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短編小説 『神宮女』後編

佳苗は、自分の部屋の中で、女性から渡された封書を開けます。
なかには数枚の手紙と、一冊のファイルが入っていました。
佳苗が手紙を開くと、そこには見慣れた辰の懐かしい文字が記されています。

佳苗へ

これから伝えることは、佳苗にとっては、本当に残酷なことだと思う。

佳苗も知っている通り、あの『かごめかごめ』の歌についてはいろいろな解釈がある。

聞いているとは思うが、おじさんの部屋にあの歌が聞こえるようになった頃、同時に、毎日のように遠い昔のある悲しい出来事が、おじさんの意識の中に流れ込んできた。

ある一人の巫女が、長五郎という清水から来ていた無宿人と恋に落ち、一人の男の子を産んだ。

その頃から村では、原因不明の流行り病で何十人もの人がなくなり始めた。その原因を、神に仕える巫女が、こともあろうか無宿人の子供を産んでしまったその巫女のせいにして、その女を閉じ込め、寒さと飢えで殺してしまった。

その巫女は、村人達への復讐を誓って息絶えたんだ。今から、約180年前のことだった。

おじさんの親友の海老原を、佳苗は知っていると思うが、あいつは少し前に、坂道に停められていた車がひとりでに動き出し、壁と車の間に挟まれて死んだ。

おじさんの解釈が当たっているのかどうかは分からないが、無い知恵を絞って出した結論は以下の通りだ。

小鳥遊と海老原、俺たちの先祖はこの街の有力者(千年続いてきた)だった。

佳苗も知っての通り、おじさんの経営していた会社は、今年に入って倒産した。先祖代々受け継いできた資産はすべて失った。海老原も全く同じだったんだ。

佳苗の父さん、つまり、おじさんの兄貴は、長男なのに佳苗の母さんと結婚するために後藤に婿養子に入った。だから、次男の俺が小鳥遊の資産を管理していたんだが......。

兄貴には本当に申し訳ないことをしたとおもっている。

鶴=空を連想させる=小鳥遊

亀=海を連想させる=海老原

夜明けの晩=時代の変わり目=土の時代から風の時代への移行、夜明け。
晩=移行による影響が落ち着きを見せた頃。


そして、後ろの正面=背後にいた真の犯人

全体の意味はこうだ。

籠の中に閉じ込められた神宮女はいつそこから出て、復讐に現れる?

土の時代から風の時代に変わったとき、神宮女(巫女)とその子を殺すように命じた、永遠にその栄華が続くと思われたものはその力を失い滅びる。だが、その裏で指図した真犯人がいる。それは、誰だ?

このひとびとの、すべての子孫が殺されることになる。

つまり、この街のかなりの人々が殺されるということだ。

彼女は、これらのひとびとの子孫が増えるのを待ち続けて、根絶やしにするつもりだ。

それほど、彼女の怒りは激しい。

おじさんはやっと、お前を保護施設に預けた女性、お前の母親を探し出し、その先祖を突き止めた。

その人物こそが、巫女の子供の父親、侠客の長五郎だったんだ。

お前が生きていることが分かれば、もしかしたら、彼女の怒りも収まるかもしれない。

おじさんは、佳苗おまえに、まだ起こっていないことで苦しんでもらいたくなかった。
だから直接言えなかった。

おじさんがいなくなった後で、この手紙が渡るようにするしかなかったんだ。

すまない、佳苗。

おじさんは、佳苗たちの無事を祈っている。
じゃあな、佳苗元気でな。
辰より。





佳苗は、なぜだかわかりませんでいたが、この手紙に書かれていることはすべて真実だと感じていました。

自分がなぜこんなに、あの歌に心惹かれていたのかもこれで腑に落ちたのです。

『おじさんが殺された、ということは、お父さんも危ない。だけど...どうやって伝えよう?』 佳苗は、なんとか伝える方法を思案していました。





「どうやってあんなところに......」

電信柱の上に折りたたまれた、ひとりの男の裸の変死体を見つめながら、近所の住民も、警察関係者も、首をかしげています。

この街では次々と、奇怪な事件が起こり始め、多くの人々が死んで行きました。原因不明の死亡事故、殺人事件がもうすでに二十件以上続いていました。

その中には、あの日、佳苗が会った霊能力者の遺体も含まれていました。街の公園の中でそれはそれは酷いありさまで発見されていました。

「たった、ニ日の間に三十名以上が亡くなるなんて......しかも、原因不明ときている。いったい、これは......」誰もが不思議がっていました。

テレビ局のレポーターや、その関係者らが大勢押しかけています。
そして、警察関係者の中でも亡くなる人が出始め、もう事態はとんでもない方向へと向かっていました。

佳苗の通う高校は、休校になっていて、あまりの死者の多さに加え、警察関係者の捜査、テレビ局の取材などで、街全体が騒然としていて、お葬式などはまともにできる状態ではありませんでした。

「いったい、何が起こっているんだ?」両親のそういう問いかけにも、佳苗はまだ言い出せないでいました。

「このままでは、町の人たちが殺され続けてしまう......けれど、どうやって」

佳苗は、思い切って父と母に、辰が佳苗に託した手紙とファイルを見せました。

「辰がこんなものを......」父の良二は言葉もありません。それとは反対に、母の井子は食い入るように読んでいます。

「佳苗、私は、これって本当のことじゃあないかって思うのね」

井子はポツリとつぶやきました。

「ついにこの日がやって来てしまったのね」そう言うと、夫の良二と佳苗に向き直って、
後藤家に代々引き継がれた門外不出の言い伝えを話し始めます。

小鳥遊と海老原をけしかけて、巫女のゆきを殺させたのは、後藤家の先祖だというのです。

乳飲み子を抱えたゆきを不憫に思った、後藤家の当主が、いろいろと親切心で面倒を見ていました。

ちょうどその頃流行っていた病で、自分のニ歳になる男の子を失っていた後藤の妻が、自分を追い出し、ゆきの男の子を、後藤家の跡取りにするのではないか? と、邪推をしてけしかけたと言います。

これは、夫が村を留守にしていた時を見計らったものでした。

村に戻ってそのことを知った後藤でしたが、時すでに遅く、ゆきは非業の死を遂げ、ゆきの乳飲み子は、片目の侠客に連れ去られた後だったと言います。

しかし、すでに起こってしまったことで、後藤も、妻の泣いて許しを乞う姿に、この件はうやむやにしてしまったと言います。

ただ、後藤の中に残っていた良心が、この事実を門外不出のものとして、書き残させたのです。

話を聞いて、佳苗は愕然としました。

「後藤、小鳥遊、そして私......」佳苗は、まるで誰かがそうなるように仕組んだもののように感じていました。

突然、大きな地響きとともに、街全体が激しく揺れました。
揺れは五分ほど続きました。

「佳苗、井子!大丈夫か?」
物が散乱した部屋の中をかき分けながら、ふたりを探す良二が叫びます。

「私は大丈夫。佳苗はどこ?」
佳苗の姿はどこにも見当たりません。

のちほど、わかったことでしたが、この地震によって、出来上がったばかりのこの街を象徴する市役所の新庁舎が全壊しました。

しかし、不思議なことに、この地震による死者は誰一人でなかったのです。





その頃、佳苗は、叔父の辰が視たものと全く同じイメージの、時の流れの中をさまよっていました。

「あなたは誰?」佳苗に、聞き覚えのない女性の声が問いかけます。

「あなたは......ゆきさん?」

「ああ、久しぶりにその名前を聞いたわ......そう、わたしは、ゆき......」

「ゆきさん......お願い、もうこんな復讐なんて......やめて!」

「このときを待っていたの...やめるわけにはいかない!」

「わたし...あなたのこどもの、そのまた遠いこどもの娘なんです」

「嘘は言わないで! 私の可愛い赤ちゃんは、あの人たちに殺されたの」

佳苗は自分の知っていることを、すべてゆきに伝えました。しかし、ゆきは信じようとしません。

「そんなこと......信じられない......」

「いったい、どうすれば......」
佳苗には、もうこれ以上、なにをどうすれば良いのかわかりませんでした。

すると、どこからか声がしてきました。

「母さん......会いたかった、母さん......」

「あなたは、誰?」

佳苗の後ろから声がします。少年の声です。

「僕だよ、母さん」

「まさか......わたしの......坊や?」

ゆきの意識の中に、片目の侠客に助けられ、長五郎に育てられて、すくすくと成長して行った、
愛しいわが子の姿が流れ込んで行きます。

「生きて......生きていてくれたのね」

さっきまで、鬼のような形相だったゆきの顔が、おだやかな優しい母の顔に変わっていました。

「佳苗さん、君の力を僕に貸してくれ!」

「わたしの力って?」

「母さんは、解き放ってしまったその呪いの力を、もう自分ではどうすることもできない」

「私はどうすれば?」

「君が母さんを閉じこめる籠となってくれ」

「かご......?」

「大丈夫、僕が母さんと一緒に行くから」

「わかりました」

そう言うと、二人は佳苗の中に入って来ました。
それは佳苗にとって嫌なものでは決してなく、温かく懐かしい感じがするものでした。





街は、あの不可解な一連の事件、地震からの復興に向けて動き出していました。

佳苗は、父と母には自分の身に起こったことを全て話していましたが、家族みんなで相談して、このことは他の誰にも言わないでおくことに決めました。
そもそも、真実を伝えたところで誰も信じないでしょう。

今日は、佳苗、父と母の三人は、後藤家の菩提寺に来ています。
ゆきの亡骸は、当時の当主によって丁重に葬られていました。

佳苗は自分の先祖のお墓に出向き、内緒で長五郎とゆきの息子、次郎の遺骨を分骨して、ゆきのお墓の中に一緒に入れることにしました。
佳苗は、自分にも巫女の血が流れているのだから、まあ、いいか。と、変な言い訳をこじつけて、自分自身を納得させていました。

ゆきのお墓に、息子の次郎と長五郎の遺骨をならべて入れると、さっきまで佳苗の中に入っていた、ゆきと次郎はいつの間にかいなくなっていました。

「ありがとう、ありがとう!」
なんども、何度もお礼を繰り返す 、ゆきと次郎の声が、お墓をあとにする佳苗の後ろに遠ざかって行きました。


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