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質的研究のためのリサーチ・アプリ活用法  【理論】アウトライン・プロセッサーからアイデア・プロセッサーへ その2

タイトルのその1では、(1)アウトラインには構想としてのアウトラインと,構成としてのアウトラインの二種類があること,(2)そして,構想から構成へのアウトラインへの移行には問題が生じることを指摘しました。今回は,(2)の問題を具体的に考える事から始めましょう。

構成としてのアウトライン(執筆作業)

ここで,もう一度、研究をデザインしていくときの構造の違いを確認しておきます。
先回指摘したように、情報の5つの局面は、それぞれ異なった構造を持っており,その内,③と④は,次の通りでした。
 ③分析によって得られた情報間のネットワークがもつ構造
 ④原稿としてアウトプットする文章がもつ構造

 ④に関して,③と比較するために先回の議論を深めると、実際に執筆する際には,読者層を想定して,どのような論理展開をすれば,説得的な文章になるかを考えながら書く必要があります。

ですから,読者層が異なれば,当然,異なったアウトラインの構成になります

例えば,この連載では,最初に【序論】→【理論】→【実践】→【各論】という構成を示しましたが,実際のノートの公表の順番は変えています。
私の分類としては,最初の構成案になりますが,その通り公表すると,専門家を対象としたハードカバーの硬い理論書の体裁としては,よいかも知れませんが,このノートは,そのような硬い内容ではないので,順序を変更している訳です。また、先回ノートの最後に問題提起まで書いて,いったん終了し、「つづく」にして関心を高めるというのも、章節の区切りでもよく用いられるテクニックです。

ただし,そこに注力しすぎると,文章の表現に凝ったりして,本来自分が書くべき論旨の論理構造を見失って迷走しかねないので注意が必要です。(例えば,比喩を過剰に用いたりするなど)。

話を元に戻すと,執筆のためのアウトライン(構成としてのアウトライン)は、常に読者に向かうためのアウトラインであると述べました。それに対し、自分の主張を論理的に示す構想としてのアウトラインは、違う構造をもつため、構成としてのアウトラインとの間にズレが生じます。そこで、その点に話を進めていきましょう。

ツリー構造に埋め込まれたネットワーク構造

研究の過程で、分析によって得られた情報群は、自分の問題意識に基づくネットワーク構造を持ち情報が相互にリンクしています。そのリンクを意識しながら、読み手に理解しやすい文章に転換していく場合には、同じ情報が文章の違うパラグラフで登場することになります。

抽象的なので、グラフを使って解説しましょう。
次のグラフは、この連載ノートの構造を情報のリンクにからめて図にしたものです。

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この図の、中心の赤い点(グラフ理論の呼び方ではノードと呼ばれ、結節点のこと)が、この連載ノートのメイン・テーマです。
それにリンクする4つの青いノードが、【序論】・【理論】・【実践】・【各論】というサブ・テーマになります。そして、それにリンクしている緑の点が、各ノートになります。それらが、下位のサブ・テーマになっています。

これを見ていただくとわかるように、トップにある緑ノードの下位サブ・テーマは、ほかの下位サブ・テーマとお互いにリンクしていて、また、上位の複数のサブ・テーマともリンクしています。

さらに具体化して、トップの緑のノードを「アウトライン」について論じているこのノートであると考えましょう。このノードとそれにリンクしているノードを図示したのが、次のグラフです。

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「アウトライン」について論じているこのノートは、【理論】の1ノートなので「理論」とリンクしていますが、この分析はグラフ理論をバックにしていて、現在,読んでいる方々にグラフがどのように用いられるのかを解説しているところです(まさにこのパラグラフ)。そういう意味でグラフはアウトラインに関する議論のサブ・テーマになっているので「グラフ」と補助的にリンクしています。
一方、アウトラインを作成するときにObsidianを使うことよって、分析が明晰化し、論文の執筆が容易になるという今後のテーマの前提にもなっています。その意味で、このノートは【実践】にもリンクしています。

このようなグラフは、二次元の空間的広がりを持ったネットワーク構造を持ち、マニュエル・リマらは、このようなネットワーク・グラフは、ツリー構造から発展した形態であるとしています。

以上を踏まえると、情報の持つ構造と、文章の持つ構造が同じではなく、そこに転換があることがわかると思います。つまり、二つのアウトラインを操作することよって、複雑なネットワークを持つ情報の二次元構造を組み替えて、文章のツリー構造にして,読者には一次元のフローとして伝わるようにしていく作業が必要である、ということになります(短く言えば,情報から表現へ,ということです)。そして、その結果、ネットワーク構造は、ツリー構造に埋め込まれている事になる訳です。

アウトライン・プロセッサーの限界

この作業を行うために、構造図(ダイアグラム)を書いて、自分の構想を可視化し、さらにそれを変化させて構成の構造図に変化させることが重要になってきます。

以上を踏まえて考えると、本来,情報が持っている二次元的な世界を,まず表現する必要があり,そのためには、フローでしか表現できないアウトライン・プロセッサーには限界があることが理解できると思います。

アイデア・プロセッサーとは何か

そこで登場するのが、アイデア・プロセッサーです。

最近はあまりアイデア・プロセッサーという用語を見なくなりましたが、一般的に、アウトライン・プロセッサーとアイデア・プロセッサーは、同じものであると捉えられているからだと思います。

例えば、「 IT用語辞典Binary」の「アイデア・プロセッサー」の項目を見ると、「アイデアプロセッサーとは、アイデアの大まかな流れやアウトラインを整理して、全体の構成を組み立てるのを支援するソフトウェアやその機能のことである。アウトラインプロセッサーとか発想支援ソフトなどとも呼ばれる。」と書かれています。

これは、アウトラインを作ることを目的として考えているからでしょう。しかし、フローの世界を表現して一次元に収斂するアウトライン・プロセッサーに対して、二次元の世界を表現するアプリが存在していて、それをアイデア・プロセッサーとして考え、アウトライン・プロセッサーと区別した方がよいというのが私の提案です。

マインドマップについて

ところで、アイデア・プロセッサーを考えるときに抜かせないのが、イギリスのトニー・ブザンによって1970年代前後に考案されたMInd Mapです。

マインドマップをアイデア・プロセッサーとして捉えた文章を見たことはありませんが、マインドマップは、二次元のネットワーク・グラフを表現するダイアグラムの一つであり、それを操作するアプリは、思考ツールとしてのアイデア・プロセッサーの一種と考えてよいと思います。

マインド・マップの定義と活用法は『デザイン思考の教科書』で短く端的に説明されています。同書によれば、マインド・マップとは「1つの中心的なテーマを軸に、さまざまなアイデアやその関係性とともにグラフィックで表現したもの」であると定義されています。
 〔参照〕アネミック・ファン・プイエン 他『デザイン思考の教科書』(日経BP社,2015)

具体的には、次の図を見るとよくわかります。

スクリーンショット 2021-10-23 14.49.56

マインドマップは、昔から様々なソフトウェア、アプリが出されていて、モバイル版ではさらに簡単にマインドマップを作成できるようになりました。私も色々試してみました。

しかし、アウトラインを作成するという点から見るとマインドマップには限界があります。次の画像は上のマインドマップをグラフ化したものです。

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このグラフは、両側に展開していますが,基本的には先回の構成としてのアウトラインと同じツリー構造であることが分かります。厳密に表現すると、中心のノードが一つで、下位のすべてのノードへの入力は一つしかありません。すなわち、下位のノードに向かってすべてのエッジ(ノードとノードをつなぐリンク)が向かっている有向性のグラフと言えます。
 ※グラフ理論では、エッジが方向を持たないグラフを無向性のグラフ
 方向を持つグラフを有向性のグラフと呼びます。

これで明らかなように、前のネットワークグラフと比較するとマインドマップの限界は明らかです。つまり、マインドマップでは、①情報間の多方向のリンクを正しく反映できず,また,②情報は拡散し続け収束しないのです。

この特性は、マインドマップを考案したブザンの設計思想に基づいています。マインドマップの公式ガイドである『新版 ザ・マインドマップ ー脳の無限の可能性を引き出す技術ー』によると、マインドマップは、「放射思考する人間の脳」というイメージから作られています。中心に「セントラル・イメージ」を置き、そこから思考が放射状に拡散していくというイメージで、ブザンはそれが人間の思考過程であると考えます。
 (参照)トニー・ブザン『新版 ザ・マインドマップ』(ダイアモンド社,2013)

話が逸れますが,たしかに、このような考え方にたって、マインドマップが研究過程でも役立つ局面があると思います。先の『デザイン思考の教科書』では、「あるテーマを軸に、関連するさまざまな要素やアイデアをすべてマッピングし、課題を構造的に把握できるようになります。全体図が明らかになり、その課題に関するすべての論点やサブ論点を構造的に把握できるようになります。」と書かれていて、その通りであると思います。

それを研究過程に置き換えてみると、研究に関する問題関心を洗い出し、データから情報を引き出して分析していく作業の際に、自分の「発想」を豊かにして,それを理論化するために使用するならば有用であるということになるでしょう(ブザンはこのことをブレイン・ストーミングと言っています)。

ここで、無用な混乱を避けるために、念のために書いておきますが、つい最近出版された、Tak.氏の『書くためのアウトライン・プロセッシング』では、私が命名した構想のアウトラインと名付けた過程を発想のアウトラインとして述べています。その場合の「発想」と、ここでの「発想」は局面が異なっています。ここで述べた「発想」は、アウトラインを構成する「発想」ではなく、問題の抜き出しや分析の際の「発想」です。研究でも、豊かな発想が必要ですが、論文の目的はあくまで、実証あるいは論証です。ですから、論文でのアウトラインの「構想」は、「発想」ではなく、「情報」に基づかなければならないのです。そして,Tak.氏の発想としてのアウトラインと、私の構成としてのアウトラインは、何を書くのかという、文章の目的から生まれる違いということになると思います。
 〔参照〕Tak.『書くためのアウトライン・プロセッシング』(2021)

(なお、情報に基づくアウトラインは、研究論文だけでなく、大学生のレポートにも求められます。自分の立論を証拠立てる「情報」に基づいて,それを分析した上でレポートを書かないと、結局、感想文になってしまいます。山内志朗氏の『ぎりぎり合格の論文マニュアル』は,御本人が「ブタでも書ける論文入門」と書いているくらいですから,読み物としても面白いですが、「論証のない文章は、いくら新発見であっても、論文にはならない」と述べています。レポートや卒論を書こうという人には,お薦めです)。
 〔参照〕山内志朗『ぎりぎり合格の論文マニュアル』(平凡社新書,2001)

話を戻し、アウトラインの作成の局面でマインドマップが全く使えないというわけではありません。というのは,マインドマップは,構成としてのアウトラインと同じツリー構造を持っているからです。

つまり,文章の構成を作っていくときに,マインド・マップの中心ノードをメイン・テーマにして,章立てをサブ・ノードによって配置して分岐させていくことができるからです。

しかし、多元的な情報を可視化することによって、そのネットワーク構造を分析対象にしてアウトラインを構想して,そこから,論文に集約させるために、情報を配置し直して、アウトラインの構成を作っていくという観点からすると,マインドマップは不十分です。なぜなら、その作業は、発散ではなく収束に向かっていかなければならないからです。

アイデア・プロセッサーの要件

実は、アイデア・プロセッサーは、川喜田二郎氏のKJ法(狭い意味での)を実現するために、鹿児島大学で1990年代の初頭に開発が進められたり、『超発想法ISOP』というWindows用のソフトウェアが発売されたりしました(私も使っていました)。ただし、マインドマップも含めて私が考えるアイデア・プロセッサーからすると、不十分なものでした。

それでは、ここまで述べきた目的に沿ったアイデア・プロセッサーとは、どのような要件を満たしているべきなのか?なのですが、結論から書くと、
 ①各情報の内容をノートとして記述できる。
 ②情報間のネットワーク構造をダイアグラムで記述できる。
 ②そのダイアグラムがアウトラインの構造を持っている。
 ④アウトライン・プロセッサーのようにアウトラインの折りたたみ
  ・移動ができる。

というものです。このような、アイデア・プロセッサーを2つ紹介します。

代表的なアイデア・プロセッサー  (1)Inspiration

Insripationは,MacとWindows両プラットホームに対応していて,世界的に評価も高く,一時期日本でもかなり使われていました。

この動画を見ていただくと分るように,マインドマップ,ネットワーク図(Concept Map)を始め,多様なダイアグラムを書くことができ,Webサイトなど外部とのリンクも可能です。しかも,各ノードには,ノートを記述することができるので,情報のタイトルと内容を合わせ持ちます。そして,絶対抜かせないのが,ノードとノートを,次の図のようにネットワーク図に対応したアウトライン・プロセッサーで編集できることです(これが,他のマインドマップソフトと一線を画すところです)。

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ということで,私も長らくお世話になったのですが,残念なことに,バージョンアップの過程で,日本語に対応しなくなってしまいました(多分,Unicodeに対応する技術力がなかった,あるいはそこまで熱心ではなかった)。なので,現在も英語だけならば十分使えるソフトウェアです。

代表的なアイデア・プロセッサー  (2)iEdit

iEditは,kondou氏によって,1999年にリリースされ現在も使用できるすぐれた,Windows用国産アイデア・プロセッサーです。

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画面を見ていただけば,その構成はすぐわかると思いますが,サイトの説明を引用しておきましょう。

iEdit は、いわゆるアイデアプロセッサーの一種です。ラベルとテキストからなる「ノード」をアイデアを構成する1つの単位とします。iEdit ではツリー構造とネットワーク構造を用いてノードを組み合わせ、アイデアを練り上げていきます。アウトラインエディターとダイアグラムエディターが融合したものです。・・ネットワーク図はクリップボードで他のアプリケーションに貼り付け可能な他、テキスト、HTML、JSON、XML 形式へのデータ出力と、テキスト、JSON、XML 形式のインポートが可能です。

さすがに,GUI(グラフィカルユーザインターフェース)は,一昔前のものですが,現在でも十分通用する先進的なソフトウェアです(しかもフリーソフトです)。アウトラインの部分の画像が次です。

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このように,アウトライン・プロセッサーとしての機能も持っていることがわかると思います。

ついでに,iEditを利用して私が作成した講義録の画像も掲げておきます。

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これは,時間軸をタテのアウトラインにして,ダイアグラムで構造をまとめたものです。ダイアグラムの枠でくくったところを,下のノートで詳しく解説しています。講義では,ダイアグラムを資料として配付して,アウトラインで流れを確認しながら,ノートで解説するという授業を行いました。

この講義録は,すでに構成としてのアウトラインになっていてリンク関係は明示されていませんが,最初は,事項をアットランダムにダイアグラムに書き込んで,リンクを考えながらそれを並び替え,最終的に時代順にアウトラインで構成していくという作業の結果できあがったものです。

以上,二つのアイデア・プロセッサーを紹介しましたが,それによってアイデア・プロセッサーとはどのようなアプリなのか,そして,アイデア・プロセッサーが二段階のアウトラインを作っていくツールとして最適であるということがご理解いただけたのではないかと思います。

ということで,二回にわたったテーマを終了することにします。





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