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新橋のおっさん師匠

 ときどき、SNSなどで私の写真を見て私のことを「写真家のかわえみさん」と呼んでくれる人がいる。嬉しいから否定しないのだけど、心の中では「ああ、なんかすみません」という気持ちでいる。

 現場でただ「カメラマンさん」と呼ばれ、写真を撮る仕事をしている人たちがいるのはご存知だろうか。「写真家の〇〇さん」とは近いようで遠い存在。それが私の仕事である。
 雑誌に差し込まれている写真、企業とか観光地のパンフレット、ガイドブック、Web広告、それから個人のポートレート、家族の記念写真、冠婚葬祭(婚礼から葬儀まで)、学校、食べ物、商品…などなど。誰が撮ったか分からないプロの写真あるでしょう。そんな「あの写真」を撮るカメラマン。
 重い機材を運び、目立たない服やスーツを着て、時には朝から晩まで一日中汗と涙を垂れ流して、オーダーの通り、もしくは型通りに一生懸命撮影する。作家性もクソもない。そして撮った写真も渡したら自分の作品として名前も残らない(小さく名前が書かれていたりもすることはあるかも)。

東京・新橋 / 2021.03
東京・新橋  / 2021.11

 経緯は省くけれど、私は30歳でカメラマンになった。東京・新橋の小さな撮影会社にアシスタントとして入り、現場の叩き上げでプロになった。それ以前にもお金をもらって写真を撮っていたことはあるけれど、明確に撮影を仕事にしたのはやっぱりこの頃からだろう。
 師事していたのは著名な写真家などではなく、新橋のおっさんカメラマンたちだ。一緒に新橋や撮影の現場で同じ釜の飯を食べた。新橋はとにかくご飯が安くて美味しい!爆盛りのカツカレーやら、ハンバーグに唐揚げが副菜みたいな茶色い定食をバクバク食べながら、ガテンな現場で「写真を撮る」ということについて教えてもらい、一緒に汗水たらして愚痴や悪態をぶつけ合って仕事をした。

東京・新橋  / 「ビーフン東」 ほわほわの蟹玉ビーフン
東京・新橋  / 「珈琲メルシィー」の巨大ロールキャベツ(副菜もキャベツサラダ)

 私の師匠たちについて書いてみよう。
 5分に1回はダジャレを繰り出すおっさん。疲れてくると脳が悲鳴をあげるのか、さらにダジャレを言う頻度が増える。撮影技術全般と、表情の引き出し方について学んだ。(以下、会社の部長だったので「ぶちょー」と呼ぶ)
 ぶちょーは見た目は新橋ならどこにでもいそうな、スーツにワイシャツ姿の気の良いおっちゃんという感じだが、某有名ホテルに集うセレブたちの中では名が知れていて、お見合い写真を撮ってもらうと必ず良い人が見つかるというジンクスを持っていた。
 アシスタントについて分かったのだが、ぶちょーはどんなに頑なに表情が変わらないセレブでもププっと笑わせてしまう最強の武器を持っていた。それは自らの薄毛自虐ネタと、しょーもないダジャレ。セレブは笑いすぎてもはしたないし、品良く笑わなければいけない。ぶちょーがいつものように自分の薄毛ネタとダジャレをちょっと繰り出しただけで、みんな本当にちょうど良い、素敵な笑顔になるのが私にとっては衝撃だった。

東京・新橋  / 2021.06
東京・新橋  / 2021.11
東京・新橋  / 2021.04

 「ちなみに」が口癖のおっさん。画像処理やレタッチについて習った。一つ質問すると十教えてくれるとても親切な人。横文字と専門用語が多く、その十の中から大事なことを自分でセレクトしなければいけないし、次々に「ちなんで」来るので最終何が大事なのか分からなくなるけど技術を教えたくない人ばかりのこの業界ではありがたい存在だった。
 一緒に帰ると会社近くのコンビニで缶チューハイを一本買って駅の改札に入るまでにもう飲み終えている。ラーメンと酒と風俗の話をし始めるとこちらの目が虚無になっても終わらない。

東京・新橋  / 「香味」の魯肉飯と担仔麺のセット
東京・新橋  / 「ベジタリアン」ジューススタンド おじさんたちのオアシス
東京・新橋  / 2021.06

 それから会社近くのラボのおっさん。歌舞伎専門のカメラマンとして活躍する傍ら、写真をプリントするラボをご夫婦で経営していた。(今はもうラボは閉めてしまった)
 私はひまな時間を見つけてはラボに入り浸り、銀塩プリントの色味についていろいろ教えてもらった。ときどき、自分の撮影した写真もプリントしてもらったり、おっさんが自ら中判カメラで撮って手焼きしたという昔の歌舞伎役者さんのプリントを奥から出して来て見せてくれて、あまりの美しさにため息をついた。
 私に「早く作品撮って発表しなさいよ」と心配して言ってくれていたのだけれど、未だに個展もできていないし、コンテストで賞もとっていません。ごめんなさい。

 他にも松崎しげるより日焼けしているおっさん、ランチは必ずカップラーメンしか食べないおっさん、会社帰りに新橋界隈の猫を探して撮影しているおっさんなどまだまだクセ強な師匠たちがいるのだけどこのへんにしておこうかな。

東京・新橋  / 2021.12
東京・新橋  / 2021.06

 名もなきカメラマンだけども、実は企業やホテルの依頼などで世界的なスターや、誰もが知っている有名人や政治家などを撮影する機会も少なくはない。でも自分の作品として名前が残ることはないし、その方々からは我々のことは多分見えていないだろう。とある大物政治家からは撮る前に服装を直しているだけで「早くしろよ!」と怒鳴られたことすらある。人間性を垣間見ることができる"おいしい仕事"である。

 初めて1人で撮影に行った日のことは忘れない。その日はチベットからインドへ亡命しているノーベル平和賞をとられた"あの方"が来日していて、ホテルで"あの方"を撮ってほしいという依頼が来たのだった。
 みんな忙しくて、簡単な記念撮影だから私1人で行くことになったのだけど、緊張のあまりカメラを持つ手がブルブルと震えた。指定された部屋へ行くと、"あの方"とホテルの総支配人がいらっしゃって、お部屋の前でひっそりと3人だけで撮影をした。後にも先にも仕事であんなに必死だったことはないかもしれない。
 終わって頭を下げて帰ろうとしたら、なんと"あの方"がそっと私の側まで歩み寄って来てくれた。私の手を取って握手をして、もう片方の手でポンポンと私の手を包み込んでくれた。その手はしわしわで柔らかく、今でも思い出してはじんわり私の心を温めてくれる。

東京・新橋  / 2021.06
東京・新橋  / 2021.11


 自己紹介がてら懐かしいあの日々を思い出して書いてみた。そんなこんなで私も今では立派な"おばちゃんカメラマン"である。未だに緊張もするし、うまく撮れなくて悔しくて反省もするし、どれだけ撮っても満足いかないことも多いのだけれど、おかげで毎回新鮮な気持ちで写真を撮りつづけている。 

 写真を撮るのは楽しい。何年たってもずっとワクワクしている。
 良ければお仕事ください。わりとなんでも撮るけれど、やっぱり人を撮るのが好きです。

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