神の作った芸術
先日、千葉の犬吠埼に行きました。
風が強く、波も荒かったですが、引き潮のタイミングだったこともあり、波打ち際は、岩肌がむき出しになっていました。
「自然は神の作った芸術」
真っ先にこの言葉を思い出しました。
前日に知った言葉です。
ロダンの言葉だそうです。
人は言葉と二度出会うといいます。
一度目は、単に知識として、本や他人の発言から出会います。
そして二度目は、自分自身の体験を通して、
「ああ、あの言葉はこういう意味だったんだ」
という感動を伴う出会いです。
この日、目の前にあった岩の姿はまさに「神の作った芸術」だと納得させられるものでした。
おそらく、この姿は、何億年、何十億年、ずっと遡れば、宇宙の始まりのときから、波や風、その他の無数の要因が連続的に積み重なった結果なんだと思います。
しかも、これが完成形ではなく、この先もこれまでと同じように、神様の創作活動は果てしなく続いて行くんだと思います。
この日、あまりの美しさに、つい、岩に触れてしまいました。
100年後、200年後、1000年後•••この岩がどういう姿に変化しているのか、自分が見ることはありません。
ただ、自分がこうして触れた岩の未来と触れなかった岩の未来はきっと違うはずです。
同じように、この日、こうしてこの岩に出会った自分の未来と出会わなかった自分の未来もきっと違うはずです。
「自然は神の作った芸術」
その創作活動に自分自身も関わり、その創作活動の中で、自分もまた創作されているんだと感じました。
自分自身や自分の人生もまた神様の作った芸術なんだと思います。
帰り道、もう一つ別の言葉を思い出しました。
弟子になって間もないころに老師からいただいた言葉です。
「大丈夫、なるようになるから」
神様の創作ですから、自分なんかが心配するのは、おこがましいのかもしれません。
宗慧
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