「100日後に死ぬワニ」が教えてくれた、何気ない日常の大切さ

昨日は命日だった。

「100日後に死ぬワニ」のワニ君の命日だ。

この作品は漫画家のきくちゆうき氏が2019年12月12日からツイッターで連載した4コマ漫画。1日ずつ描かれており、昨日100日目となった。

【オリコンニュースから抜粋】
『100日後に死ぬワニ』は、きくち氏が自身のツイッター(@yuukikikuchi)で投稿している漫画で、主人公のワニの日常を描いた物語。しかし「100日後の死」を前提に描いており、1日目は、ワニがただテレビを見て笑っているだけの誰にでもある普通の風景だが、4コマ目の最後に「死まであと99日」と“死”へのカウントダウンを告知している。

私がこの作品を知ったのは、なんと昨日の午前だった(笑) 普段ツイッターはほとんど使っておらず、経済ニュースアプリばかり使っていた弊害である。ワニ君の命日当日にワニ君の存在を知った。余命1日どころか、余命9時間だ。第1日から99日までを一気に読んだ。

描かれていたのは、本当に何でもない日常だった。ラーメンを食べに行ったり、映画を観たり、好きな異性に勇気が出せなかったり。

それは当然で、ワニ君は自分の命日を知らない。100日後に自分が死ぬなんて思ってもいない。当たり前の日常が当たり前のように続いていくと思っている。否、思ってすらいなかっただろう。生きていることを日々疑問に思うことなどできないし、したくないものだ。

誰もが死ぬことなんて考えたくない。でも死ぬことは確定している。誰もに平等に訪れる人生の最終イベントが死だ。逆説的になるが必ず死ぬからこそ、限りある生が貴重なものになってると思う。死ぬことが無くなり、人生が永遠に続くなら、間違いなく人は怠惰になるだろう。

「100日後に死ぬワニ」はラストが決まっていたらしい。私も人生のラストは決めている。「こんな風に死ねたらいいな」と思っていることがある。その通りに死ねるかは分からないが。

「何のために生まれてきたのか」、「何のために生きているのか」を考えることに意味はないと思っている。もちろん考えたことはある。そのうえで私の結論は「そんなことを悶々と考えるよりも、今を楽しむ方がいい」というものだからだ。生きることを複雑化せず、シンプルな方がいい。


今日も良い天気だ。9時間爆睡したから体調もいい。読みかけの小説の続きが気になる。ネットフリックスのアニメでも観ようか。いやゲームの続きもしたい。運動不足だから自転車でどこかに出かけようか。いつも行列ができている店にも行ってみたい。

今そんなことを思っている。

記憶にも残らない一日になるだろうけど、何気ない一日を大切にしたい。


P.S. この作品を読んで、満開の桜を見に行きたくなりました。東京の桜が満開になるのは3月23日頃みたいです。

明日は毎週更新の記事を投稿します。では、また明日お会いしましょう。


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