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Fate/Revenge 15. 聖杯戦争五日目・昼──願いのある場所-①

 二次創作で書いた第三次聖杯戦争ものです。イラストは大清水さち。
※執筆したのは2011~12年。FGO配信前です。
※参照しているのは『Fate/Zero』『Fate/Staynight(アニメ版)』のみです。
※原作と共通で登場するのはアルトリア、ギルガメッシュ、言峰璃正、間桐臓硯(ゾォルゲン・マキリ)です。
※FGOに登場するエンキドゥとメフィストフェレスも出ますが、FGOとは法具なども含めて全く違うので御注意下さい。

     15.聖杯戦争五日目・昼──願いのある場所

 昼下がりの伯林ベルリンは人っ子一人いなくなっていた。ナチの命令は絶対で疑うことは許されない。アルトリアが数日を過ごしたホテル・アドロンも従業員にいたるまで一人もいない。静かなホールでタペストリーを見上げ、アルトリアはため息をついた。
 首には美しく繊細な緑の石の首飾りが下がっている。
 そこからは今も明時あきときの、そして英雄王の魔力がアルトリアに流れこんでいた。一晩の間に彼女はかなり回復したが、カスパルの様子は戻らなかった。孔雀島での戦闘が彼の限界点だったのだ。
 監督役言峰ことみね璃正りせいの判断で聖杯戦争は再開された。
 教会の管理を解かれ、カスパルは単独行動に戻された。彼は慣れたホテルの部屋に帰り、ぼんやりと微睡んでいる。こういった状況でサーヴァントはあまりマスターから離れるべきでない。頭では分かっている。だが残ったサーヴァントは一体のみであり、そのマスターは昼間に堂々と戦いを仕掛けてくるような筋違いの行動はとらないだろう。ただ待っていても確実に今宵、聖杯戦争は決着するのだ。
遠坂とおさかの魔術師であれば、聖杯戦争のルールは守るはず」
 自分が少しばかりいなくなっても、カスパルが攻撃される可能性は低い。
 この首飾りを返したい。
 アルトリアはじりじりとした焦燥感を感じていた。この首飾りがかかっているかぎり、かの英雄王に支配されているような感覚が消えない。彼は自分がいる場所や状態が分かるだろう。そう思うと気持ち悪くて仕方がない。
 やっぱり返そう。
 決めて彼女が振り返ると、アドロンの古風な硝子ガラス扉を開けて、見知らぬ男が入ってきた。
 亜米利加アメリカ風に裾の長い上着ジャケットは生成の麻で涼しげだ。艶やかな金茶のヴェストをつけて、パリッと白いシャツ。襟元をくつろげた喉元から腹にかけて幾重にも細い金鎖がかかっている。スラックスはヴェストとお揃いの光る布地だ。靴も白いスエード革のデッキシューズ。まるっきり夏の装いだ。
 そんな装いを圧して輝くような顔立ちは見忘れようもない、あの王だった。
 昨夜は逆立つようになびいていた金髪がふわりと下りていて別人のように見える。猛々しい男だったのに、上品で優しげにさえ見えるではないか。
「捜したぞ。よい住まいではないか」
「き……貴様、何をしにきた」
 身構えてしまうアルトリアに英雄王が屈託のない笑みを浮かべた。
「酒でも飲まぬか。退屈で死にそうだ」
 ぽかんとアルトリアは見上げてしまう。この男は何を考えているのだ。酒を酌みかわすような仲ではあるまい。咽喉まで出かかった言葉を押さえ、アルトリアは渡りに船と、首飾りをはずして握りしめた。
「ちょうどよかった。私も貴様に話があったのだ」
「ほう。それは奇遇だ。申せ」
「これを返したい。このような宝を故なく受け取ることはできぬ」
 アルトリアが首飾りを差し出しても、彼は受け取ろうとしない。穏やかにセイバーを見つめた。
「それはオレが賜わしたのだぞ。故なき下賜ではない」
「だが、今宵にも私と貴様は戦うのだ。それなのに貴様とそのマスターから魔力の供給を受けるなどと、そのように卑劣な行為をとるわけにはいかぬ。首飾りの貸与には深く感謝する。だが、これは受け取れぬ」
 気持ち悪いのだ、これがあるというだけで!
 差し出すアルトリアの手は微かに震え、上げていたはずの可憐な顔は俯き、いつのまにか身体に力が入り、硬直していた。震えるアルトリアの肩にギルガメッシュの視線が降りる。
「……気に入らぬか」
「そういうことではない。私は騎士として、敵に塩を送られるようなことはしていない。戦う相手に憐憫をかけられるなど、もってのほか。私の誇りの問題だ」
 アルトリアの言葉に英雄王が小さく笑う。
「面を上げよ、セイバー」
「……」
 顔を上げろと言われたのに、アルトリアはますますきつく俯いてしまい、肩の間に小さな頭がめりこみそうだ。だが、その耳元、顔の隣にさらりと垂れる金髪を誰かが揺らした。
「うむ。よい。これでよかろう」
 英雄王の言葉にアルトリアは薄く目を開く。両の耳にあの耳飾りが下がっているのが分かった。小さな手を伸ばし、目の端で揺れる耳飾りに触れる。右にも左にも、世にも稀なる美しい飾りが下がっていた。
 魔力供給が止まっていた。
 首飾りと耳飾り、二つながらアルトリアが手にした今、アサシン陣営からの魔力は届かなくなったのだ。あくまで魔力が供給されるのは首飾りと耳飾りを違う人物が持ち、その間に魔力量の不均衡があるときなのだ。
 アルトリアは慌てて耳飾りを外そうとした。
「そのままでおれ。オレの前で外してはならぬ」
 英雄王が高慢にあごを上げる。
「首飾りもつけよ。どうだ。これで文句はあるまい。昨夜の操縦は見事であった。あれほどにヴィマーナを操ってみせたのは我が友以来よ。その褒美だ」
「いや、でもっ」
 振り仰ぐアルトリアに英雄王がにやりと笑う。
「さあ、話とやらを聞かせるがよい。まさか今のが、そうではあるまい?」
 顔は笑っていたが、目が笑っていなかった。彼はどうあっても自分と話す気だ。逃げ出してしまいたい気持ちと、そうするのは危険だと思う理性と──セイバーはじっと、あの目を見上げた。
 視線が合うと、かの王は嬉しそうに微笑んだ。
「つけよ。揃いで似合う者がつけるのはオレも見たことがないのだぞ」
 アルトリアの手がはたと止まる。この世の全ての富と快楽を享受したと言われる英雄王。彼も見たことのないものを見せつけることができるなら、それは悪い話ではないのではないか。この傲慢な男を喜ばせようというのではない。黙らせてやれるなら、実に痛快ではないか。
 アルトリアは剣を執るような緊張感で、自ら外した首飾りを再びつけた。
 そのあいだ英雄王はわずかも目を逸らさず、ただ見つめていた。
 アルトリアは首飾りと耳飾りにさらりと触れて落ちないか確認する。それから、にやりと笑って見上げた。
「どうだ。がっかりしたであろう? 私はずっと男として生きてきた。貴様の眼鏡に適うものか」
「とんでもない。そなたは麗しい。我が床に侍れ。美しき娘よ」
 また、あの赤い目がじっとアルトリアを見つめている。そう、アルトリアだけを。
 アルトリアはかっと頬に朱を昇らせた。
「貴様は頭がおかしいのか!? 我らは今宵にも死合おうという間柄だぞ。だいたい、貴様は女と見るや、誰にでもそのように言うのであろう」
オレの目を節穴と侮るか。オレはその価値を認めたものしか愛でぬ」
 ギルガメッシュの声が冷える。だが目はいっそう粘るようにセイバーから離れない。
「そなたは、おのが美しさを知らぬのだ。オレがそなたに教えてやろう。来よ」
 アルトリアは自覚していた。
 自分が彼を怖れていること。そして彼に対して後ろめたい気持ちがあること。
 昨夜、アルトリアは結局、アサシンたる彼を利用したのだ。自ら倒そうと思えば倒せた敵を英雄王に倒させた。
 放っておいても英雄王は自負からアンリ・マユを倒しただろう。それまでの間に多くの破壊と殺生が行われたとしても。
 だがアルトリアは自分がやったと考えてしまう。
 このような小細工、したくはなかった。だが……
 アンリ・マユを倒しても聖杯が残っている。あれを破壊するまで死ぬわけにはいかない。心底から消えてもいいと思う反面、聖杯を壊さねばならぬと祈るように思っていた。
 私は自分の願いのために、彼を利用したのだ。
 なんという汚い行為だろう。騎士のすることではない。
 英雄王が長いジャケットの裾をふわりと浮かせて、レストランの方へ手をのべた。
案内あないせよ。酒と肴を用意するがいい。王の酒宴に相応しき美味をな」
 上にはカスパルがいる。遠坂明時はともかく、この男はカスパルを昼間に殺すことを何とも思わない。
 アルトリアは盛大にため息をつき、それから先に立って歩き出した。
「貴様を野放しにするとホテルを荒らすだろうからな。ここの従業員は私によくしてくれた。迷惑をかけるのは気が進まぬ故、案内するのだ。勘違いするでないぞ」
「愛い娘よ。そなたの誠心からの奉仕を忘れはせぬ」
「だから違うと言っとろうがッ」
 アルトリアが振り返りざまに怒鳴っても、彼は一向お構いなし。足取りも軽くアルトリアについてきた。


 アルトリアはいつも夕食をとるとき、給仕たちが通っていた扉を開けた。そこは表とは全く違っていて薄暗い通路が連なっている。明かりをつけて進むと広い厨房があり、食料品の入った棚が連なっていた。壁には磨かれた銅鍋がずらりとかかっている。その奥、細い通路の前にワイン専用のキャビネットがあり、たくさんの瓶が入っていた。
 無造作にアルトリアはそこから瓶をとろうとした。
 だがギルガメッシュが、すっと横を素通りする。
「何をしておる、セイバー。宝というのは奥にあるものだぞ」
「なっ」
 ギルガメッシュがすたすたと薄暗い細い通路に踏みこんでいく。彼はわりと早足でアルトリアは追いつくだけで大変だ。向こうは背も高く足も長いが、アルトリアの身体は十五歳の小柄な少女のままだ。それでも通路が狭すぎてギルガメッシュを追い抜けない。両側に氷を入れて冷やすタイプの酒庫があり、さらに奥に鍵のついた鉄格子の扉があった。
 ギルガメッシュは前まで行くと、鍵を無造作に靴で蹴り上げた。
「貴様! 何をする」
「そら、開いたぞ。セイバー」
 きいーっと小さな音を立てて鉄の扉が開く。アルトリアはあぜんとしたが、もう遅い。ギルガメッシュが埃を舞わせてセラーの中に入っていた。
「ほう。少しは期待できそうな気配ではないか」
 彼は鍵つきの収納庫に目をつけるや、軽く鍵をひねり落とした。
「これは三十年は経っているだろう」
 こんもりと埃のかぶった瓶を引き抜き、彼は瓶をくるりと回して埃を落とした。舞い上がる埃にアルトリアは顔を背ける。手で埃を散らすと、ギルガメッシュを睨みつけた。
「英雄王、ここの酒を盗むつもりか。それなら見過ごせぬ」
 緑の瞳で見据えるアルトリアにちらりと視線を流して、英雄王の細い眉がきゅっと歪む。
「たわけ。オレが盗みなど働くと思うてか」
 ギルガメッシュは瓶をごとんと棚に置くと、手のひらを下にして、ぱっと右手を開いてみせた。すると全ての指に金細工の指輪が嵌まっていた。アルトリアは瞬きする。白く長い指に指輪はなかったように思う。だがギルガメッシュは平然と中指の大きな指輪を外すと、無造作に埃のたまったワイン棚に放りこんだ。赤い石の嵌まった大きな指輪だ。瓶を下げ、目を伏せるようにアルトリアを見下ろす。
「文句はあるまい。そなたもとれ」
 剣呑な目つきで睨んでも、彼は平然とアルトリアを見つめ返す。アルトリアは居心地が悪い。ギルガメッシュが金髪を揺らしてラベルを見つめる。
「ふむ。白か。これは甘口のワインだぞ。そなたの口にも合おう」
「私は辛口の方が好きだ。せ、せっかくだ。これを頂く」
 アルトリアがひょいと棚から抜いたのは古いシャブリだった。彼女は価値を知らずにとったが、その行為が英雄王を満足させた。
「赤も持て。その辺りにあるであろう。肴も任せる。とく来よ」
 ギルガメッシュが十九世紀の貴腐葡萄酒トロッケンベーレンアウスレーゼの瓶を下げて出ていく。
 アルトリアは自分が悪いわけでもないのに、何故かほっとした。
 仕方なく、酒庫から赤ワインの瓶を二本失敬し、続いて厨房に戻る。アルトリアは給仕の使うワゴンに様々なものを乗せた。なるべく散らかさないように必要なものを揃える。厨房に残っていたのは長期保存用の食品ばかりで、料理などは見当たらない。幸い、切りかけのパンを見つけたので、それを失敬する。
 それから、ゆっくりとワゴンを押してレストランに戻った。
 英雄王は窓辺の日当たりのよい席に陣取り、のんびりと外を眺めていた。給仕たちは多少慌てて退避したのか、レストランのテーブルには皿や食器が残っていた。
 ワゴンを見るでもなし、英雄王が微笑んだ。
「頃合いもよし。ワインの澱も落ちたであろう。そなたも座れ」
「ああ」
 アルトリアが無表情に頷く。彼女はギルガメッシュの前に置かれたマイセンの飾り皿の上に、ごんと大きな缶詰を置き、さらに彼の前に缶切りを横向きに置いた。テーブルの端にワゴンから生ハムの腿一本を支えごと置き、ハムを斬るためのナイフを下に置く。
 英雄王が不興げに眉を寄せた。
「何だ、これは」
「缶詰だ。知らんか。私は開けられるぞ」
 アルトリアは自分の分は雉のテリーヌの缶をとり、椅子を引いて清楚に座る。彼女はおもむろに缶切りを缶に立てて、きこきこと開けた。彼女がこんと缶詰を下向きにすると皿の上にテリーヌがぽんと鎮座する。アルトリアは優雅にナイフとフォークを取り上げ、すっとテリーヌを口に運ぶ。
「食わんのか、英雄王」
 ギルガメッシュが怒りとも呆れともつかない顔でアルトリアを見つめ、それから猛然と缶詰を開けはじめた。アルトリアよりも早く缶を開けると、満足そうに皿に中身をひっくり返してみせた。フォアグラと鴨のパテだ。
 アルトリアが自分でパンを切り分けると、意外なことに英雄王も自分でワインの瓶を開けた。存外、器用にコルクを抜く。
 途端、レストランに陶然とする芳香が漂った。杏、花梨、オレンジの入り混じった明るい薫りだ。
 思わずアルトリアが気をとられると、英雄王が微笑んだ。
「杯を出せ」
「……ああ」
 アルトリアがグラスを置くと、英雄王は自分より先にアルトリアのグラスに琥珀色の液体を注ぐ。いよいよ香りは華やかにたちのぼり、アルトリアの口元に淡い笑みが浮かぶ。
 ギルガメッシュは伏し目がちにアルトリアの顔を見やり、だがそれとなく見過ぎはせず、彼女の前にグラスを戻した。自分のグラスにもワインをそそぐと、彼はグラスを掲げてみせた。
「今宵の戦いに、とでも言えばいいか」
「それがいい。乾杯」
「ああ、乾杯」
 英雄王の笑顔をなんと言えばいいのだろう。屈託なく笑っていると思った。彼には、こんな顔もできたのかと驚いた。もしかしたら、これがランサーの前での彼なのかもしれない。ランサーの言いぶりだと、英雄王は実に奔放で愉しげに生きていたようだったので。
 ワインは透明感のある甘さとすっきりした酸、石のようなミネラルが感じられて、意外と呑みやすい。甘口だが、缶詰のテリーヌには合っていた。
「人払いすれば、麗しき街ではないか」
 ギルガメッシュが五月の光に洗われる街並みをぼんやり眺めた。いつもは賑やかなそこに、人の姿は全く見えない。本当にこの辺りには誰もいないのだった。アルトリアはとても寂しいと思う。
「私は人がいた方がいい。こんなのは死の街だ」
「よいではないか。我は有象無象が何人死のうと胸も痛まぬ。が、そなたは違う。そうだな?」
 ギルガメッシュの視線にアルトリアは口ごもる。自分と彼が街中で戦えば甚大な被害が出るのは目に見えている。自分はきっと、数日を過ごしたこの街の最も美しい区域を破壊するだろう。それを思うとアルトリアは自責の念にかられる。
 ギルガメッシュが再び外に目を向けた。
 巴里パリ広場の奥にあるブランデンブルグ門、このレストランからはよく見える。その門の下に隠しようがないほど巨大な聖杯──根源に至るための最終装置たる大聖杯が燦然と輝いていた。昼の光にも消えぬ魔術は奇妙で滑稽で、危険だった。
「あの杯は早、汚されておろう。あんなものを通って帰らねばならぬかと思うと虫酸が走るわ」
 口元を歪めて笑うギルガメッシュにアルトリアは目を奪われた。彼の言葉はアルトリアにあまりにも多くのことを想起させた。聖杯の巻き起こしてきた悲劇、それをめぐって相争う人々のたくさんの姿を。
「何ぞ訴えたき儀のあってか、はしため。不興げな顔でオレを見る」
 ひゅっと冷たい感触があって、アルトリアは咄嗟に身体を引こうとした。だが椅子に座っているので自由が利かない。
 ギルガメッシュが食事をするためのナイフでひょいと、俯くアルトリアのあごを上げさせていた。
 アルトリアの背に冷や汗が垂れる。これは刃もついていない紛いものナイフだが、テーブルの上には刃渡りの短いものだがナイフがあり、もっと言えば、この王は何処にいても何処からでも刃物などすぐに取り出せるのだ。
 彼はいつでも自分を殺すことができる。
 これが暗殺者アサシンの能力。
 アルトリアは認めなければならなかった。
 人質になっているのは私の方だ。カスパルではない。彼の目的は私。あくまで私なのだ。
「昨日から婢、婢と失敬な! 私は貴様の婢ではないと何度言えば分かるのだ!」
 それでもアルトリアが叫ぶと、英雄王は愉しそうに微笑んだ。彼のナイフがすっと離れる。
「だから先より言っておろう。我が床に侍るか? さすれば采女うねめに取り立てようぞ。神官になりたくば、それもよし。如何」
 アルトリアは喉元に手をあててギルガメッシュを睨み上げた。
「き、貴様とはやはり反りが合わん! 私を女と侮って無礼の数々、もはや許す範囲を越えておる」
「どこからどう見ても、女ではないか。何故に自らを偽る?」
 ギルガメッシュがナイフ片手に腕を広げて肩をすくめる。
 アルトリアはきょとんとした。
 誰にも面と向かって聞かれたことがなかった。
 これが……伝説のアーサー王!?
 貴方がアーサー王……
 あるいは無言で見つめつづける人々。
 アルトリアの生前から人々が『アーサー王』に期待するのは『男』だった。皆、最初は少女のアルトリアに驚くが、アルトリアが威厳をもって話しかければ疑う者はなく、さらに長く近くにあればあるほど彼らの敬意は深くなった。
 陛下は真にお歳をとらぬ。
 不死身のアーサー王だ!
 彼らの明るい笑顔がアルトリアの心を振り向かせなかった。自らが女性であることに対して目を向けずにいられた。
 そしてアルトリアが少女であっても、彼女はまぎれもなく王であり、また出会う人も事実を認める以外の反応は示さなくなった。それはカスパルでさえ同じだった。ましてや、自分を偽っているなどと、理想の権化たるアーサー王を糾弾する者はなかった。
 アルトリアはじっとギルガメッシュを見上げた。
 彼は柔らかな金髪に五月の光をまとわせ、憂えげに見つめている。洗練された仕草でアルトリアと自分のグラスに貴腐葡萄酒を注ぎ足す。彼は瓶の中身が三分の一ほどになっているのを見てとると、アルトリアのシャブリに手を伸ばし、面白そうにコルクを抜いた。
 アルトリアの頭に遠い昔の光景が蘇ってくる。選定の剣を執ろうと決めた、あの瞬間が。
「私の生きた時代、私の国は常に外敵にさらされていた。多くの異国の者どもが海を越えて攻めてきた。彼らは最初から略奪と暴力が目的だ。王が女となれば侮られる。私は男として即位する必要があった」
「おかしな話だ。そなたの国では女王は認められておらぬのか」
 このギルガメッシュの指摘はアルトリアを戸惑わせた。
「そうではない。しかし女性が王では何かと問題が起きる。婿をとれば国を盗られる。相手は善王かどうか分からぬ。ならば私が男として王位を守り、然るべき人物に引き継げばよい。第一、攻めかかってくる敵に我が国は強国だと思わしむるには、やはり男でなければならない。いくら私の勇名が轟いたところで、女となれば男は侮る。貴様とて同じ、違うのか」
 アルトリアの緑の瞳をギルガメッシュが愛おしむように見つめ返す。それはアルトリアの身体に悪寒を走らせ、だが目を逸らすこともできなかった。
 彼がさっと腕を街へと差しのべる。繻子のヴェストがさらりと光る。金の鎖がしゃらんと鳴った。
「そうして我を張った果てはどうなった。この国の惨状が、その答えぞ」
 こいつ、ブリテンが滅びたことを知っているのか!?

Fate/Revenge 15. 聖杯戦争五日目・昼──願いのある場所-② に続く


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