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「天国に一番近いアイドル」こと、二人合わせて126歳の「myunとyayo」のライブにお邪魔してきました。

「天国に一番近いアイドル」こと、myunとyayoのライブにお邪魔してきました。

◆myunとyayoがよくわかるYouTube動画
「夢は元気の源です」2人合わせて125歳!“天国に一番近いアイドル”「myunとyayo~」【ゲキ推しさん】|TBS NEWS DIG
https://youtu.be/65kBfSSNWBs?si=Ra2rXtAy1bcOiA0K

◆myunとyayo公式サイト
https://office-myun.jp/

介護の仕事で知り合った男性がmyunとyayoの親衛隊に入っておられて、音源をいただいたりしたのですが、何よりも興味を引かれたのはお二人が僕の1つだけ年上だ、ということでした。

しかもなんと、僕が中学生時代にどっぷりハマっていた岡田奈々さんの「青春の坂道」をカバーされていたこと。奈々さんは当時、「俺たちの旅」で中村雅俊さんの妹役で出演するなど、アイドルとしてはど真ん中よりは少し役者寄りな位置付けだった記憶があり、そんな奈々さんの曲をカバーされているというのが、よほどの昭和アイドル歌謡マニアなんだろうな、と感じたことです。

僕自身は、小学校時代に音楽部の友人で音楽一家に育った斎藤聡という男(斎藤ネコさんの弟)と仲良しで、小学生にして「バート・バカラックいいよな」とか、「筒美京平のストリングスアレンジは見事だよね」なんていう話をしていたのです。

で、そんな斎藤くんの影響でFM東京の土曜日午後にオンエアされていた「歌謡ベストテン」は必ずエアチェックして聴き込み、その後の「ポップスベストテン」は飛ばして、その後にオンエアされていたすぎやまこういちさんの「サウンド・イン・ナウ」内における「カラオケ・コーナー」は絶対にエアチェックしてコレクションしていました。

このコーナーのすごいところは、まだ「カラオケ」という文化は無く、さらに歌手の歌が録音されていない「カラのオケ」など、絶対に聞くことができなかった時代に、アレンジャーという立場から「編曲」の重要性を世の中に伝えよう、という思いから実現してくださっていたのだと聞いたことがあります。つまり、その後のカラオケブームの火付け役となったのが、まさにこの番組のこのコーナーだった、ということなのです。

ちなみに番組でかかるカラオケは、視聴者からのリクエストに応えて流すのですが、なんと小学生の加藤昌史少年は「麻生ようこの『逃避行』」をリクエストして採用された、という輝かしい過去があります。

そんなこんなで、1970年代の歌謡曲に関してはオタクレベルで詳しかったのでした。

ちなみに小学生時代の僕のアイドルは、沢田研二さんと天地真理さんでした。

で、ここで話は元に戻ります。
myunとyayoのお二人のレパートリーは、女性ボーカルですから当然ながらジュリーやヒデキは無し。ですが、本当に多岐にわたるマニアックな歌謡曲をカバーしていらっしゃったのです。しかも、カバーした音源を聴くと、アレンジや音の作り方が、もうオリジナルそっくり。myunとyayoのアレンジャーも、相当な歌謡曲オタクであることがわかりました。

CDはもちろん、YouTubeでも徹底的に彼女たちを研究してライブ当日に臨んだところ、なんとご本人たちが受付の横で物販してるじゃないですか!!どぎまぎ!!
動画で見ていたときにも思いましたが、お肌ぴちぴちで年齢不詳。少なくとも63歳には見えませんでした。僕もよく40代に間違われますが、このお二人もきっとそうだと思います。

最初は混雑していたので遠慮したのですが、しばらくしてロビーに出てみるとなんと知人とミュンさんヤヨさんだけしかいない、というラッキーな場面に遭遇し、新曲のCDを購入してサインまでしていただき、さらに写真も一緒に撮ってくださいました!!

会場は、銀座のビルの7階にある、ライブレストラン、という感じの落ち着いたところ。座ってじっくり楽しめるという、素敵な空間でした。

席に着くと、親衛隊の隊長さんに紹介していただきました。劇団をやっていた、と自己紹介すると「えっ、どこ?」と。なんと隊長さん、某新劇の劇団に所属されていた、とのことで、キャラメルボックスのこともご存知で、観たこともある、と。あーびっくり。

そしてライブ開演。1曲ずつ解説していきたいところですがさすがにやめておきます。で、休憩を挟んでオリジナル曲も含めて20曲以上を、息切れすることもなく(笑)、ぴちぴちしたまま歌い終えられていらっしゃいました。

ちなみに、僕が知らなかった曲は、「ザ・ピーナッツのデビュー曲」とおっしゃっていたヤツだけで、あとは全部知ってました。

そして驚異だったのは、専門の司会者がいらっしゃり、それがまた玉置宏さんか高橋圭三さんか、ってくらいの名調子で惚れ惚れ。さらにバックバンドの皆さんも凄くて、特にドラムのチューニングがまさに昭和歌謡を体現していらっしゃるような感じでした。

で、myunとyayoのお二人ですよ。
年齢をネタにしたトークも最高に楽しいのですが、強引とも言える煽りも、中高年がキャイキャイしたくなるようなものばかり。そしてそれに応える親衛隊の皆さんもまた、ノリノリなのにやり過ぎずやらなさ過ぎない見事な連携プレー。

終わってみて感じたのは、お二人が心の底から楽しそうだった、ということ。そして、お客さんを一人残らず楽しませてやる、というショーマンシップに満ち溢れていた、ということ。僕は、座っていた位置のせいで主にヤヨさんを注視していたのですが、一瞬たりとも素に戻ったりすることなく、100%笑顔。ずっと可愛い。……これはなかなかできることじゃないですよ。もう、プロのアイドルです(←そうだっつーの)。

見ながらずっと考えていたことは、若い頃にアイドルや女優を経験したものの一旦引退し、子育てを終えて50歳を過ぎたところから再びアイドルを目指した、というその原動力はなんだったんだろう、ということ。

僕自身、58歳で演劇活動をやめた後、スパッと「これからはこれをやる」と決めることができない日々を5年も送ってきました。途中にコロナ罹患と後遺症の日々が挟まりましたが。

しかしお二人は日々鍛錬を重ねて63歳にして全くかすれない若々しい歌声をキープし続け、満席の会場を沸かせ続けていらっしゃった訳で、結論としては「覚悟が違う」ということに落ち着きました。

年齢を言い訳にせず、前だけを見て歌い、笑わせ続けるエネルギー。

終演後ロビーで、思わず「勇気をいただきました」とお声がけさせていただいたくらい、「オレもまだまだやれるはず」という気持ちがふつふつと湧き上がっていることに驚きました。

ミュンさん、ヤヨさん、司会とバンドの皆さん、親衛隊の皆さん、本当にありがとうございました!!

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