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ある佛師との対話

木彫佛の修復

佛師の仕事は佛像を彫ることであるが、一方、佛像の修理修復もしばしば手がける。古代から伝えられた佛像彫刻の修理修復を通じて、技法と共に先達の思想や感性など学ぶところが多いのである。東京芸術大学の教員でもあった知り合いの佛師、Y先生とよく団欒していた頃の話である。

佛像の修理修復に一番大事なことは、当初の彩色や造形を残すことです。破損したり、腐朽や虫害でしかたなく部材を交換し、後補にヒノキ材を使って修復することもあるが、当初材をできるだけ残すことを心がける。大きな佛像は寄木で造られていて、時に手指や腕、足をそっくり取り替えることもある。仕上げに当初材に合わせて「古色付け」を行う。

木彫古文化財の修復は100年から200年後に再び修理されることを想定しています。その際、オリジナルよりも後補の部材が取り替えられるようにしたい。つまり、後世の佛師が修復した部材を取り替えて、オリジナルを残すことが基本というのである。再修理の際には、接着された界面が簡単な操作ではく離することが望ましい。ゆえに接着剤は必ずしも耐久性の高いものでなく、むしろメンテナンスやリサイクルに配慮して、古来から漆や膠を用いることが多い。さらに、当初材は往々にして劣化のため強度が低下している。したがって、後補に用いる木材も強い材ではなく、劣化した当初材と同等か、やや弱いものが好ましい。だけど造形が難しいので、枯れた古材を後補材には使えない。

木材は時を経ると共に、大気中の湿度などの水分変化に対する応答が鈍感になります。これに伴って含有水分の動きも、収縮膨潤などの寸法変化も、小さくなります。いわゆる「枯れる」という現象です。新材を古材に接ぐと、湿度(水分)に対する木材の応答が異なるために、接合部に応力が生じ、接合部のずれや破損がしばしば起こる。その際、劣化している当初の材が壊れるのが困るのである。

木材の老化

木材の老化に関するデータは、研究に多大の時間と労力を要するので、あまり多くない。ちなみに、木材の老化は、虫害や腐朽、日光や風雨などに関係なく、長い歳月のあいだに材料内部に起こる材質の劣化をいいます。主として熱・酸素の作用による熱酸化分解反応により、また水分による加水分解も部分的に加わって、劣化が進むと考えられています。この分野では、わが国の古建築に使用されてきた多くのヒノキ古材およびケヤキ古材の強度の経年変化を求めた小原二郎先生の研究がよく知られている。ケヤキ材は密度が大きく、初期の曲げならびに圧縮強度は、ヒノキ材の2倍程度の値を示す。しかし、その経年劣化は大きく、五百年で初期強度の1/3〜1/2程度の低減が認められた。これに対して、ヒノキ材の経年変化は極めて緩慢であり、千年を経てもなお、強度の低下が大変小さかった。このように針葉樹であるヒノキ材の劣化速度が、広葉樹のケヤキ材のそれよりはるかに小さく、長寿命であることは興味深いことです。木材の細胞を相互に接着しているリグニンの構造や結合様式の違いが耐久性に影響しているものと考えられている。

ところで、飛鳥期の法隆寺、平安期の平等院をはじめ、古建築の柱梁などの構造材にはヒノキ材が広く用いられてきたが、江戸期になるとケヤキ等の広葉樹も使われるようになった。過伐によってヒノキ大径材が不足したことも一因であるが、広葉樹のもつ美しい木目も用いられた大きな要因であろう。1633年(江戸期)に再建された現存の清水寺の舞台の床はヒノキ材であるが、束柱にケヤキの大径丸太が使われている。

古材を造る

すでに20年余り前になるが、筆者の所属した研究所(京都大学生存圏研究所)でも小原先生から200点余りの古材試料を寄贈いただき、これを引き継いで古材の経年劣化を調べるとともに、木材の老化を促進し、その強度や材色の変化を研究していた。一連の研究を通じて木材や紙の老化を自在にコントロールできる感触を掴んでいたので、Y先生の彫った千手観音菩薩像の腕を見ながら、「それじゃ一緒に古材を造ってみよう」ということになった。

ヒノキ材に熱処理を施し、加熱温度/時間と材色の変化を注意深く観察しながら、Y先生の経験と眼力、それに測色計を頼りに江戸期、室町期、鎌倉期、平安期と順次、老化を進めていくのです。得られた後補材の強度や寸法安定性は当初材と同じ程度、さらに色相も似ているので、素木のままで古色付けする必要がない。

こうして佛師の要請に応えうる科学的な裏付けをもった古材再現の手法が開発され、木彫佛の保存現場に活かされている。

参考note
・木の寿命 https://note.com/kawaishuichi/n/nfbee794ecd80
・木材の老化(木の寿命 PartII) https://note.com/kawaishuichi/n/n3097c5d66a4a


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