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みえぬけれども あるんだよ

痛い、と言いながら起床する日常。

右足の付け根が痛んで、整形外科を受診。
股関節の異常だと思い込んでいた。
しかし、X線撮影をしても股関節に異常なし。
太ももやお尻にも特に異常が見られない。

原因がわからんな、と唸る整形外科の先生。
ふと、右足のふくらはぎを指圧する先生。
指で押しながら足首を回してみて、という。

押さえながら回すと、確かに痛い。
痛みの本丸である足の付け根に痛みが響く。
それはもう、ビシビシと。

もう、ふくらはぎが痛いのか。
足の付け根が痛いのか。
わからなくなってくる。

先生は「たぶんこれが原因だね」という。
ふくらはぎ自体には違和感が一切なかった。
なのに、ふくらはぎを揉むと付け根が痛い。

意外な場所に原因が潜んでいる。
目には見えない繋がりがある。
見えないものも存在する。
存在するが感じられないものもある。

金子みすゞさんは詩う。

みえぬけれども あるんだよ。
みえぬものでも あるんだよ。

足の付け根が痛むたびに。
ふくらはぎをもむたびに。

みえぬけれども あるんだよ。
みえぬものでも あるんだよ。

本質を優しく鋭く突いた言葉に落ち着く。

感じられない痛みもある。
真実は、ノイズに隠れていることが多い。

心耳を澄まし、心身の声に耳を傾けたい。
自分のことは、自分には見えにくいから。

〈終〉




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