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大笑いしてくれたら、つらかった思いも報われた気がした

 自分にとって理想的で健全な精神状態を保つには、3種類の対人環境があると良いんですって。
 日ごろの出来事やちょっと心にある軽い話ができる相手。できれば気軽に会えると良いけど今ならリモートがあるから近くなくても良いのかな。
 それから暮らす場所が遠くても(近くても)良いから深刻な相談ができて本心まで語れる相手。
 そしてカウンセラーなど心の専門家。

 ずいぶん前に聞いたから、今の説はまたちがうのかな。間違ってはないと思うのだけどね。

 彼女はそれで言えば、日ごろの出来事や日常の軽い相談事をする間柄。
 以前住んでいたアパートでできた友人で、15年くらいの付き合いかな。すごくきちんとして、しっかりタイプなので、いい加減で無責任な私はだいぶ距離を感じていたのだけど、何故だかずっと続いている。

 この前もリモートで楽しくしゃべっていて、もう話も終盤にもなろうとする頃。彼女が眉間にシワを寄せ少し低い声のトーンで子供の話をし始めた。
 「お母さんはすぐそうやって自分の思い通りにしようとするんだ」って初めてそんなこと言われたのだと。「あの中学にだって本当は入りたくなかったけど、お母さんが入ってほしそうだったから仕方なかった」とか。今さら言うの。って。

 ああとうとうアナタにも来たかー。
 もうなんか思春期終えた子供あるあるだよねえ~!

 彼女の息子さんは、もう20歳もとっくに超えている。娘さんの方は自我がしっかりしていて親にちゃんと意見する方だったので、自己主張が強くないのは息子さんの気質なんだろうと思っていた。
 
 「そうやって言えるだけ良かったよ」「まだきっとこれからもあるよー」と笑った後、彼女の気を軽くしたくて、私も息子の話をした。
 ここでは以前書いたことがあるのだけど、息子に「個性を大切にね」と接してきたら「それが負担だった」と言われたこと。
 自我とか個性とかがかなり強い息子なので、それをがんばって抑えなくて良いよと伝えたかったのだけど、息子は「自分の中にある何かを強烈に表現しなくちゃ」と捉えたようだった。
 息子は自然にしているだけで良いのにね。伝え方を間違えたんだね、ごめんねと謝ったけど、それを知った当時の私は強くショックを受けてしばらく泣いて暮らした。私が大切に思っていた部分とか、息子を大切に思っていた気持ちとかを否定されたような気がして。

 でも「私も息子にこんな風に言われたよ」と話すと、彼女が大笑いし始めた。

 その様子を見ていると調子に乗ってしまって「あんなことも言われたこんなことも言われた」と打ち明けてしまい、彼女の笑いが止まらなくなった。
 もう何言っても笑っている。涙を流さんばかりだ。

 そんな彼女の大笑いを見ていると、私がそれで悲しんだことがどうでも良くなってきて、「そんなにおかしい?」って一緒に笑い転げた。

 彼女は私の息子をよく知っているから、その個性の強さを思い浮かべると余計に可笑しいんだろう。
 そしてそうやって笑っている姿を見て、彼女の心の緊張が取れたようでホッとした。

 切り際に「ああ楽しかった」と言われ、自分の悲しかったこともこんな風に人の心を軽くするなら、あれも良かったんだなと思えちゃった。




読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。