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桃崎有一郎 氏著 「京都を壊した天皇、護った武士」

先日、「変貌する中世都市京都」という本をご紹介しました。

京都を歩く際の楽しみが増す、非常に魅力的な本で、京都の行きつけの料理屋さんのご主人などにも薦めたり献呈したりしています。ただ、その際にセットにしている本があります。それが、今回ご紹介する桃崎有一郎氏著の「京都を壊した天皇、護った武士」です。

「変貌する中世都市京都」は、中世という主題による為か、江戸初期の頃までしか扱われていません。この為、京都を訪れる多くの人、実は多くの京都人も、現在の京都御苑、京都御所が、平安の頃の形でこの場所にこの規模であるとの誤解が解けません。タイトルと下の写真、今残る巨大な京都御所は、建てられたのが天明の大火後、松平定信らの主導で幕府によって寛政元年(1789年)に復古調に巨大化して再建され、その後の火災の消失を経て、1855年に再建されたものであること。それが、今回ご紹介する「京都を壊した天皇、護った武士」で詳細に、引き込まれる筆致で紹介されています。

清涼殿南庭を囲む回廊
内側から望む建春門
承明門と右奥に大文字

また、「変貌する中世都市京都」では、鎌倉幕府や北条泰時の尽力によって維持された承久の乱後の安定と平和を「後嵯峨の平和(パックス・ゴサガーナ)」と呼ぶことを提唱されるなど、いささか実態を無視した朝廷寄りに過ぎると思われる論考がされているのですが、「京都を壊した天皇、護った武士」では、そのタイトルの通りより実態に近いと思われる武士寄りの視点で描かれています。桃崎氏が武家の末裔であることも武士に好意的という側面もあるかと思いますが、セットで読むと時代の欠落を補いつつ、視点のバランスも保つことができるように思います。
何よりも読んでいて面白い本です。

家康による再建の際に園城寺(三井寺)に下賜された旧清涼殿とされる建物

上の写真は室町期に建てられた家康再建前の旧清涼殿とされる建物。小さいですよね。「大きな内裏を欲しがる無力な近世天皇」という露骨なタイトルの章に描かれる内裏の変遷図なども面白い。

京都に限らず、その歴史や背景などを知らずに、先入観無しに目に映るものを感じるのも一つの街の楽しみ方だと思います。一方で、歴史や背景を知った上でその空間に身を置くと、よりその魅力は増して堪能できると私は思うのです。京都が好きで訪れられる方、あるいは京都に住まいしているもののまだ歴史などをご存じない方は、是非ともお読みになることをお勧めします。

そして、その面白さに惹き込まれた方は、是非とも桃崎氏の以下のシリーズもお読みになってください。「京都を壊した天皇、護った武士は」で記される時代はは、承久の乱の少し前から上述の現代の御所が再建される頃まで。それ以前の時代が描かれているのが次の二作品。

そして、室町期の足利氏盛衰とでも言う時代を深く掘り下げたのが次の作品です。

恥ずかしながら私は足利義持氏のことを殆ど知らなかったのですが、桃崎氏のこのシリーズを読んで惹かれ、さらに詳しく調べてみたくなりました。
小説家ではなく、歴史学者である著者によって書かれているのですが、「真実は小説より奇なり」だからだけではなく、著者の文章や視点が魅力的なのでしょう。
著者には是非とも送り火についての論考も書いて頂きたいと期待。空海さんが始めた説などもありつつ、現在は有力だとされている足利義政氏開始説。私などは、大文字の向きがやや北向き、相国寺や室町第、その先の北山第の方向を向いていることから派手好きの足利義満氏が始めたのではないかと勝手に妄想しています。

山田邦和氏と共著もあるようですがまだ未読。その他の著者の他の作品も読んでみたいと思います。

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