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『サザンクロス ラプソディー』vol.33

マユの事務所からいったん家に帰った俺は、とりあえずここでの生活に最低限必要なものを買いそろえるために、最寄りのスーパーマーケットに来ていた。

毎日の朝食は家ですませることにした。
経済的な理由もあったが、外食するにしても、イングリッシュ・ブレックファスト以外で、朝からイギリスでしか食べられない珍しいものがそんなにあるとは思えなかったからだ。

端の棚から順番にどんなものがあるのかを確認しながら、必要なものを次々と買い物カゴのなかに入れていく。

ふと見覚えのある色と形の小瓶が俺の目に留まった。
どこかで見たような気がする。

手に取ってよく見てみるが、それがいったいなんなのか、まったく思い出せない。
気になった俺はとりあえずそれを買い物かごのなかに入れた。

あとからわかったことだが、それはマーマイトと呼ばれる発酵食品で、オーストラリアのベジマイトはこれに似せて作られたといわれている。

俺がミセス・テイラーの家でホームステイを始めてすぐの頃だった。
朝食の食卓に出されたベジマイトを、それをすっかりチョコレートスプレッドだと思い込んだ俺は、初めて食べるものなのにその匂いも確かめず、かなりの量を塗りたくり口のなかに放り込んだことがあった。
ミセス・テイラーがそれに気がついて俺を止めようとしたときにはもうすでに遅かった。

ベジマイトの独特な味と塩っぱさにむせ返り、俺は口のなかに入れていたものをすべて吐き出してしまった。
それもよりによってミセス・テイラーが可愛がっていた愛猫のウェンズデーの顔とからだにだ。

こんな味だと思い込んで口に入れたものが、予想とまったく違う味だった場合、それが与える破壊力は想像を絶するものがある。
例えていえば、喉がカラカラで麦茶だと思って一気に飲んだものが、めんつゆだったみたいな。
ちょっと違うかもしれないが。

それ以後、猫のウェンズデーは俺の顔を見るとすぐにスタコラサッサと逃げ出すようになった。
俺は完全に彼女に嫌われてしまったのだった。

ちなみに、買ったマーマイトは匂いを嗅いだだけで味見をする気にはならなかった。
そのときのことを思い出したからだ。



「ユウカはいま外に出かけています」

スーパーマーケットで買ってきた食材を片付けたあと、俺が日本のユウカに電話をかけると、出たのはユウカのお母さんだった。
俺のことはユウカから聞いていたらしく、「山神です」と名乗ると、「もしかして、イギリスからですか?」と即座に訊いてきた。

「そうです。それじゃ、申し訳ないんですけど、僕がロンドンに二か月ほど滞在することに決めたことをユウカさんにお伝え願えますか? 手紙を送りますので、一週間くらいしたらそちらに着くと思います」

「わかりました、かならず伝えますからね。おからだに気をつけて」

電話で話したユウカのお母さんはやさしそうなひとだった。ユウカのハキハキとした喋り方とはまったく違っていた。

いま日本は夜九時頃のはずだ。子供じゃないから、こんな時間に外に出かけていてもおかしくはない。
しかし、以前ユウカは、「私の地元はほんとうに田舎で、夜七時を過ぎると寂しいものよ」といっていたよな、などと下手に勘繰ってしまった。

俺はロンドンで知り合ったマユという女の子をデートに誘ったりしているのに、と思うと自分にあきれてしまう。

「こうやって三人で食事をするのはたぶん最初で最後になるかも」

昨夜、ジョージが早々と帰ったあと、キャロルたちはそういって手料理でもてなしてくれた。

家を出る時間、家に帰る時間が三人ともバラバラの俺たちが、一緒に食卓を囲むのは滅多にないだろう、という意味だった。
別に明日たたき出すからな、というわけではなかった。

何品かテーブルに並んでいたが、初めて彼らと食事を共にするのだ。
緊張していたこともあって、なんという名前のものが出されていたのか、すべては覚えていない。

キャロルは野菜がたっぷり入ったチキンブロスを作ってくれた。いわゆる鶏骨付き肉と野菜のスープのことだ。
押し麦を入れる代わりに米を入れてくれたという。
たぶん日本人の俺の口に合うようにとの心づかいからに違いなかった。
からだに染み入るようなやさしい味で、すごくおいしかった。

ジェムはラム肉を使ったシシカバブ、いわゆる串焼きを出してくれた。
串焼きといっても竹串ではなく鉄串に刺さっていて、見た目はロシア料理のシャシリクにそっくりだった。
いろんな香辛料のなかに、うっすらと醤油の味がした。訊くと隠し味程度に入れたという。
これもやはり日本人の俺を喜ばそうという、おもてなしの心からのことだったと思う。
ありがたかった。これもすごくおいしかった。

昨夜の残りのシシカバブと、ハムとレタスのサンドウィッチ、オレンジジュース、紅茶で遅い昼食を簡単にすませる。

使った食器類はすぐに洗い、水を拭き取り、もとあった場所に戻す。
キッチンの床も散らかっていないかどうか目を凝らして確認する。

壁掛け時計はちょうど午後二時を指していた。
これから市内観光に出かけてもバタバタするだけだな、と考えた俺は、ベッドの上ですこし横になることにした。

いつのまにか眠りに落ちていたらしい。肌寒さに目が覚めて、机の上の目覚まし時計を見ると、午後五時をすこしまわったところだった。

近所を散策することにした。

マユの話によると、ここの地区は日本人が多く住んでいるところだという。
閑静な住宅街といったところだ。

駅を隔てた向こう側に小さな映画館があった。
シングルスクリーンのコミュニティシネマで、英国で古くからある映画館のひとつだという。

そこを通り過ぎてしばらくぶらぶら歩いていると、ジャケット・ポテトという看板が目に入った。

「ジャケット・ポテト?......」

初めて聞いた耳慣れないことばに俺は足を止め、なかに入る。
ほんの数時間まえに食べたばかりだというのに、もうお腹が空いていた。
ま、朝飯抜きの遅い昼食だったから、そりゃお腹が空いてもしかたがない。
かなりの数のメニューがある。
いわゆるベイクドポテトのことで、それに詰め物がしてあったり、いろんなトッピングで楽しむものだ。
ここイギリスではジャケットと呼ばれる皮付きのポテトのことだ。
俺は目移りして注文するのに困った。

そうか、あれがジャケット・ポテトだったんだ。

俺がオーストラリアにいた頃、競馬場に行くたびに好んで食べていたものを思い出した。
押し潰したベイクドポテトの上に、バター、チーズ、たっぷりのコールスロー、そして、千切りにしたビーツが乗っていた。
いろんな味が絶妙に絡み合い、見事なハーモニーを奏でていて、自分の舌が喜んでいるのがわかるくらいにうまかった。

田舎の競馬場に行ったときのことだ。
競馬場へ続く一本道で、父子ふたりで小遣い稼ぎでやっているのが明らかな、ホットドッグ売りがいた。
足付きの湯煎器のなかで、ぷかぷかお湯に浮いているソーセージ。
その男の子の「ホットドギー、ホットドギー......」という客に呼びかけるやけに甲高い声が、いまでも強烈に印象に残っている

ホットドッグ専用のパンに、バター、そして、好みでマスタードを塗ってもらい、長めのソーセージを挟んだだけの、なんの捻りもないシンプルなものだったが、なぜかうまかった。
ちなみに俺はケチャップはつけない。
もちろんホットドッグはアメリカ発祥の食べ物だ。

イギリスは食事がまずいことで世界的に有名だ。
それがなぜなのか細かいことは俺にはわからないが、一般的にはそういわれている。

しかし、俺がロンドン滞在中に、これはまずい、食べられないと感じたことは一度もなかった。
どちらかというとかなりの薄味ではあったが。

もちろんそれは、俺がイギリスとは関係の深いオーストラリアという地で長く暮らしていたということもあったのだろう。

フィッシュアンドチップスは、俺の好物のひとつだ。
揚げたてホクホクのチップスと、ビールを混ぜたバッター液で揚げたサクサク衣のフィッシュフライに、塩とモルトビネガーを振りかけて食べる。
これは最高にうまい、と俺は思う。

B&Bの宿で朝食に食べたイングリッシュ・ブレックファストは、昼飯を抜いてもいいくらいの量があったし、うまかった。

ローストビーフは、添えられたグレービーソースが余計な邪魔をせず、肉そのものの味を引き立ててくれる。
これも思い出すと涎が出るくらいうまかった。

もっともこれらはイギリス料理のなかでもおいしいといわれるものばかりだから、取り立てていうこともないのだろうが。

料理人を父に持ち、俺自身も料理人である俺の舌は、どちらかというと鋭いというより鈍く、どうやらそのおいしいと感じる許容範囲がひとよりもかなり広いようだった。
それがいいことなのか、悪いことなのかはよくわからないが。

もしユウカとふたりだったらもっといろんなレストランに入れただろうし、入っただろう。
しかし俺は元来ええかっこしいだ。
高級レストランでひとりで食事なんてしたくなかった。

『見て、ひとりで来ているよあの男。誰も誘える女がいないのかしら。さみしい男ね』なんて声が聞こえてきそうで、嫌だったのだ。



俺はマユと約束した日、約束の時間五分まえに仲介会社を訪れた。

「あんまり遅くまで遊んじゃダメだからね。マユは女の子なんだから、暗くなるまえに家に帰るんだよ」

黒人のチビ助は、すでに日が落ち始めた窓を背にして、マユに小生意気なアドバイスをした。

『おまえマユのなんなのさ、このチビ助』 

俺は口に出さずにそう吐き捨てる。

「はい、はい。わかりましたよ、パパ」

マユは顔を綻ばせながらチビ助にそういうと、ドアを押し開けて俺を外へとうながした。

「マユを襲ったりなんかするなよ、ヤマ」

チビ助がそういったところで、母親のゲンコツが彼の頭をコツンとこづいた。

この黒人のおばさんはどう見ても五十歳に手が届きそうに見えるけれど、このチビ助の母親だという。

「なにすんだよー、ママ」

そんな悲鳴とも、非難ともつかないチビ助の声は、俺たちふたりの背中に遠ざかっていった。

事務所から歩いて五分ほどのレストランに入る。
マユがまえから入りたいと思っていた店らしかった。
マユからのリクエストだ。

「なんでも食べたいものをどうぞ。金額は気にしないでいいから」

「そんな、悪いし......」

「遠慮なんてしなくていいから。お金はいい女を楽しませるためにあるんだそうだ」

こんなセリフはほんとうの金持ちがサラリといってのけるものなんだろうが、俺はかっこつけたくて冗談半分でいってみた。

もしマユが高額の赤ワインなどを頼もうとしていたら、きっと俺は笑って誤魔化すしかなかっただろう。

「なに、それ? 誰かの名言?」

「いいや、俺がいま考えた」

「そうなの?......」

マユは笑いをこらえるように、口元に手を当てた。

「じゃあ、おことばに甘えて」

そういってマユはまえから食べてみたかったという料理をいくつか頼んだ。
俺もマユと同じものにした。

マユは食前酒やワインなどのアルコール類は一切注文しなかった。
俺も無理には勧めなかった。

出された料理に舌鼓を打ちながら、俺はマユに質問攻めだ。

こんなことは俺にしては珍しかった。
もともと俺はひとの詮索をあれやこれやするのがあまり好きではない。

「そうなんだ、将来はここに住みたいんだね」

「ええ。もうずいぶんまえに、私、日本は自分には合わないって見切りをつけてこっちに来たのね。だから、できればロンドンにずっといるつもりなの」

「すごいね、女性ひとりきりでこうして立派にこの地で暮らしている。尊敬するよ」

「そんなことないわ。ここには私みたいな女性って日本人に限らずいっぱいいるから」

俺はマユの個人的な情報をいくつか聞き出すことに成功した。より親しくなるにはこれは必要なことだ。
それと、訪れてみるべきロンドン市内とその周辺の観光スポットをかなり詳しく教えてもらった。

デザート、そしてコーヒーまで食事を満喫した俺たちは、このあと大きなディスコに行ってみた。
これもマユのリクエストだった。

ディスコのなかは白人ばかりで、黒人やアジア人などの有色人種はほとんどいないようだった。

俺がトイレから戻ってくると、マユは、「もうここを出ない?」と険しい顔でいった。

「なにかあったの?」

「うん......ちょっとね......」

結局、マユはなにがあったのか俺には教えてくれなかった。入場料はかなりした。ふたり分で映画が四、五本観られるくらいの金額だった。
なのに、なかに入ってわずか十五分ほどでこれだ。俺たちはダンスフロアでほとんど踊っていなかった。
よっぽどのことがあったんだろう。

もっとも、これは俺が悪かったと思う。大柄な白人たちがノリノリで踊り狂うダンスフロアに、小柄な日本人の女の子をたったひとり置き去りにしたからだ。

せめてテーブル席でも確保できていたらよかったのだが。

もちろん俺はトイレに行くまえに「マユは行かなくて大丈夫?」と声をかけた。けれど、そのときのマユは、「なんでそんなことを聞くのよ!」といったふうで、「私はいい」と怒ったように吐き捨てた。

たしかに、女性に対してこんなことをストレートに聞くのは失礼なことだったとは思う。
しかし、他にいいようがなかった。

誰かになにかいわれたのか、それともなにかされたのか、はたまた、俺のことばがマユの逆鱗に触れたのか、まったくなにもわからずじまいだった。

「今日はありがとうございました。ごちそうさまでした。楽しかったです」

「こちらこそ、お付き合いいただきありがとうございました。とても、楽しかったです」

ディスコを後にした俺たちは、他人行儀なお礼のことばを交わすと、地下鉄の入り口で別れた。

『またデートに誘っても、きっとマユは応じてくれないな』

このとき俺はそう考えていた。


〈続く〉


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

話は続きますが、不定期更新なので、次はいつになるのか今のところ未定です。ご了承下さい。

尚、全く内容の違った作品も間に投稿する予定です。これについても、予めご了承下さい。

今回のこの作品は、1990年頃の物語という設定ですが、実在する人物、店舗、団体、地名などとは一切関係ありません。

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