見出し画像

裁判所が弁護人に「電源の使用を禁止する」処分について


刑事弁護人として著名な高野隆弁護士のブログが話題になっています。

http://blog.livedoor.jp/plltakano/archives/65975716.html


高野弁護士によれば、これまでは、裁判の期日でノートPC等を裁判所の電源に接続していても特に問題視されなかったようです。
しかし、9月27日に横浜地裁で行われた期日では、「国の電気ですから、私的とか、仕事上かもしれないけど、自前の電気でやってください」と裁判長に言われ、「訴訟指揮」として、ノートPCを裁判所の電源に接続することを禁止されたとのこと。

私は、裁判期日では必ずノートPCを持参しています。
いままで裁判所の電源を借りるという発想はなく、自前のバッテリーでやってきました。
他の弁護士が、電機機器を裁判所の電源に接続しているのを見たこともありません。
また、刑事裁判で登場する検察官は、紙のファイルとノートを持参することがほとんどで、法廷にノートPCを持参すること自体が少ないです。

ノートPCは弁護活動に欠かすことはできない


とはいえ、裁判所の電源接続問題は、弁護士とその依頼者にとっては、他人事とは言えない重要なテーマです。

現在、法廷にノートPCやタブレットを持ち込む弁護士は、割合的に半々くらいだと思います。
ただ、法廷以外の活動も含めると、弁護活動でパソコンを用いるのは必要不可欠ですから、法廷に限ってそれがけしからん、という理屈は立たないでしょう。
法廷内の録音・録画が禁止だというなら、そのように命じれば足りるはずですから。
そのため、裁判長が、「ノートPCを法廷で使うな」と訴訟指揮をすることは考えられません(昔はあったかもしれませんが、現在は聞きません)。

長時間の審理になればバッテリーが底を尽く事態もあり得ます。
事件によっては、法廷でプロジェクターを使用し、視覚に訴えることも必要でしょう。
そのときに裁判所から「電源は使わせない。それによって、弁護活動ができなかったとしても、それは弁護士と依頼人の自己責任だ」と言って良いのかどうか。

電源接続禁止論は維持できない?


コロナ禍を受けて、昨年から民事事件でウェブ会議が急激に活用されるようになり、刑事事件でも手続きのIT化を進めようということで議論が行われています。
いまは少ないが、裁判官や検察官がノートPCやタブレットを法廷に持ち込む光景も、いずれ当たり前になるでしょう。
法廷でインターネットに接続してウェブ会議を行うことも考えられます。

その場合に、「民」である弁護士にだけ電源接続を認めないことになれば、公平に欠けることになります。
かといって、裁判官や検察官に対しても同じように「ノートPCのバッテリーは自前で」というやせ我慢を強いるのは、不合理です。
そうすると「弁護士の電気は自前」理論は、維持できないと思われます。
むしろ、「電気だけでなく裁判所のネット回線も使わせるべき」という議論の方向も十分あり得るところです。

そもそも、弁護士が法廷で使用するノートPCやプロジェクターが使う電気を金銭換算しても、微々たるものでしょう。
単なる充電とかで電源を使おうとしたときは、それこそ裁判所の施設管理権ないし裁判長の訴訟指揮権に基づいて、禁止すれば良いのです。

したがって、弁護活動に供している電機機器の電源接続を、裁判所が禁止することは、
① 禁止によって得られる利益が微々たるものであるのに対し
② 弁護活動への制約が大きく
③ 国費で電源を使用できる裁判官・検察官との不公平となる
ということで、現在も、将来的にも、大きな問題であると思います。


記念すべきnoteの初投稿ということで、ノートPCの話題をさせていただきました。


【法律の専門的な話】


以下は、刑事訴訟法の専門的な話になります。

まず、電源接続の禁止が「訴訟指揮」といえるかはやや疑問であり、この点は議論が必要であると思います。

また、既に指摘が出ていますが、裁判長の処分に対する異議(刑事訴訟法309条2項)を却下した決定に対して、「抗告」を申し立てることは出来ないように思います。
刑訴法420条1項は、「裁判所の管轄又は訴訟手続に関し判決前にした決定に対しては、この法律に特に即時抗告をすることができる旨の規定がある場合を除いては、抗告をすることはできない」と定めています。

「訴訟手続に関し判決前にした決定」について、最高裁大法廷決定昭和28年12月22日(刑集7巻13号2595頁)は以下のように述べています。

『判決を目標とする訴訟手続に関しその前提としてなす個々の決定をいうのであつて、右条項は、これらの決定については一々独立に不服を許さなくても、終局の判決に対して上訴を許しさえすればこれらの決定の当否に対する救済はできるので、これらの決定に対しては原則として抗告することは許さない』

そして、従来の裁判例(大審院決定大正15年2月3日)によれば、裁判長の処分に対する異議を棄却した決定についも、訴訟手続きに関する決定に当たるとされています(大コンメンタール刑事訴訟法〔第2版〕第9巻680頁、古田佑紀=河村博)。

さて、高等裁判所に対する抗告ができないなら、最高裁に対する特別抗告はできるのか、という疑問が浮かびます。
刑訴法433条1項は、「この法律により不服を申し立てることができない決定又は命令に対しては、第405条に規定する事由があることを理由とする場合に限り、最高裁判所に特に抗告をすることができる」と規定しています。

しかし、最高裁は、特に証拠調べに関するものを中心に、終局判決で救済を受けられることを理由に特別抗告の対象とならないと判示するものが多くなっているようです。
一方「訴訟手続に関する判決前の決定」であっても、特別抗告を認める例もあるので、判例の動向は必ずしも明確ではありません。
注釈書は、
『おおむね、①傍聴人など検察官、被告人等の当事者以外の者に対するものでこれらの者から不服申立があったもの、②期日指定や審理方式など、迅速にとるべき措置を定めなければ事後の手続の円滑な進行に影響を及ぼすものについては、特別抗告を許容し、それ以外のものについては終局判断における判断を待つという傾向にある』
と分析しています(前掲書786頁、古田佑紀=河村博)。


まとめると、高野弁護士が東京高等裁判所に申し立てた抗告については棄却される可能性が高いように思われます。
また、特別抗告の手段を選んでも、同じように退けられる可能性の方が高いと思われます。
しかし、高野弁護士は、以上の法的議論は全て織り込み済みであって、議論を喚起する目的もあって今回の申立てに至ったのではないかと推察しています。
いずれにしても、裁判所から実質的な応答がなされることを期待しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?