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「話せば分かり合える」と思うのは


1932年5月15日
青年将校に銃を向けられた首相・犬養毅は
「話せば分かる」と言い残して凶弾に倒れた

歴史の授業で習う五・一五事件

「話せば分かる」
「問答無用!」

バキュン!

犬養さんは何を思ってそう言ったのだろうか

喫緊に迫っている政治的な暗雲を
軍部の言いなりで察しきれなかった
命乞いの言葉だったのか

"話し合い"という合理的かつ純粋な
問題解決方法をあくまで信じ続けた
誠実で、真摯な言葉だったのか


人と人とが分かり合うのはすごく難しいと思う

根気と忍耐と、誠実さと素直さと
思いやりのある主観と冷静な客観を
丁寧に、丁寧に積み上げていく先にしか
「分かり合う」という着地点に辿り着けない

そもそもそんな着地点など
存在していないのかも知れない

独善的な主観が
普遍的な客観になる事は永遠に無い

僕たちはみんな自分がいちばん可愛くて
自分がいちばん正しいと信じている

信じたいと、信じないとやっていけないと
そうやってこの現実に抗っている


僕たちは最終的に
分かり合う事は出来るのだろうか


世界と、みんなと
あなたと一つになる事は出来るのだろうか



人間関係って難しいなぁ、と思う度に
いつも頭をよぎるのはゲーテの言葉

私があなたを愛しているとして
 それがあなたに何の関係がある?

心理学には返報性の法則というものがある
脳科学ではミラーニューロンの働きが
解明されている

科学的かつ統計的に見れば
僕たちは相手の行動や反応を
自分の行動や反応をコントロールする事で
ある程度好ましい方向に誘導する事が出来るらしい


でも、それは統計学の話
母数をぐぐっと大きくした人類の傾向の話

あなた1人を目の前にした時
僕はあなたに対して無力である事が多いと思う


僕があなたに何を思っていようと
あなたには何の関係もない

自分がどう思っているのかと
あなたがどう思うのかは別次元の話だ

好意に好意が返ってくるとは限らない
誠実に誠実で応えてもらえるかは神のみぞ知る

いや、神さまも分からないのかも知れない
あなたのみぞ知る


『私があなたを愛しているとして
 それがあなたに何の関係がある?』


人類の傾向と個人の感情は
必ずしも相関関係にある訳ではない

考えてみたら当たり前の話だけれど
ちょっと、いや、かなり寂しいよね
なんてどうしようもない事を思ってしまう夜がある

ほとんどの人間関係は片想いが
この世界のデフォルメなのかも知れない

全ては独り相撲

はっけよい、のこったで
周りを見渡せば土俵には自分1人

この世界には自分の認識しか存在していない
自分の認識が作り上げた世界
そこに本質的な意味で、あなたは存在しない

僕が認識するあなたと
あなたが認識する僕は違う世界の住人で

自分の環世界は自分だけのもの
自分1人しか住んでいない

一歩通行の想い、報われない祈り

両想い、相思相愛の人間関係って
すごく、すごく貴重で尊いものなんだね


そうやって考えていると
人間関係の深い沼に沈んでしまいそうになる

僕たちはみんな人それぞれ
違った価値観があって
各々のバックボーンと哲学、美学があって
快、不快があって

みんながそれぞれの環世界に独りで住んでいて

そんな世界で"分かり合う"って
すごく難易度の高いゲームの様な気がしてくる

そんな事出来るのかな

出来ると信じていていいのかな


それでも僕は
「人と人とは必ず分かり合える」と信じている

そんな性善説の立場を取り続けたい

どんなにここの足場がぐらぐら不安定でも
ここに、立ち続けたいと思う

どれだけ難しくても、辛くても

誠実に、丁寧に、真摯に向き合い続ければ
誰もが必ず分かり合える日が来ると信じている


それは何でなんだろう

僕はなぜ、そうやって
「人と人とは分かり合える」と
ある意味盲目的に信じているのだろうか

この世界の残酷さを嫌という程知っているのに

そうやって考えていた時に
ある日、あ、そっか、と腑に落ちた日がある


そうか

僕は人間関係の向こう側に
善のイデア」を見ているのか

見たいと、そう願っているのか


イデア論はプラトン哲学の代名詞でもあり
この世界の全ての事象は
完全な真実の世界"イデア界"の似姿で
普遍的で共通の真理が存在しているという
ロマンチックな哲学だ

真のイデア、美のイデア、善のイデア

美しいと思うものは沢山ある
善いと思うものもこの世界には沢山ある

全部バラバラに個別案件的に
"美しい"やら"善い"と判断しているのではなく
本当はその全ての事象の背後には
普遍的で共通の「真実」が存在している

共通の真、共通の美、共通の善


そんな観念論的でロマンチックな哲学が
僕は何より好きだ

価値観は人それぞれで

生い立ちも人生観も仕事観も
好きも嫌いも得意も苦手も人それぞれだけど

そうだとしても僕たちは
僕とあなたは、僕と世界は普遍的で
共通の"美"や"善"のイデアを共有している

心の根っこの深い所では繋がっている


だからこそ
「分かり合える」と信じている

「話せば分かり合える」と何度も、何度でも
祈るように言葉にする


この世界に、人間関係に
厭世的になるのは簡単だし楽だけれど

ロマンチックに生きる人が
その在り方が美しいと、僕はそう思う


だからきっとこれからも
叶わなくても、報われなくても
信じ続けるのだろう

馬鹿だよな、って思ってしまって
無性に切なくなる夜を何度繰り返すとしても
願い続けるのだろう


それは全ての人間に共通する
「善のイデア」を信じていて

その在り方のその向こう側に
「美のイデア」が在ると信じているから


このくだらなくて、陳腐で愚かな世界で
そう願う事でしか生きられないのは

勇気ある弱さなのか
それとも、悲しい強かさなのか

それが分かるのは
この永い旅路のずっと先の方

ずっと、ずっと先にあるイデア界の
その入り口に辿り着いた時


僕はその時どんな表情をしているのだろうか

どんな荷物を背負っているのだろうか

誰と、一緒に居るのだろうか

その時が来るまで
「話せば分かり合える」と愚直に信じ続けたい


出来れば、あなたと一緒に

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