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氷河期の首席

大学三年の時、本屋でアルバイトをしていた。
確か、時給は700円台。県の最低時給だった。
その割に仕事は多かったし、責任も大きかった。
けれど辞めなかったのは、居酒屋でもコンビニエンスストアでも待遇は大して変わらなかったし、人間関係が良かったから。
大学生のアルバイトが五人くらい、パートのおばちゃんがやっぱり五人くらい。
それに、店長と社員の12人ほどで店を回していた。
強制もないのに、飲み会にはその全員が参加していたし、アルバイト同士では日帰り旅行に行ったりもしていた。
店長や社員とも打ち解けていて、仕事終わりにはよくファミリーレストランでご馳走してもらっていた。

ハリーポッター全盛期で、その新刊発売前には店の前に行列ができるくらい本屋が賑わっていた時代。
何だか隔世の感がある。
本屋が潰れる時代が来るなんて、思いもしなかった。
私が働いていたその店も、今はない。

そんなある日、大学四年の先輩が思い詰めたような顔をしているのに気付いた。
接客はいつも通り丁寧だけれど、客が途切れるといやに暗い顔になる。
そこで、仕事終わりに「どうしたんですか?」と訊いてみた。
すると、「成績がまずいんだ」との答え。
明治大学の法学部に通っていて、いかにも秀才といった容貌をしていたから、その答えは意外だった。
けれどよく聞くと、ある一つの授業のテストで思ったより点数が取れず、このままでは首席じゃなくなるかもしれない、という悩みだった。
単位が取れる取れないで悩んでいる自分とは、悩みの質が違った。

その先輩の悩みは杞憂で、結局首席で卒業できたという。
けれど彼は以後も本屋でのアルバイトを続けていた。
どこにも就職できなかったのだ。
彼がしっかり就職活動をしていたのも知っていた。
本屋での仕事は、他のアルバイト学生よりも熟達していた。
店長や社員が忙しい時には、彼がレジ締めやその日の売り上げを帳簿をまとめたりしていた。
だから、決して仕事ができない人じゃなかった。

その人は、卒業から半年ほど本屋で働いた後、いきなりアルバイトに来なくなった。
そして、携帯電話も通じなくなった。
店長も社員も怒るよりむしろ心配して、彼の実家に連絡したけれど、向こうの家族から「もう電話しないで下さい」と言われたそう。
何があったのかわからない。その後も消息を聞かないので、真相は今も闇の中にある。

一応誰もが知る大学の首席で、かつ真面目で、アルバイトとはいえ社員並みの仕事ができる人だったのに、就職活動を二年以上続けても内定が出ない。

これが、氷河期世代。

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