第80・81回目「ASKA Terminal Melody」(8月14・21日放送分)【ゲスト: 田中昌之】

今回のゲスト回はタミメロ史上、最高の感動回と言っても過言ではない。
というのも、このブログを執筆する前に放送を聴いて涙が止まらぬ状態になったからだ。

今回のゲストは元クリスタルキングのボーカル・田中昌之氏
僕はクリスタルキングに関して世代ではないが、デビュー曲『大都会』、それとアニメ『北斗の拳』の主題歌を歌った人として認識している。

クリスタルキングはチャゲアスと同じくヤマハのポプコン出身で、戦友でもある。だが、田中氏はポプコン以前にチャゲアスが司会を務めていた大会に出場したことがあると話している。
そこで司会の2人が、出場歌手にインタビューをするごとに「俺が先にMCをやる!」、「いや、俺だ!」と喧嘩していたという。そんな初々しい2人の姿を田中氏は好奇の目で見ていたそうだ。

その後、ポプコンでASKAという存在を改めて認識することになる。
田中氏曰く、その時のASKAについて「音楽に対する真っ直ぐな気持ちがあり、キラキラしていた。」という。それで自分も負けまいと、クリスタルキングも人生2回目の猛練習をしたそうだ。
また、田中氏はASKAとは7歳、年の差があるが(田中氏は1951年生まれ、ASKA氏は1958年生まれ)、年下とは思えないほど人懐っこく、人たらしでタメ口も平気で話していたという。それで出会ってから30分経たずにASKAは田中氏を「マー坊」と呼んだそうだ。音楽の世界は1つ年が違うだけでも「はい/いいえ」のやり取りしかできないぐらい縦社会であり、ミュージシャン同士のつぶし合いもしばしばあるが、ASKAの交友関係の広さからすると、やはり上下関係にあまりとらわれない親しみやすい人柄があるのだろう。

ちなみに僕は中学時代部活動の先輩でタメ口使ったが…その時はこっぴどく怒られました(笑)

そのような理屈のない関係性が築かれたわけであるが、ASKAは作詞に関して「作りこんでいる」と話していた。他のアーティストはよく歌詞作りについて「ふとした瞬間に詩が降りてきた」と話すことが多いそうだが、ASKAの場合は一生懸命考えこみ、作りこんでいるという。確かに僕自身も、チャゲアス、ASKAの曲は自分たちの感覚・センスで思い付きだけで作られているわけではなく、様々なジャンルの音楽を勉強・研究し、自分自身を追い込んでまで曲作りに没頭しながらできた側面もあるとつくづく感じる。でも、やはり才能が一番にあって、並大抵の努力じゃなかなか作れないよね…

その音楽に対する姿勢は今もあると信じたい。

2週にわたって田中氏がリクエストしたのは、以下の2曲

【8月14日】
ひとり咲き/チャゲ&飛鳥

記念すべきチャゲアスのデビュシングルで、田中氏は「この曲を歌わしたらASKAより上手」と自負している。また、この曲が発売された同年にクリスタルキングは『大都会』を大ヒット(それも売上118万枚のミリオンセラー)させており、2グループとも六本木をブイブイ言わせてたという。なお、当時の田中氏とASKAはカラオケ道場というスナックで、勝負し合っていたという。その勝負にはランクがあり、初段からボトル(酒瓶)1本をキープし、勝つと段が上がり、それにつれてボトルの本数も増えていくというルールがある。そこで田中氏は4段、ASKAは5段を獲得し、合わせて10本ほどキープしたものの、2人はお酒を飲めない。だけど、カッコつけてボトルを持ちながら会話も楽しんだそうだ。

ちなみに勝負の時に田中氏は「はらすぐる」という偽名を使っており、曲はペドロ&カプリシャスの『別れの朝』を歌った(ちなみにペドロ&カプリシャスの2代目ボーカルは高橋真梨子氏で、ASKAは氏に『都会の空』を提供したという繋がりがある)。対してASKAが歌ったのは西城秀樹氏の曲だそうだ。ASKAは2019年のツアー『MADE IN ASKA』で『Y.M.C.A』を歌ったが、田中氏との勝負でも歌ったのだろうか?(曲自体は元々カバーであるが) チャゲアス初期のASKAの歌声での『Y.M.C.A』もぜひ聴いてみたいものである。

【8月21日】
FUKUOKA/ASKA

2017年のアルバム『Too Many People』の1曲目に収録されている。田中氏は先週放送された『ひとり咲き』に対し、「本人でないと歌えない曲だ」と話している。僕自身もそう思うし、ASKAソロの曲だとカラオケで歌うのが1番難しい(どの曲も難しいが、その中でも1番難しい)であろう。また、この曲はアルバムに収録される前の年のクリスマスイブに発表されたが、本人にとっても今日に至るまで続けているファンにとってもかなり思い入れのある曲だろう。

この曲を聴けば、ノスタルジックなメロディに乗せて、まるである映画の回想シーンを観ているかのような気持ちに浸れる。

歌詞にある「人生は前後左右」のように、人生はいつ何が起こるのか先が見えず、「生きるとは何か?」という問いに対するはっきりした答えは誰にも分からない。しかし、昔過ごした故郷の日々の思い出というものは、今の自分がどんな状態であってもずっと美しく、かけがえのないものであることには間違いない。

田中氏は当時を回想して、「しんどかっただろうな…。もう少しそばにいてあげれば良かった。」と呟いた。

田中氏のASKAへの公開メッセージは、「愛してるよ。かな。」

僕はしばらく涙の雨がやまなくなった。

次回に続く。

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