税制改正のプロセスを株式会社の予算になぞらえて解説する

税制改正ってぶっちゃけよく分からなくないですか?

政治家と役人が永田町と霞が関のお作法に則り作り込んでいくので、外からは窺い知ることはなかなかできない。

そこで、多くのビジネスパーソンに馴染みのある株式会社の予算のプロセスになぞらえて、各省庁からの令和位6年度の税制改正要望が提出されたこのタイミングで税制改正のプロセスの全体像を説明してみたい。

株式会社の予算プロセス

  1. 各事業部が予算案を作成する

  2. 各事業部が経営管理部に予算案を提出する

  3. 経理管理部は各事業部と折衝を重ねつつ全社の予算案を取りまとめる

  4. 財務部が全社予算について内容を確認する

  5. 取締役経営管理部長が取締役会に予算を提出する

  6. 取締役会で予算を承認の上、株主総会に提出する

  7. 株主総会で株主の承認を得て予算が可決する

  8. 経営管理部から各事業部に予算の決定を通知する

  9. 各事業部は予算に基づき事業運営を行う

ざっくりまとめるとこんな感じだろうか。
(株主総会で予算を承認するということはほぼあり得ないが、税制改正のプロセスとの平仄を合わせるために便宜上加えた。)
これを下敷きに税制改正をざっくり見ていく。

税制改正のプロセス

読み進める前に小学校の社会の授業で習った三権分立を思い出してほしい。特に立法と行政を思い出してほしい。

立法は国権の最高決定機関。国民の代表である政治家が多数決により意思決定を行う。

行政は国会で決定した法律を執行する機関だ。内閣総理大臣をトップとする官僚機構。内閣の下に様々な省庁が株式会社の事業部のようにぶら下がる。法律の執行部隊のために現実的に執行可能な法律の素案も作る。

さて、以下で税制改正の主な登場人物を株式会社の事例に紐づけて整理しておく。

各事業部:各省庁(経産省とか厚労省とか金融庁とか)

経営管理部:財務省主税局

財務部:内閣法制局

取締役経営管理部長:財務大臣

取締役会:閣議

株主総会:国会

株主:政治家


前提は整った。では、時間軸と共にその全容を見ていこう。

  1. 各省庁が税制改正要望を作成する

  2. 各省庁が財務省主税局に税制改正要望を提出する

  3. 財務省主税局が各省庁と折衝を繰り返し税制改正の全体像を取りまとめ、税法の改正条文案を作成する

  4. 自民党(与党)及び財務省が税制改正大綱を発表

  5. 内閣法制局が税法の条文が適切に表現されているか、理屈が破綻していないか確かめる

  6. 財務大臣が内閣に税制改正案を提出する

  7. 内閣で審議の上、国会に税制改正法案の提出を行うことを閣議決定する

  8. 国会で政治家が審議の上、可決する

  9. 国会での可決を受け、財務省主税局は税務行政が滞りなく回すために各省庁と擦り合わせを行い施行規則などの詳細なルールを作る

  10. 各省庁は自ら要望した税制を広く事業者に使ってもらうために経済団体や業界団体に普及する

以上が、株式会社の予算を下敷きにした税制改正の全体プロセスだ。

税制改正特有の事情

以下では株式会社にはない税制改正特有の事情を説明したい。

経済団体や業界団体のロビーイング

経産省や厚労省や金融庁などの各省庁は毎年税制改正要望を出す必要がある。自身の存在意義のため、所管する産業の発展もしくは保護のためだ。

政治家も同様。有権者との公約を果たすためだ。

一方で、経済団体や業界団体も自身の業界に少しでも有利になるような制度を確立したい(そして、業界内での自身の立場を築きたいみたいなものも当然にある)。

ここで政治家・役人と民間の経済団体の両者の利害が一致する。政治家や各省庁は業界の課題に沿った税制改正要望を提出することで業界からの支持を得たいからだ。

これにより政治家・役人は経済団体からロビーイングを受けることになり、それが税制改正要望に反映され、最終的に税制改正実現への大きな後ろ盾になる。

ちなみに、来年の税制改正をどうしても実現したければ、各省庁から要望が出る8月31日までにロビーイングを行わなければならない。

6月~7月に様々な業界団体が税制改正要望案を自身の業界団体のHPに公表し、議員会館に表敬訪問した写真などをアップするのはこのためだ。

経営管理部である財務省主税局と株主である政治家との調整

予算を作成する実行部隊である会社の経営管理部とそれを承認する株主が事前にすり合わせすることなんて株式会社では絶対にありえないが、政治家・役人の世界ではこれが起こる。
なぜなら、最終的には政治家が国会での審議の上で税制改正を可決するが、国会で政治家に暴走されては困るという財務省主税局側の都合と、国会に提出される税制改正の内容とその前提などを事前に把握しておきたいという政治家側の都合が合致するからだ。
実際には、12月中旬に自民党の税制調査会という税制改正の所管組織から発表される税制改正大綱で税制改正の議論がほぼ決着する。
まだ、内閣の閣議決定も行われてなければ、国会の承認を得ていないのにである。
(=まだ取締役会の決議を得てなければ、株主総会の承認を得ていないのにである。)

財務省は税制改正を要望できない

税制改正は各省庁の要望から始まる。財務省主税局はその各省庁の要望を聞き、税制改正全体を取りまとめる。財務省が自ら税制改正を要望することはできない。業を所管していないからだ。

各省庁も経済団体や業界団体からの要望がないと税制改正要望を出せない

各省庁が財務省主税局に税制改正要望を提出するに当たり経済団体や業界団体の要望が必要になる。官僚が暴走し、民間の声を一切反映されない税制が制定されることを防ぐためだ。

新聞報道

日経新聞を中心に税制改正については年を通じて新聞報道がなされる。上記スケジュールに当てはめると何を報道しているか分かってくる。いつ何が報道されているか軽く解説しおこう。

  • 4月-5月:政府の経済政策(アベノミクス3本の矢など)を具現化する税制の骨子を与党や各省庁が発表し、その内容が報道される

  • 6月-7月:経団連を中心に各経済団体が税制改正案を発表し、その内容が報道される

  • 8月:各省庁の税制改正要望案がスクープされ、その内容が報道される

  • 9月-11月:喧々諤々の議論が繰り広げられており、あまり報道されない。各省庁が世論を味方につけるために新聞記者にリークすることはある

  • 12月:与党の税制改正大綱が発表され、その内容が報道される

  • 1月:内閣の閣議決定の内容が報道される

  • 2月:税制改正が国会で可決されたことが報道される

  • 4月:改正された新たな税制が施行されたことが報道される

  • 5月-6月:施行規則が固まることで税制の詳細や各省庁の狙いなどが報道される


その他

以上が税制改正の大まかな進行状況とスケジュールだが、その他の関連論点を以下にとりまとめる。

国税と地方税

税金はそもそも国に治める国税と地方自治体に納める地方税に大別されるが、ここまでの説明は国税を前提に行ってきた。

税制の所管は国税と地方税で分かれており、国税の所管は財務省主税局であり、地方税の所管は総務省自治税務局である。

従って、国税の税制改正は財務省主税局が、地方税の税制改正は総務省自治税務局が担当する。

財務省主税局と財務省国税庁

税制と言えば国税庁というイメージがある方も多いかもしれない。
ここで軽く税務行政の役割分担を示しておく。

財務省主税局は税制の制度設計を行う部局。
財務省国税庁は国会で制定された税法に従って、納税実務の運用を担う財務省の外局組織。

財務省主税局が方針を設計し、国税庁が運用を担っているイメージ。
話題の信託型SOについては、法律に則った適切な納税実務の議論であり、財務省主税局ではなく、国税庁の管轄ということになる。

税制改正は税制の制度設計の議論なので、国税庁ではなく財務省主税局の管轄となる。

財務省における国税庁の立ち位置は、経済産業省における資源エネルギー庁や中小企業庁などと同じだ。以下参考までに財務省の組織図を貼っておく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?