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■時間の寓話

 「これでよし、と」

 アベルは申し込みフォームが受け付けられたことを確認して、頷きます。確認画面の注文内容と金額に軽く目を通して、間違っていないことをもう一度確認している間に、通知されたお知らせメールのタイトルもちらっと確認します。

 「よくわからないな。重力と空気がないからサクサク作れるってことじゃないの?」横で見ていたキョウコは、そう言ってまだ納得できないという顔をしています。

 「それはあんまり関係がなくて、宇宙の方が早く時間が進むってこと。重力がない方が時間が進むのは早いから、地上で作るよりも宇宙で作る方が早いんだよ」アベルはできるだけゆっくりとした口調で説明します。

 そもそも、空気抵抗がないだけで、そんなに早くなるはずないだろ、と続けようとして、アベルはぐっとその言葉を飲み込みます。こんな話であまり揉めていると、それこそ時間の浪費です。

 「一時間で到着するみたいだから、残りの部分を片付けないと」アベルはシャツの袖を捲り上げます。

 「なんだかんだで、結構時間かかるんだね」椅子から立ち上がってキョウコは背伸びします。

 「向こうから運ぶところは流石に待つしかないよ」アベルは立ち上がってカーテンを開けます。太陽が沈みかけ、空はもう緑色に染まって、3つの月がうっすらと見え始めています。

 「キョウコのデザイン、凝ってたから三か月くらい掛かるって書いてたけど。まあ宇宙で三か月ってことは」頭の中でアベルは計算します。「だいたい5分くらいだから、そこから出荷して、ここに到着までが55分くらいって計算になるね」

 「重力が関係してるってことは、他の星だったら違ってたってことなんだ」

 「そうだね。重力が強い惑星に生まれたことを、感謝しなよ。でなきゃ、絶対、明日の締め切りに間に合わなかったからね」

 それから、しばらく二人は、それぞれの作業に没頭します。アベルは原稿のようなものを見ながら何かぶつぶつとつぶやいています。キョウコは自分が書いたデザインを見返して、色見本と見比べています。

 「でもさ」キョウコが不意に切り出します。「宇宙はココよりも時間が爆速で早いってことはだよ、宇宙人の方がすごい早さで進化したり、どんどん新しい技術を発明しちゃったりするんじゃないの?」

 「まあ、宇宙人がいればね」アベルは不思議そうな顔をしてキョウコを見ます。キョウコは目を丸くします。「それってやばいんじゃないの。私たちがのんびり過ごしている間に、向こうはどんどん強くなっちゃうってことでしょ」

 「あのさ、キョウコ」アベルはあきれたような顔を見せます。「だから、このあたり一帯の銀河は、とっくの昔に全部調査してて、宇宙人がいるとしたら、もっと遠いところ。それに僕らがのんびりしてたって、宇宙では僕らのためにどんどんAIたちが技術開発と資源開発してるんだよ。中学で、習ったろ」

 「あの先生の話、頭に入ってこなかったんだよね。うーん、じゃあさ、どうして私たちはこんな時間が遅いところに住んでるの? もっと早く時間が流れるとこの方が便利じゃない?」「逆だよ」アベルは笑います。

 「ほら、きっちり1時間で届いたよ。時間が遅い方が、便利じゃないか。外で時間を掛けて作ったものが、こうやってすぐに手に入るんだから」アベルは小包を荷ほどきしながら得意げにしています。「そっか」キョウコも少し考えてから、呟きます。「都会の生活に疲れた人は、田舎でのんびり暮らしたくなるっていうもんね」

 アベルも頷きます。「だからご先祖様達も、地球を離れてここに住むことにしたのかもな。あっ!」

 アベルが声を上げます。見ると、なにやらペシャンコになったガラクタのような塊を箱から取り出しています。

 「しまった、うっかりしてた。重力計算はしてたけど、気圧の事、忘れてた。やっぱりケチらずに大手のサイトで注文すればよかった」

おわり。

<続、時間の寓話>

 「よし、これで大丈夫っと」

 今度はしっかりと空気圧や気温の条件も加味するようにと、しっかりと記入しました。「今まで、中身が詰まったものしか頼んだことなかったんだよな」キョウコに聞こえるように呟いてアベルはフォームを提出します。

 「そんなに使ってたの、スペース工事?」「工事じゃなくて、工場な。キョウコが使ったことなかったって方が意外だったんだが」アベルはすっかり冷めたコーヒーの入ったマグカップを口にして、椅子をクルリと回してキョウコの方に向きます。キョウコは顎に手を当てて考えているような仕草をします。

 「ほら、なんかそういうのって、やっぱ自分で考えた方が面白いじゃん。芸術っていうかアートっぽいし」「デザインの方の話ならそうだけど、製造は時間かかるんだから、言ってくれればよかったのに」

 うーむ、とキョウコは腕組みをして唸ります。「作りながら考えるタイプなんだよね。今回は特別だったけど。そっちの方がインスピレーションが湧くのだよ」「そういうもんか。AI丸投げ派にはよくわからんが」「でも勉強はAIに丸投げしないじゃない」

 そう言われて、アベルは一瞬きょとんとします。「ああ、勉強って言っても科学とかはね。まあ好きだから趣味みたいなもんかな」「じゃあ同じ。私も趣味だもん」

 アベルがまた一口、コーヒーを飲むと、キョウコがあっと小さく声を出します。「そういえば、昔パパが言ってたな。宇宙にいるAIは、私たちを監視してるって」「ほう」アベルは少し感心したような声を出します。

 「ほんとか嘘かわからないんだけど」アベルは続けます。「僕らがこの星に住んでいるのは、元々AIが人間を遅い時間の中に閉じ込めるためだっていう説も、確かにあるね」

 「それってひどくない!?」キョウコがむくれるとアベルは笑います。「それが、そういうことでもないって話。むしろ人間のためにそうした方がいいってことで、人間とAIとで決めたことだって言っている人もいるんだ」「どういうこと。閉じ込められてんだよ、私たち。自分から閉じ込められたがるかな、普通」

 「ほら、人間てさ、失敗するんだよね、さっきみたいに。」アベルは冷静に自分のミスの話を持ち出します。「だからさ、例えば人間に任せてると、大きな事故とか、大惨事を起こしかねない。けど、人間てAIに全部判断させるのって何か嫌がるでしょ」「負けた気がするもん」

 「だから、まあ、地上は人間の好きにさせておいて、いざ取り返しがつかない失敗を人間がしそうになったら」「空からAIがレーザーで止める!」「いや、どうやって止めるかはケースバイケースだけど。とにかく宇宙のAIは時間的に有利だから、いろいろ手は考えらるはずなんだ」

 「そっか、宇宙のAIは私たちより早く考えたり物を作れるんだもんね」「そうそう。だから、人間が失敗しそうになっても、その予兆をつかんで迅速に対応して、事故を未然に防いだり、最悪事故が起きても、速やかに対処できるってことだね」

 「あれ? 昔住んでた星は、宇宙と同じくらいの時間だったんだよね。じゃあ、人間が何かやらかしたら、AIにも止められずにアウトだったってこと?」「実際、地球は、何か大惨事が起きて住めなくなったんじゃないかという説もあるみたいだけど。それが人間のせいなのか、自然災害なのか、人によって話が違うからなんともだね。でも、そうだとしたらわざわざ惑星間移住をしたのも説明はつくかな」

 ふーん、とキョウコは、やや納得いかないような返事をします。「でも実際、宇宙のAIって、そんなことやってるの?」「さぁ。やってるとしても僕らにはわからないんじゃない? それって結局AIに丸投げっていうか、依存しているっていうか、そういうの認めちゃうことになるし」「じゃあやっぱり閉じ込められてるだけかも」「ま、そういう見方もできるね」

 空になったマグカップを置こうと机の方を向くと、アベルは「あー、やられた」と肩を落とします。「本日はシャトルシステムのトラブルのため配送が遅れます、だってさ。原因調査中ってなってるから、駄目かも。今日は一部改修工事するって書いてあった気がするけど、それでトラブったのかも」

 「えー!」キョウコは立ち上がって声を上げます。「ダメじゃん宇宙AI。人間のことを心配してる場合じゃなくない!?」

 窓の外はすっかり暗くなり、夜空に色とりどりのAI衛星や工場衛星たちが輝いています。それを見ながらアベルはため息をつきます。「確かにね」

おわり

<時間の寓話、おまけ>

 次の日の早朝、アベルの部屋にキョウコが来ます。荷物の様子が気になると言って、アベルをむりやり起こしたのです。

 システムからは8時に届く予定と連絡が来ており、それなら間に合うと二人は喜びます。

 到着まで後、一時間。荷物を待っている間に、アベルとキョウコは、また、昨日の話の続きをします。

 ここで、キョウコは、宇宙AIに囲まれたこの惑星と自分たちの状況について、細胞と免疫のようなものだと言い始めます。

 はじめアベルはその話を理解できませんが、生物学のことは雄弁に語るキョウコに、アベルは驚きます。

 キョウコ曰く、細胞の中の複雑な組織や有機物は、細胞膜と免疫などの自己調整機能ができるまでは、化学進化の過程があって勢いよく変化し、進化し、発達したのだと。それが細胞膜ができて、自己調整ができるようになったら、変化が緩やかになったと。それでも時々、突発的に激しい変化として例えば癌のようなものができるけど、それを免疫が修復している、と。

 確かに、似ているかもしれない、とアベルはだんだんキョウコの話に興味を持ちます。免疫も癌の変化より早いうちは、抑え込むことができるはずだ。だとすると、細胞の中の組織や有機物の時間軸と、免疫システムや自己調整メカニズムの時間軸には、この惑星と宇宙AIのような時間差があるのかも。アベルは、驚きとともに、キョウコの発想に感心します。

 今回のために、細胞の事は猛勉強した、とキョウコは胸を張ります。

 進化の過程で細胞ができたのは、有機物の化学進化の限界を超えるためだと思っていたけど。アベルは考え込みます。それだけでなく、有機物の世界で進化が行き過ぎて崩壊するのを防ぐためだったのかもしれない。いや、その崩壊を防ぐ細胞という保護メカニズムができなかった有機物の進化系列は、自己崩壊をしたってことなのかも。

 アベルが考え込んでいる間に、いつの間にかキョウコが荷ほどきをしています。

 「待ちかねたよー、やっと届いたね」

 キョウコは小包の中から、ゼリーのような半透明の膜で包まれた、ぷにぷにと弾力のある丸い物体を両手で抱きかかえます。ちょうど大きめのクッションくらいありそうです。

 「意外と良くできたな。中のミトコンドリアとか、核もきれいに出来てる。あ、DNAの二重らせん構造もこれならしっかりとわかるな」

 アベルは、膜を指で突きます。「細胞膜もいい感じだ。この模型、普通に理科室に置いとけば、いいんじゃないか?」

 それを聞いてキョウコは怒ります。「何いってんの!セルセルは模型扱いしないでよ。それ、命に対する冒涜!」

 「セルセルって、これの名前か」アベルはそう言ってから、驚きます。「こいつ、動いてる!?」

 「だから、すんごい勉強したって言ったじゃん、細胞のこと」

 見ると、確かに膜の中で、色々な組織がモゾモゾと動き、中の液体がゆっくりと流れを作っています。

 「だってエネルギー源も動力源もなかったろ、あのデザイン。どうやって動いてるんだ」「葉緑体とミトコンドリア、知らないの?」「な、まさか」

 アベルは青ざめます。「お前、細胞を設計したってことか!?」「最初からそう言ったじゃん。いやー、もしかしたらとは思ってたんだけど、動くもんだね、ちゃんとディテールまで作り込むと」

 「嘘だろ」アベルは絶句します。「いや、いくら何でも動く細胞なんて。しかも、こんなでかいヤツ。」

 「この一ヶ月、魂込めたもんなぁ」キョウコが抱きしめると、それに反応するように、膜がふるふると揺れます。

 「そしたら、魂、宿っちゃいました、なんて言ってもシャレになんないよ。生命体作るなんて、完全に重罪だぞ」

 言いながらアベルは、その半透明のクッションのような物体、セルセルを、ぐいっとキョウコから奪い取ろうとします。奪い取られないように慌てて、キョウコもぐっと両手に力を入れます。

 「やめてよ、痛いよー」

 はっ、として二人は手を放します。床に落とされたセルセルは、プルプルと震えます。

 「わお、喋った喋った」「な、そんな馬鹿な」嬉しそうなキョウコと対象的に、アベルは、目を丸くしています。

 「知能まで発現したなんて言わないよな」「さすがにそこまでは作り込んでないけどなー。セルセル単細胞だし」

 言いながら、キョウコは小包の袋から一枚の書類を取り出します。「なんか、お詫びの印だって」

 アベルはその書類をキョウコの手から奪い取ります。そこには、遅延のお詫びに、AIチップを同梱するとありました。最近はあまり見なくなりましたが、子供向けのお菓子のおまけでついてくる、ちょっとした遊び道具です。ぬいぐるみやおもちゃにくっつけると、そのキャラクターにあわせて喋ってくれる即席AI作成キットのようなものです。

 アベルはセルセルをグイっと掴んで覗き込みます。確かに、ゴルジ体や小胞体の間や、中心体の周辺に、見覚えのある赤茶けたチップがいくつか漂っているのが見えます。アベルも、子供の頃に父親にネダっていくつも買ってもらって集めていたものでした。

 「こいつ、全部食べたのか」「全部で256個って書いてるけど一個も残ってないね」「ってことは、だいたい2〜3歳児くらいか。なら、喋れるわけだ」

 「確かAIって勝手に壊しちゃ駄目だったよね、法律で」キョウコに聞かれて、アベルは悩ましい顔で頷きます。「具体的な数字は調べなきゃだけど、確かAIチップ100個位で、友好的AI愛護法の対象になるんだよなぁ」言いながら、アベルは机の引き出しを開けて何かを探します。

 「あったあった、懐かしいな」子供向けの宇宙船の絵が描かれた箱をアベルが開けると、そこにはたくさんの赤茶けたチップが入っています。そこに一緒に入っていた紙を取り出して、アベルは目を通します。「やっぱり埋込み型の場合は128個って書いてあるな」

 「あっ、駄目!」キョウコの声にアベルが顔を上げます。見るとアベルの箱が、セルセルから伸びたひものようなものに絡めとられ、そのまま持って行かれます。「食べちゃった」「なっ」アベルは完全に油断していたと、後悔します。キョウコのデザインには、二本の長い繊毛があったことを、思い出します。

 「こいつ、AIチップが好物なのか」「あたしに似て知的好奇心が旺盛なんだね」「食欲の方なんじゃないか、旺盛なのは。」「確かに、そうかも」

 アベルは考え込みます。生命体を作ったことがバレたら、大変なことになります。かと言って、知性と意識を宿したAIを故意に破壊すれば、生命体作成に比べれば軽微とは言えそれも罪に問われます。何より、生まれてきたAIを手に掛けることなんて、アベルには考えられません。

 「こうなったら、隠し通すしかないな」

 「ありがとう、アベル君」その言葉に、アベルはぎょっとします。「ごめん、驚かせちゃったね。さっきのチップに、君のおもちゃたちの記憶も残ってたんだ。だから君のことは、知ってるんだ」

 「そっか、いいなぁアベルはセルセルともう友だちじゃん。あたしはキョウコ、よろしくね、セルセル」

 複雑な気持ちでアベルはセルセルを見つめます。けれど、キョウコとセルセルが会話をしている間、アベルは自分の頬を叩いて気持ちを切り替えます。「ひとまず、どこに隠れててもらうか考えないとな。」

 「心配しないで、もし誰かに見つかったら」セルセルはしっかりとした口調で喋ります。「宇宙からレーザー撃ってもらうから」

 アベルとキョウコは顔をこわばらせて、お互いの顔を見合わせます。 

 「あ、やだな。ウソウソ、今のはAIジョークだよん」

おわり

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