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メンタルヘルス不調者の職場復帰先-「原則、元職復帰」について考える

メンタルヘルス不調者の職場復帰で、職場の重要な判断事項として、復帰する職場を決めることがある。その際、重要なのは、「原則、元職復帰」という考え方だ。今回は、この考え方について触れたい。

一般論は、元気なったら元の戻る

まず、一般論として、病気や怪我をして休んだとして、元通り回復すればまた元の職場で働いてもらう。特に異動させる理由がないからだ。しかし、病気や怪我によって、元の能力まで回復せず、元の職場で求められる仕事ができなければ、職務内容を変更させたり、異動させたりする。
メンタルヘルス不調の場合でも、基本的な考え方は同じはずだが、元の状態まで回復をしないとか、そもそも「その仕事に」適応できないと、本人を含む関係者が思い込んでいるため、「復帰先をどうするか」ということが、当たり前と思われていたり、不調に至ったかなり早い段階で、その議論がはじまっていることが多いことに、私は大きな問題だと考える。ここでは深くは触れないが、メンタルヘルス不調になっても、元の状態もしくはそれ以上に回復できるにもかかわらずだ。

元職復帰はストレスを最小化する

メンタルヘルス不調の要因は複合的であるものの、心理的ストレスが重要な要因であることは異論がないと思う。メンタルヘルス不調者を元職復帰をさせる一つ理由は、復帰のタイミングで生じる、予期しないストレスを最小化することにある。休業に至ったストレス要因を避けて、新しい職場に異動させても、新しい環境、新しい人間関係、新しい役割、あたらしい仕事など、様々は変化が待っている。周囲や本人が、良かれと思って異動させても、これらの新しいストレス要因が、どの程度になるかの想定は難しい。日常生活などのストレスの原因に関する研究では、結婚や昇進など一般に好ましいと考えられるイベントも、大きなストレスになると報告している。職場復帰そのものだって、大きなストレスになるうえに、職場を異動させることは、さらに未知なるストレスをつくることになる。

復帰時のゴールが明確にある

また、戻る職場が変わることで、休業しているメンタルヘルス不調者が職場復帰に向けて準備する基準が曖昧になりやすい。元の職場なら、誰とどこでどんな場所で仕事をするか、具体的なイメージが湧く。しかし、元職以外なら、想像するしかないし、やってみないとわからない。しかもこのような場合、多くの人が自分にとって都合の良い状態を想定することが多く、ネガティブな要素は、小さく見積もられやすい。思い通りストレスを避けて職場復帰したものの「思っていた状態と違う」となりかねない。「元の職場よりまし」と考える場合もあるが、元職において、仕事の内容や対人関係などに不安を感じていたとしても、症状をコントロールした上で、リワーク等を利用し対応を検討していくと、復帰後の課題やストレス要因を具体的に想起しやすいため、現実的で有効な対応ができる状態で職場復帰することでできる。そして、実際に復帰してその課題に正面から向き合う経験こそ、その人がさらに活躍する糧になる。

安易な異動が問題を大きくする

メンタルヘルス不調になるという経験は、とても辛い経験である。だから早くその場から離れたい、とりあえず今の状況から抜け出したいという感情になりやすい。そんな時に、上司や人事にそっと異動について相談し、それが叶ったら、それは本人にとってどんな経験になるだろうか。
私の経験した事例で、体調が悪くなったら異動させてもらえたり、配慮してもらえるという経験があると、次も類似の場面で遭遇すると、また次も期待したくなる。メンタルヘルス不調の原因となる事象は必ずしも特別なものではない。日常業務の中で生じる些細な問題が契機になることもよくある。上記の経験はそんな些細な問題に対して、職場や会社、自分以外の力を借りることが当たり前になり、主体的に解決する力を身につけるチャンスを奪ってしまう。はじめこそ、周囲が温かく見守り対応してくれたとしても、それが何度も繰り返されたり、長期化していくと、ある時、対応ができないレベルに達してしまう。そうなると、なんで対応してくれないんだ!という不調者と、そこまでできない会社側と対立構造が生じ、場合によって訴訟にまでまで発展することもある。そうでなくても、求められる役割を果たせない従業員と、いつまでも配慮を継続できない会社の溝は深まっていく。そのような状態は、本人を含め、誰にとっても好ましい結果とは言えないと考える。だからこそ、病期や症状を理由に安易な異動は避けるべきだ。

異動が必要な時は限定的

異動が必要な時はないのか
メンタルヘルス不調者の職場復帰において、「原則、元職復帰」について書いてきた。最後に、元職復帰ではない場合、すなわち異動を検討する場合について触れたい。長期の休業になると、その間に、組織変更等で、元職がなくなったり、本人のポジションがなくなることがある。また、職位者の場合は、そのポジションを空席にしておくことは事業継続の観点から許容できない場合は、当然ながら代務者がすでにそのポジションについていることもある。このような場合は、当然ながら元の職場は難しい。
また、休業に際して、明確なハラスメント行為が背景にある場合や、人間関係が修復不可能な状態になっている場合も、元職復帰は難しい。ただし、客観的な事実がなく、本人が一方的にハラスメントだと主張ようなする場合は、丁寧に話を聴き、安易な異動にならないよう留意が必要である。なお、このような場面は、難しい部分ではあるが、本人や周囲が最も成長する機会にもなったりする。つまり、元職復帰させない場合は、例外であり、限定的だ。

メンタルヘルス不調者の職場復帰における元職復帰について考えてきた。職場復帰先をどう考えるかは、メンタルヘルス不調者対応における重要な分岐点になる。復帰先次第で、トラブルを抱えたり、長期化する場合もあれば、本人や周囲が劇的に成長することもある。メンタルヘルス不調者の職場復帰について、今回、お話した考え方を参考に、特に慎重に判断していただきたい。


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<著者について>
野﨑卓朗(Nozaki Takuro)
 
日本産業衛生学会 専門医・指導医
 労働衛生コンサルタント(保健衛生)
 産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学 非常勤助教
 日本産業ストレス学会理事
 日本産業精神保健学会編集委員
 厚生労働省委託事業「働く人のメンタルヘルスポータルサイト『こころの 
 耳』」作業部会委員長
 
 「メンタルヘルス不調になった従業員が当たり前に活躍する会社を作る」



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