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出町ふたばの紅白まんじゅう

 京都で「出町ふたば」と言えば豆餅がとても有名だけど、紅白まんじゅうを食べたことがある人はなかなかいないだろう。店頭で売っていないので、特別に注文しなければ食べられないものだと思う。
 自慢になってしまうけれど、2年前に娘が近所の幼稚園に入園して、この春に卒園して今度は小学校に入学したので、私はこの紅白まんじゅうを3回食べることができた。特に今年は美味しくて胸がいっぱいだ。

 そう、2年前の春だった。3月末に相方の仕事の都合で私は大好きだった東京下町を泣く泣く離れ、カメラマンの仕事も東京に置いて、撮っていた浅草や山谷の街や人々の写真も消化不良のまま、すべてを呪いながら京都へ引っ越して来た。
 一番不安だったのは娘のことだ。大好きだった保育園を離れて、京都の幼稚園の先生やお友だちにうまく馴染めるだろうか。

 しかも引っ越してすぐに家族全員で新型コロナに感染して自宅隔離となり、全く知り合いがいない中で非常に心細い思いをした。
 あの「14日間隔離」は体調も悪かったけれど、地獄のように長くて疲弊した。桜は隔離中にほとんど散ってしまったし、後から娘も感染して楽しみにしていた幼稚園の入園式にも出られないと分かり、親としてはそれが一番辛かった。

 そんな中、娘の担任の先生が入園式が終わったあと我が家へ訪ねて来てくれた。書類などと一緒に小さな紅白まんじゅうの包みを届けてくれたのだけど、そこにはなんと、かの有名な「出町ふたば」というお店の名前が書いてあった。私と相方は歓喜した。引っ越して来てから初めての“京都の美味しいもの”だった。
 おまんじゅうは赤と白1個ずつしか入っていないので4等分して家族3人で分け合いながら食べた。赤につぶあん、白にこしあんが入っており、皮はむっちりとしていて作り立てのようなみずみずしさ。少しづつしか食べられなかったけれど、お茶も淹れて大事に味わった。
 「美味しい」と思える味覚と心を取り戻した瞬間だった。おまんじゅうは引っ越しと新型コロナで沈み切っていた我が家に春を呼び込んでくれた。

出町ふたばの紅白まんじゅう
赤がつぶあん(左)、白がこしあん(右)

 それから2年たって今年の春、娘は幼稚園を卒園した。あんなに緊張して挨拶すら上手に出来なかった娘が、大きな声で返事をして卒園証書を受け取り母の方へ堂々と歩いてくる。もうその姿を思い出しただけで今でも泣きそうになる。
 全部終わって幼稚園のカメラマンが帰ったあと、私は娘のお友だちや先生方と一緒に集合写真を撮らせてもらった。(私はいつも勝手に写真をたくさん撮っていたので、ほぼクラスの専属カメラマンだった。)
 それぞれ手には色とりどりの小さな花束を持っている。にっこりすまして1枚撮った後に一斉にジャンプしてもらったら、それまでの緊張がほどけたのか、みんな思いっきり弾けてハハハと笑っていた。
 大好きなお友だちや先生と一緒にいる娘の笑顔は一段と眩しい。その日もらった紅白まんじゅうの味はまた格別に美味しくて、この味を私は一生忘れないと思った。

 京都の春は控えめに言っても"最高"だ。冬が寒くて厳しい分、暖かくなった途端にあちこちから人が出て来てレジャーシートを敷いて家族や友だちと飲み物や食べ物を持ち寄り浮かれている。あっという間に桜も咲いて、鳥たちもやってきてそこら中が喜びに満ちる。何もかもが美しく、この季節を私は愛さずにはいられない。

 次に紅白まんじゅうを食べるのは娘が小学校を卒業する6年後だろうか。またこうやって3人で美味しく食べられていたらいいなと願う。できればまた満開の桜とはじける笑顔ともに…。

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