ア―ユーシングル?
先日、散歩がてらセント・ジョーンズ通りにあるデリに行った。
東ヨーロッパ系の食品のお店で、ここで決まって買うのは
ニシンのオイル付け。
イスラエル出身の女店主以外は英語が通じない。
この日はニシンに加えて、ロールキャベツ・・お米入り・・とチキンケーキ・・つまり、クラブケーキのチキンバージョンを買ってみた。デリのガラス越しに身振り手振りで伝えて、レジに行く。
元気?今日買うのはこれでみんな?
女店主は気軽に話しかけてくれる。
以前、サワークラウトのピローギ(東欧のダンプリン)を初めて買った時、
なぜサワークラウトをわざわざ中に詰めるのか私にはわからないわ
そう言っていた彼女である。
その時は確かにと思った私であるが、あとで考えると、
キャベツのみじん切りの入ったダンプリンってこれギョーザと同じじゃない?酢醤油に付けたりするわけで。
しかし
食べてわかった
あのほのかな酸味は別物だ。
せっかく低温でキャベツを発酵させて作ったサワークラウトを加熱調理するってのは確かに疑問ではあるけれど・・
さてデリからの帰り、歩いて家に向かっていると後ろからウォーキングの人の気配。
ずっと雨模様だったのがようやく晴れ間が見えて、ここぞとばかりのウォーキングの人々と出くわした。
実は数週間前に膝を痛めて、サポートをまいた私は今も速くは歩けない。車が行き交うセントジョーンズ通りで、私は後ろの人に追い越してもらおうと振り返り道を開けた。
How are you? いい天気だね!
後ろにいた男性は近づいてきて挨拶をした。
Hi! 元気よ、ほんとナイスデイね!
それで通り過ぎて行くのかと思ったら彼はさらに話しかけて来た。
この辺りではよくあることで
ウォーキング中、別に聞いちゃいないのに
OOOしてるところなんだ、とか
今日はXXXよね、とか
さっきの話の続きみたいに人は話しかけてくる。
全く知らない人がである。
近所に住んでるの?
彼が聞いてきた。
すぐそこよ、あなたは?
そこ上がったとこだよ。
ビーチクラブで会ったことはないので、向こう側のビーチの住人なのだろう。
きみはどこ出身なの?
日本よ、あなたは?
ぼくはイタリアだよ。ここにきてもう20年になるよ。
グレイヘアーの彼はイタリアの日差しを思わせるような日焼けした肌をしている。まだまだ寒いこの時期のカナダの空には全く似つかわしくない。戸外での仕事をしてきた人なのかもしれない。
ア―ユーシングル?(独身ですか?)
彼が聞いてきた。
そういえば、うんと前、まだカナダに来たばかりの頃
道端でいきなりそう聞かれたことがあった。
なんせ話しかけて来たのが
学校帰りの小学5年生くらいの男の子だったので
家に戻ってどゆこと?と夫に聞いたものである(笑)
どこかで耳にした、女性に声をかけるときのこのフレーズを試してみたかったのかもしれない。
ざんね~ん、結婚してるわ!
マリッジリングを見せて、男の子をがっかりさせたものである(笑)
さて、こちらイタリアンのクラウディオはまさかそんなはずもなく
彼は離婚して今30歳の娘と住んでいるんだと話して来た。
へ~そうなんだ。
というところで家の前まで来たので、またコーヒーでも一緒にと言って私たちは別れた。
ひたすら孤独な湖畔生活のおしゃべり相手に
ひょっとしたらいいかもしれない?
そんな風に思っていたらまた彼と会う機会があった。
先日のデリからビーチロードの信号を渡ったところにあるカフェで一緒にコーヒーを飲むことになった。
クラウディオはコーヒーとボストンクリームを買ってくれた。
カフェのカウンターに並んでいたら、ウォーキンググループで一緒の女性がたまたま前にいた。そういえば彼女も私と同じように夫を亡くして独身だったのが、ある時のウォーキングから彼女のボーイフレンドが送り迎えに来ていたっけ。
この日も彼女はそのボーイフレンドと一緒に来ていて、誰か子供のお誕生会用なのだろう、買い求めたクッキーが詰まった箱を開けて一枚を分けてくれた。
🌸
コーヒを飲んで
ふいに気づいた
知らない間に時が経っていることに。
つまり
このカフェとデリが向かい合った交差点はセントジョーンズとビーチロードが交差するところで、それはいつも911のコールの時に告げる場所であった。
夫の具合が悪くなるたび、車いすから落ちるたび、私は緊急911をコールした。それは1年と少しの間に10回。
住所を告げると決まって聞かれるのだ、
一番近い交差点は?
セントジョーンズとビーチロードです
いつもそう答えた。
あのスマホ越しのくぐもった声
Police or Emergency?
何回も何回も聞いたその音が
今はすっかり遠くなって
あれはすべて夢だったのかとさえ思う。
夫との思い出はずっと変わらないはずなのに
こんなひとつの事実さえ
時と共に変化して行くものなんだ、私の中で。
それは私を愕然とさせた。
思い出とはなんて不確かなものだろう。
忘れられない大切なことは
違う時の流れの中に晒される度
少しずつ塗り替えられて行くものかもしれなかった・・。
コーヒーの紙カップを置くと
クラウディオがにっこりと笑っていた。
日本とカナダの子供たちのために使いたいと思います。