坂ノ上不動産 後編
前回の話↓
駅で降りた二人は商店街とは反対側の通りを進み、いくつかの細い道を曲がると目的の物件「山吹荘」に到着した。
一階の扉は傾いて開き、廊下に面した窓は割れている部屋もあった。
空き家なのは一目瞭然だった。
山吹荘の向かいには比較的真新しいアパートや一軒家が建ち、山吹荘だけが辺りとは別の次元に存在しているように朽ちている。
「山吹荘」と書かれている木札は地面に落ちていた。建物の周りには雑草が生い茂り、二階へと続く階段には人が立ち入らないようにとロープが張られている。
「ああ、なるほど。確かに画像通りの落ち着いた良い物件ですね。屋根もちゃんとありますしね」
額に手を当て目を細めながら男は屋根を見上げた。
屋根は一部が欠けており、欠けたところから建物の梁が見えている。
「このロープをわざわざ外してニ階に上がってるってことですか」
階段に近付き、黒く変色しているロープを手に取るとロープはぽろりと簡単に地面の上へと落ちた。
「たぶんそうだと思います。私がいつもロープを元の場所にかけてるんです。誰にも入ってきて欲しくないので……」
「なるほど」
次に男は手すりの無い階段を上り始めた。鉄骨でできた踏板がぐわんぐわんと音を鳴らし揺れている。今にも崩落しそうだ。
「この二階の部屋にたむろしてるわけですね」
「はい。廊下にごみも良く落ちてます」
ぴたりと男が足を止めた。
「この階段の隙間は良いですね。人が階段を上っている時に下から上を眺めてみましょうか」
「眺める?」
「ほんの一例ですが……手は出さなくて大丈夫です。こうやって階段を上ってきて、ふと下を見た時にいなかったはずの人がそこにいたら驚きますよね。手すりも無いですし、向こうが勝手に落ちて怪我をするかもしれません」
二人は階段を上りきり、廊下へと到着した。
「階段で相手に認識された後に上りきった先の、あそこですね。廊下の端に立ちましょう。立ってるだけで大丈夫です。そしてすぐに消える。それを二、三日に一回くらいの間隔でしてみましょう。このアパートの雰囲気と合っていて不気味で良いと思います。照明も無いですし、真っ暗の中に人影があると向こうが勝手に驚いてくれますよ」
「そんな簡単なことで大丈夫でしょうか? もっと驚かした方が良いとか……」
「あまりやり過ぎると話題になってしまいますから。そこの加減が難しいのですよ。相手が正真正銘の馬鹿だったら良いネタを与えてしまいますからね」
二人は階段のすぐ側の扉を開けて中に入った。
部屋にはゴミと放置されている家具がいくつか置いてある。畳はぼろぼろで、なぜが畳からは雑草が生えていた。
「侵入者の使っている部屋はこの部屋でしょうか?」
「わかりません。怖くて二階には近付いていないので……」
男は土足で部屋に入り、ぐるりと辺りを見渡した。
「少し勇気を出して、相手が一人の時に後ろからこう、こうやってみましょうか」
両手を交差させて抱き締める仕草をした。後ろから抱きつけと言いたいらしい。
「え、無理です。生きてる人間なんて怖くて絶対に嫌です。私、そこまで怨念が強くないので近付けないと思います……」
「じゃあやめときましょう。首元あたりで囁くのは効果的なのですが……仕方ない」
水を含んでしっとりと歪んでいる畳を踏み、男はベランダの掃き出し窓へ近付いた。窓には黒いカーテンが掛かっている。そのカーテンを勢い良く開け、そして半分ほどしめた。
「じゃあベランダ側から中を覗きましょうか。それくらいならどうですか?」
「まぁ、それくらいなら……」
「無表情でじっと立って下さいね。口は動かしておいて下さいね」
「動かす……?」
「言葉は出さなくて良いので適当な言葉を思い浮かべて口を動かしておいて下さい。ぶつぶつ何か喋ってる方が不気味なので効果的です。ありきたりなところだと"出て行け"とか"見つけて"でしょうか」
歪んだ畳を右足でべこべこと踏みつけながら
「まずは階段下から目を合わせる、そして廊下の端、最後にベランダから覗く。これくらいすれば普通の感覚の人間は逃げ出します。とりあえず一週間を目安にやってみましょう。これでダメなら次の手を考えます」
右手につけている時計をちらりと確認し、男はスーツの襟を整えた。
「おっと、次の現場に行かなくては。何かあればこちらまでご連絡を」
内ポケットから名刺入れを取り出し、名刺を一枚渡した。
『坂ノ上不動産 暗暗裡真 死後のお住まいサポートします』
数日後、山吹荘の前で失神をして倒れている男が数人いたと近所の住民が目撃している。
男らは顔の半分が崩れている女が部屋の外から見ていたとしばらくは支離滅裂な言動を繰り返していたが、事情聴取をしたところ不法滞在の外国籍の男達で、とりあえず身を隠せる場所を探していたとのことだった。
現在、東京都の空き家は約81万戸もあるという。世田谷区の山吹荘は相続人不明で解体の予定もたたず、今もその場所に残っている。
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