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ときの刻み

ときの刻みは不思議である。「いっとき」は物理的には同じでも、感じ方は人により、場所により随分異なる。夢中になっているときの刻みは滅法早く、眠れぬ夜のときは長い。誰しもが経験することである。

生き物のときの刻みには、ずいぶん差がある。同じ哺乳類であっても、ネズミの寿命はおよそ2年前後。一方、ゾウの寿命は約60年、陸上の哺乳類では(ヒトを除けば)最も長寿である。ネズミとゾウは、共に赤子から幼少期、青壮期、老齢期と順次、成長と衰退のプロセスを経るが、その寿命には30倍近い差がある。したがって、同じときを刻んでいても、ネズミとゾウでは時間の進み方、つまり時間に対する感覚は、大きく違うのではないだろうか。

哺乳動物の寿命(つまりは、時間感覚)と体重、心拍には一定の対数比例の関係が観察されている。つまり、大型動物は小型のそれに比べて、一般に体重が大きく、心拍数が少ない。そして、寿命が長い傾向にあるのです。最近、関連して『ゾウの時間、ネズミの時間、運動の時間』(本川達雄著)の紹介で、サイズという観点からみた動物の時間について、以下のようなおもしろい考察を見つけました。

「動物のサイズが違うと、寿命が違い、総じて時間感覚(時間の流れる速さ)が違ってくる。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エネルギー使用量は、サイズによらず同じである。」そして、ネズミからゾウまでさまざまなサイズの哺乳類を比べてみると、「寿命は体重の1/4乗に比例する」という関係が概略成り立つという。先に述べた哺乳動物の寿命と体重、心拍に一定の対数比例の関係を観察し、定量化したものです。

たとえば、(クマ)ネズミの体重は0.1~0.2kg、一方、ゾウのそれは3000~6000kgですので、その差は数万倍。1/4乗則から寿命を予測すると15倍ほどになります。上述した実際の寿命の違い、30倍に比べると半分ですが、対数スケールであることを考えると、概ね間違っていないようです。

このような観点からは、ヒトの寿命は哺乳類のなかでは例外的に長いことが分かります。ヒトの寿命は、近代以降急速に伸び、いまではわが国の平均寿命は80年を越えるまでに延びました。さらに、未だ延びる傾向を示していて、「人生50年」から「人生100年」の時代に突入しています。

また、先述の文献によると、動物がどのくらいエネルギーを使うかも、寿命と体重との関係と同様、単位体重当たりの「エネルギー消費量が体重の1/4乗に比例する」といいます。さらに上述した二つの関係から、「時間とエネルギー消費量とは反比例の関係にあり、時間の逆数は時間の進む速度とみなしてもいいだろうから、結局、時間感覚は体重当たりエネルギー消費量に比例すると言える。」と結論されています。

サイズの違う異種の成獣間の比較から導かれたこの関係を、もう一歩展開して、同じ種の大人と乳児に適用することができるのでしょうか。種が違う生き物の時間が異なるのと同様に、生長過程において生き物の時間の進み方が異なると考えるのは、大変おもしろいことです。

たとえば、(ヒトの)赤子の成長は驚嘆に値します。2時間毎に母乳を飲み、睡眠をとり、体重は三ヶ月で倍以上にもなります。重量当たりのエネルギーの放出量は凄まじいものです。赤子や乳幼児を観ていると、「日々是新也(ひびこれあらたなり)」を実感します。したがって、からだとこころの発達に関して、赤子の一日はじいじの一週間、あるいはそれ以上にも相当するかもしれません。

子供の頃を思い起こすと、一年が随分長く感じられたものです。ときが進まず、二十歳まではずいぶんと時間がかかりましたが、その後は時間の進みが早くなったと感じました。三十歳を過ぎる頃になると、さらに時間感覚が加速されてアッという間の七十歳でした。

この現象を、長らく筆者は自らの経験が歳と共に積み上がるので、一年の経験量が相対的に低下する結果、時間が短く感ぜられると思っていました。赤子の時間とじいじの時間ではときの刻みかたが違うのです。しかし、最近ではからだやこころの成長期には時間はゆっくり進み、逆に衰退期には早く感じられるのでないかと思うようになっています。なるほど、この1/4乗則から導かれた結論を敷衍すると、これまで漠然と感じていたときの刻みの不思議もなんだか納得がいきます。

生命というのは成長と衰退のプロセスといいますが、実は誕生のときに最大エネルギーを放出してダイナミックな活性状態にあるものが、次第に活力を失い衰退に向かうプロセスと考えることもできそうです。否、胎内での細胞分裂が始まり生命が宿った瞬間から一歩一歩死に向かって歩んでいるのかも知れません。

写真:飛鳥水落遺跡漏刻台跡 https://www.asukabito.or.jp/spot_7.html


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