【小説】2 高天原、葦原、神話的巨女と箱庭。
雲の上は巨女の寝床だった。
「お客さんを呼ぶのならもっと奇麗にしておくんだったわ」
と言いながら巨大な下着を片す彼女の顔は遥か彼方にある。顔よりも先にブラジャーの趣味を知る事になるとは。薄手のカーテンのような布からちらちら覗く足は、人体と内部構造が違うのか作り物のように見えて少し不気味だ。
天使の絵画というものをファミレスで見たことがあるが、その絵画の中のような雲の上の世界そのものに今私は立っている。遠く向こうは果てしなく雲。上にも雲、下にも雲。飛行機で雲を抜けたのとはまた違う、閉塞的な空間。隙間から見える下の世界はジオラマみたいで、私のいたところなんて所詮はこんなにちっぽけなのかとなんだか虚しくなってくる。
「なんて言うか…おとぎ話ですね」
「あら。さしずめ私はガリバーかしら?」
場所の話をしたのだが、確かにあなたの大きさも思えばおとぎ話のようだ。しかしガリバーは第二章では小人になるぞ、彼女もまた他の何かから見れば小さいなんて事があるのだろうか。
「おもてなしをしたいのはやまやまなのだけれど、ごめんなさい。まずはお手伝いをお願いできる?お話はそのあとで沢山しましょう」
彼女サイズのふわふわの椅子に座る。私の家の総面積より格段に広い。ここに冷蔵庫を置いて、あそこにベッドを置いて、この調子なら客室もドッグランも作れちゃうぞ。大豪邸すら尻に敷ける巨女とは恐れ入るものだ。
そもそも彼女はあんな地震を起こして、何をしていたのだろうか。
「しのみさん、あなたは小さい頃にお人形遊びをしていた事はあって?」
「えぇ、まあこえだちゃんとかなら」
友人が持っていたエレベーター付きの木のおうちでよく遊んでいたのを思い出す。以上に部屋数が多く、各部屋に無理やり人形を配置させるために知らん指人形やシルバニアファミリーのリスとかも使っていたなぁ。
「私がしているのは、その人形遊びと同じようなものなの。あなたたちが人形で、私があなた。私はしのみさんのいる世界に新しくお人形を置いたり、お部屋を増やしたりしている…のだけれど、伝わるかしら?」
「ン、ン?私、ん?私たちで人形遊びをしているという事?」
つまりは世界を箱庭とする、大いなる存在という事?そんなの神じゃないか!いまだ顔の見えない彼女は、いったいどんな童心の笑みで世界をいじくっていると言うのか。
「違うのよ、遊びというのは例えで、私は決してあなたの世界を軽んじているわけではないわ!」
華やかな声も荒げると耳に障る。
「だってそうでなきゃもっと可笑しい世界になっているもの、そうでしょう?」
弁明に必死の彼女の顔が、私になんとか目線を合わせようとしているのだろうか、少しだけ見えた。あごにほくろがあるのか。
「しのみさん。私のこと…どう思う?」
なんだ?その面倒な女みたいな質問は。
「貴方が道楽で世界を創っているのではないという事はわかりましたよ。少なくとも私から見た世界は可笑しくないですから」
安堵の吐息がつむじを撫でる。ゴッドブレス、案外冷えているんだな。
「貴方の手伝いをしたら、いろいろ教えてもらいますからね!」
彼女はおそらくニコリとほほ笑んだ。
「今日は景観を良くしようと思って。山や湖を中心に増やしてゆきますわ」
私の住むマンションからちらりとだけ見えるあの山の隣に、もう一つ山を作るらしい。あの山は何という名前だったかな、近所の子供が嘘富士山と呼んでいるのは覚えているが。
「薬高山(ヤッコウサン)です。かわいい名前でしょう」
「あれも貴方が?」
彼女が言うにはこの世のほとんどは彼女が生み出したらしい。土地も山も湖も、街もビルも。創造神ってもっと、大枠だけ作って人間の動いているのを観察する悪趣味なものだと思っていたがこれほど手塩にかけられているとは。小学生の自由研究用にアリをスライムの中に入れて巣作りを観察するというキットを見たことがある。彼女はその大きな手で我々サイズの巣穴さえ作ってくれていたのか。
「じゃあ脱ぎますね」
おもむろに眼前の布が引きあがる。急に生足があらわになったものだから驚いて椅子の上で転げてしまった。
「なぜ脱ぐんですか!」
上を向くとでかい膣が上空にあった。エロ漫画の世紀末ってこんな感じなんだろうか。
「人は皆母なる大地と言うけれど、大地にも母がいるという事よ」
謎名言と共に彼女は生尻で椅子に座り、いわゆるM字開脚になって力み始めた。巨女モノなんてニッチな市場を目の前で広げないでほしいしこれは所謂…まずいのではないだろうか。雲の世界が便所になってしまうのではないだろうか。
このサイズの膀胱に溜まる尿の量なんて計り知れない。巨女の洪水(隠語)に巻き込まれる前に逃げなくては!
「あーっ、生まれる生まれる」
女の膣から漏れ出たものは健康な土だった。
「ヒッ!?」
大量の茶色いモノに、一瞬そっちからソレが?とビビッた。土か。そうだよな、山を作るって言っているんだもんな…。説明不足な彼女も悪いと思うが、それにしたって私は何を考えているんだ。神だぞ、痴れ者め。
「ちょっと民家にかかってしまったわ…。箒で掃いてくださる?」
「えっ私が?」
「よろしくね」
女曰く、少しの労働でも汗が流れてしまえば新たな何かが生まれてしまうらしい。神というものは不便だな、と思った。だって大きな力一つに支配された生活を送らなければならないのだから。一万円札は「天は人の上に人を造らず」と言葉を残したが、その天さえ人の上にはいないのかも知れない。
まるでミニチュアに見えた下界もやはり降りれば相応の大きさで、なかなか豪華な一軒家の屋根には等身大の私と箒、大量の土が困ったように立っている。大木がしっかり植えられそうなくらいの量あるけど、これを箒ごときでどうにかできるものだろうか。
アパートの管理人よろしく掃除をしていると、天から猫が降ってきた。
「きみはもしかしてあの人から生まれたのかい?」
あの高さから落ちて奇麗に着地するとは、バターを塗ったトーストも背を向けるだろう。猫はうに、と鳴くだけだったが、不思議と意思の疎通が取れたような気がした。
「うに」
さて大量の土たちをどうしてやろうかと辺りを見回すと、どうやらこの民家は庭に畑があるらしいのを見つけた。
「この土、畑に良いと思わない?」
ねこはうに、と鳴いた。でかい女の膣から生まれた土なんて絶対に嫌だが、家庭菜園を趣味とする母に聞いた【良い土】の条件に結構合っているのでたぶん喜ばれるだろう。猫と共にたわむれながらドサドサと畑へ土を落とし、やりすぎたかなとおもうくらいの盛り具合になってやっと作業は終了した。
天へ向かって叫ぶ。
「終わりましたよ!」
軽い返事の後手のひらが降りてきた。さて戻るかと手のひらへ乗ったところで猫と目が合う。ここでお別れとはさみしいな、猫を連れて行っても良いだろうか。
「猫ちゃんですか?私もしかしたら潰してしまうかもしれないけれど、それでも良いのならどうぞ」
恐ろしい。愛護団体が聞いたらブッ倒れるぞ。猫はうに、と鳴いた。
本買ったりします、『不敬発言大全』が今一番気になっています。