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多文化都市ケルンでひとつひとつ決断し感性を育む〜クリエイティブ・ペアレンツへのインタビュー第6回:作曲家の渡辺裕紀子さん(後半)

多文化なドイツのケルンの街で生活する渡辺さん家族にとっては、当たりまえなことが当たりまえでないことが前提であるがゆえに、「自分で決める」ことが感性にフタをせず深めることとして大切にしています。

自分で決めることて自らの感性にフタをしない

ー娘さんに対して特に大切にしていることは、どんなことですか?

「普段の生活でも、日本の習慣では、お茶碗を持って食べることが普通ですが、夫の韓国の習慣では、お茶碗を持たず置いて食べるのが普通で、当たり前なことが、一つとないのです。娘には、お茶碗を持たないと変とか、持ったら変とか言えないのです。だから娘が自分で決めてもらうようにしています。よく感性をのばしましょう、と言いますが、感性とはそもそものばすものではなく、子どもの頃はみんな持ち合わせたものなんです。その感性を残すために「自分で決断する」ことを尊重するようにしています。

例えば今日はどんなの服を着るか、どの靴を履くか。友だちと喧嘩したらどうしたら良いか。小さなことでも、自分で決める、そしてその決断に責任を持つことは、案外難しいことです。お母さんが決めたからとか、学校で言われたからとか、会社で決められているからとか他から与えられたことを根拠にしない。なんでこれにしたのか。自分でよく考え、決めることが、自らの感性にフタをしないことに繋がると思います。

作曲をするにしても、どの音にするのか、それを決めるのには、どこに依拠しているのかが大事です。作曲には決められているように思わされていることが多くあります。だからそうしたことが何を根拠にして決められているのか探るため、音楽の歴史を学んでいきます。例えば平均律にも理由があります。産業革命と共に活版印刷が普及し、量産化が進む中で、今の楽譜の形が作られてきた経緯があります。様々なことに影響を受けて決められていることが幾つもあるのです。資本主義社会の中では、個人の意志や希望以外の理由で決められていることが多いと感じます。何をどう決めるか、歴史を紐解きながらその根底にある本質を問いかけることを大切にしています。


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新しい場をつくることはクリエイティブな子育てのベース

— 新しい音楽の場をつくることを色々されていますが、どんな考えからですか?

誰にでもチャンスが開かれていること、気軽にチャレンジできる場を目指しています。音楽大学から離れても、また誰でも学べる場であり、そして音楽以外の様々なフリーな表現者と出会え、ともに創造する場を作っています。私がアンサンブル・モデルン・アカデミー、それはプロフェッショナルの育成の場となっていますが、その奨学生として体験したことも大きく影響しています。特に良かったことは、ヘルムート・ラッヘマンやジョージ・ベンヤミンのような世界トップの作曲家が、モデルンのリハーサルにやってくると、私さえも対等な作曲家としてやりとりができたことです。今は、海外の作曲家や海外のプロフェッショナルな演奏家を紹介したり、リモートでインタビューすることは難しくありません。広く深い多様な表現を、狭くなりがちな日本の表現の場に投入しています。さらに、子どもも大人も一緒に聞く場も作り始めています。」

ーお子さんから作曲に影響を受けることはありますか?

「私は作曲するときは、二つのやり方があります。一つは客観的な作品で、私が完全にいないものです。演奏家に写真や思い出のものを見せてもらって、それをベースに作曲します。もう一つは、私が思うことを主観的に作るものです。「これを食べたいから、食べる!」と子どもがよく言い切るように、子どもは自分が主体です。子どもから改めて主体性を学びます。そしてそのような主体性を軸とした表現を音楽にします。娘はおもちゃでも楽器でも遊びます。そのように、私もこれはノイズというように音を分けないで、そこに在る音を大事に使います。多様性のある社会の中で、決定の根拠は全て個人にあります。「それって周りから見たら変だよ」と言われることもありません。自分の感性をそのまま開放していけるんです。」

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— お子さんを持つことは、今までの音楽の世界では少ないことだったようですが、どのように思っていますか?

「昔から子どもは絶対に欲しいと思っていました。「子どもを持って音楽の仕事を続けることは、できない。」と言われることもあったのですが、

できないと言われると、ますますやってみようと思いました。ハーバード大学の教授で女性作曲家のハヤ・チェルノヴィンに、子どもがいても大丈夫だと言われて、決心がつきました。ロール・モデルがあれば、進みやすくなると思います。私も子どもを持つ作曲家としての一つのロール・モデルになれればと思います。子どもを持つことが、音楽的にも複層する豊かな生き方になっていることを伝えたいですね。

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女性作曲家コレクティブから様々なジェンダー含めた多文化の場を手渡していきたい

「女性作曲家コレクティブの活動を、森下周子さんらと始めました。私たちが様々な人と出会って、様々な経験をしてきたことを、若手に伝えて行きたいのです。女性作曲家同士で話しているだけでも互いに伝わることは多くあるのですが、グループとして外に向かって、どんどん発言していく必要があると思います。またいずれは女性・男性と区別せず、様々なジェンダーや多層的文化に開かれた場づくりのお手伝いをしていきたいです。さらに娘もそのような場を今の若い世代から、手渡されてもらえる時がくることも期待したいですね。」

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難民が受け入れられ多様な文化の街ケルンでの、渡辺さんの子育ては、一つ一つ自ら決めていくことが感性にフタをせず深めてゆくという確信の下に行われています。コロナ禍で、世界が分断されているように感じる一方で、新型コロナウイルスの世界的な伝播は、世界は繋がっていることも私たちに実感させます。このような中で多様なあり方、多様な価値観、多様な文化をどれだけ柔軟に広く受け入れていけるのかは、平和な未来を創る鍵となるでしょう。そのような柔軟な感受性が子どもの頃から身体化され、同時に一つ一つを自分で決めていくということは、直感力でもあり、また様々な探索をすることから出される決断でもあります。何かに決められたことを当たり前の前提とせず、決断したことに様々なチャレンジをしていく。そのようなことができる場を自ら生み出していくことも、子育ての一部になっていくのでしょう。

ここまでの毎週末、3人のクリエイティブ・ペアレンツの方々をインタビューし、その子育てをご紹介してきましたが、3人とも子育てが自らの生き方を豊かにする複層性を生み出し、それが創作活動にも大きく影響を与えていることを実感されています。また、ひとつの大きな共通点としては、自らの創作表現だけでなく、新たな「場」を生み出していくことにもチャレンジしています。クリエイティブということはなにかをワクワクしながら、創造的に、実験的に生み出してゆく、ということだと思います。そうした意味で、この「場」を積極的につくる活動と、クリエイティブな子育ての間には大切なつながりがあることが感じられます。

クリエイティブ・ペアレンツの子育てのヴィジョンには、新しい場をつくることがひとつのアプローチになっていくようです。




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