち~社会でまわす、地球にかえす、未来へのこす~」です。これまではあまり視界に入ってこなかった、ごみや資源、微生物、そして人工衛星やAIといった技術など、いろんなものが新しいつながりを生み出し、それが日常になっていくような、そんな、古くて新しいまち、懐かしい未来を具現化していけたらと思います。

田中先生のオフィスであり、プロジェクトの拠点にもなっている「リサイクリエーション慶応鎌倉ラボ」。
(Photo by Hirohisa Kojima)

(※1)総務省による中都市の定義は「政令指定都市、中核市及び施行時特例市以外の市で人口10-50万人の都市」とされていますが、実際の中都市のほとんどは人口10-20万人程となっています。
(※2)丘陵地が浸食されることでできた谷が入り組んだ地形のことで、谷の底部の平地は農地や居住地となり、斜面は森林であることが多くなっています。

※本記事は、JST・共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点」における中都市研究の一環として行ったインタビューをもとに、ハーチ株式会社が制作しました。

【参照サイト】JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT) リスペクトでつながる『共生アップサイクル社会』共創拠点
【参照サイト】循環者になろう。


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