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ウェイバー・ベルベット──時計塔の探求者⑦Epilogue 東征への出立+ライナーノーツ

※『Fate/Zero』二次創作です
※『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿』『ロード・エルメロイⅡ世の冒険』ともに未読です
※『FGO』は未プレイです
※ライネスは男の子で、名前は同じだけど別人です
※登場するメインキャラクターはウェイバー、ギルガメッシュ、イスカンダル(ウェイバーと直接会うことはありません)です
※時計塔の描写は『Fate/Zero』の説明から逆算できるものにしています
※トップ絵は大清水さちさん https://twitter.com/sachishimizu に依頼しました


    エピローグ 東征への出立


 ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが救国の英雄アーサー王の手で彼岸に送られたことは、アーチボルトの一族にとって、あまりにも美しく、苦しく、悲しく、えある物語であった。
 ライネスから詳細を聞いたスリーテンは落涙し、言葉もなかったという。
 十一月初めの花火の夜ボンファイア・ナイトに向けて、ウェイバーも慣れない準備をしなければならなかった。
 まずウェイバーは自分の拠点となる住所をダグラス・カーの荘園の邸宅マナーハウスに移した。時計塔から去るわけではないが、ここの事務局を通してマッケンジー邸とやりとりするのはハイリスクと判断したからだ。そのせいでマーサからの航空便は二転三転し、ちょうどハロウィン前に届いた。
「どれ」
 昼下がりの部屋で開けてみると、中にはお洒落な箱詰めの菓子がたくさん入っていた。それからウェイバーのサイズに合わせたセーターやカーディガン。
おばあちゃんグラニーったら。もう子供じゃないんだからさ」
 箱詰めのお菓子は和風の包装で、それぞれ分かるように英語で記入した付箋がついていた。紅葉や南瓜の飾りがついた、おかきの箱をアーチボルト邸への手土産に分ける。箱の一番下に慣れ親しんだ煎餅の大袋が入っていた。
「やった!」
 迷わずビニールを開けて一枚、取り出す。
 ばりん。
 大きな音を立ててかじると、彼の声がした。
 おお、よいものを食しておるな。懐かしいわい。
「いいだろう。僕はいつでも食べられるんだぜ、ライダー」
 ううむ。口惜しくなどない!
「ははっ」
 くだらない話をしても彼との会話は特別だ。
 訪問先に合わせた服装も整えなければならない。学園の中と同じというわけにはいかないので、ウェイバーはスーツを用意した。
 紺のウールをシングルで仕立てたノッチドラペルのジャケット、シングルタックの大人しいボトム、穏やかな砂色の鹿の子柄のドビーシャツ。襟はレギュラーで、ネクタイもしっとりした紺と茶色のストライプにした。靴もしっかり黒のプレーントゥを用意。ショート丈のトレンチも買いこんで、とにかく、これで失礼な感じにはならないだろうと安堵した。
 いよいよ当日はライネスが同乗して、アーチボルトから車が差し回されてきた。
 時計塔の前に車が着くのはめずらしくないが、研究生とアーチボルトの暴れん坊が正装して乗りこんだとなれば、窓に人の顔が並ぶ事態となった。
「うっわあ」
 ウェイバーは後部座席で顔を覆う。
「これで明日、どうなるんだ、僕」
「師匠は堂々としてればいいっすよ。これで上層部も師匠に手を出しにくくなるってわけで」
「派手すぎる。貴族の世界、怖い」
「うち、貴族じゃないっすから!」
 てっきり、あのタウンハウスだと思ったのだが、その日はアーチゾルテの本宅──すなわちライネスの実家に招かれた。リッチモンドの向こうのテムズ河岸、緑豊かな地域で落ち着いた住宅街だ。イギリスの平均から見れば、この立地に庭のついた広い邸宅は充分に豪華だが、城ではなかっただけでウェイバーはほっとした。
 邸宅にはアーチボルトの一族が集まり、庭でパーティの準備を進めていた。ウェイバーは一同にライネスの個人的な師として紹介された。他にも客人はいて、ウェイバーばかりが注目されることはなかった。
 次に待っていたのはパーティどころか、実質的な家長会議であった。
 ブリギットも招かれており、今回の件の対策が最大の焦点だ。
 参加を許されたのはアーチボルトからスリーテン、アーチゾルテからはライネスと父であるフィンレイ、ブリギットとウェイバーだけであった。
 アーチゾルテ当主フィンレイの工房で話し合いが行われた。
 フィンレイはアーチボルトらしい、ごく色の薄い茶色の髪と青い瞳で、謹厳というより優しそうな人物であった。顔立ちもアーチボルト特有の細面ではなく、丸顔で印象が柔らかい。歳もスリーテンより若く見受けられた。
 小さなテーブルにぐるりと五人が座る。ライネスとウェイバーは窓の見える奥まった位置に並んで座り、大人たちが視界を遮るように向かいに並ぶ。密談どころでない雰囲気だ。
 全体的に美しい十九世紀風の館で、工房だけはバロックな雰囲気を保つおどろおどろしい空間だった。古めかしい魔導具や魔導書が積み上がっている。その城壁の中で声をひそめて話が進む。
「では、時計塔の異変について把握しているのはライネスと貴方だけなのね」
 スリーテンの確認にウェイバーは頷いた。
「個別に確認をとったわけではないので上層部に関しては何も言えませんが、生徒たちはそうです。また学内で勤務する職員たちも同様です。アーチャーの術が固定されています」
「まあ」
 スリーテンとフィンレイが顔を見合わせる。それは通常であれば考えられないことだった。時計塔が魔術的に中庸でない状態であるというのは、本来であれば対処すべき事態である。
「要するに、うちとダグラス・カーしか知らないと考えていいことになりますかな。これは」
「表向き、それは守られるかと」
 ウェイバーの肯定に二人がため息をつく。
「一番厄介なのは、僕とライネスが揃った場合、英霊の召喚が可能だということを絶対に隠し通さねばならないことです。さもないと、ことにライネスは封印対象になる可能性が高い。刻印の所持者ですから」
 ウェイバーが新たな龍脈管理人ロンマイ・ケアテイカーであることをブリギットは明かしたが、彼が真性の天賦を持つことや、実質的なマーリンの後継者となったことは伏せていた。
 ライネスも余計なことを口にせず、ウェイバーの反応に注意している。
 それを見て、ウェイバーは自分の得た新たな立場や才について、あまり公言すべきでないことを察した。このあたりの加減ははっきり言い渡されたわけでなく、自分で判断していけということだろう。
「あくまで僕はサポートですけど、この状態はケイネス・アーチボルトの術式あって、初めて実現可能です。その刻印を発動できるのは現状、ライネスしかいないのでは」
「そうね」
 スリーテンが感無量と言った表情で目を伏せた。彼女の手元には、ウェイバーがまとめたケイネスの術式に関するレポートがあった。もちろん、この内容は時計塔には秘密だ。一族の秘術を無闇に流出させるべきではない。細面の厳しい顔が優しくウェイバーを見つめた。
「貴方が本当に解読してくださる保証はありませんでした。全て、わたくしの賭けです。でも、わたくしは、どうしても、あの石室に放りだしておくことはできなかった。あの子が生命を懸けた術式です。わたくしがなんとかしなくて、どうするのです」
 スリーテンがテーブル越しにウェイバーに手を伸ばした。ウェイバーは一瞬、警戒する態度を見せた。
「もう何もしませんよ。貴方はライネスの師で、友で、我がアーチボルトの恩人です」
 スリーテンがほのかに苦笑して首を振ると、ウェイバーは今度こそ、しっかり彼女と握手した。スリーテンがウェイバーに頭を垂れた。
「感謝します。あの子の突き抜けた才に追いつけるものが一族にいなかったことを恥ずかしく思いますが、貴方がいて下さってよかった。わたくしたちは、これで血の続くかぎり、あの子の功績を留めることができます。全て貴方の御蔭です」
「僕も、マダムが僕に刻印を植えつけなかったら、再びアーサー王と対面することは叶わなかったでしょう。大変だったけど、素晴らしい経験をありがとうございます」
「知っている? 降っている間は寒いけれど、スリートは春が来る前に降るものなのよ」
 スリーテンが微笑んで見つめる。
 ウェイバーはただ頷いた。
 この和解はライネスにとって大切なことだった。
 師と実家が対立している状態では彼は板挟みになってしまう。
 だがウェイバーは魔術師らしからぬ截然せつぜんたる公正な言動で、気位高いアーチボルトの信頼を勝ち得たのであった。
「スリーテン、これは、いざというときソフィアリだの、うるさい連中と取引できる材料になる」
 フィンレイが眉をしかめて腕組みしている。
「ましてや、うちの子を封印対象なんて。そんなことには絶対にさせない。この子はアーチボルトとアーチゾルテ双方の術式を継ぎ、一族最高の魔術師になる可能性を秘めているのだから」
「パパ」
 ライネスが照れくさそうに短い金髪をかき回す。彼はなんとも居住まいが悪そうだが、嬉しそうに顔を伏せた。
「参っちゃったなー。そこまでいっちゃう話なのかよ」
「少なくとも僕はそう思う」
 ウェイバーの横目にライネスが派手に両手を広げて肩をすくめた。
「まあいいか。バレなきゃいいんだし」
「そういうことだ」
 ウェイバーとライネスは斜めに──ライネスの方が背が高いので──横目で見つめあい、互いに笑う。そこには独特の結びつきがあり、そういう関係でしか醸しだせない空気があった。
 フィンレイがほうと息を吐く。
「ライネス、お前は幸運だな」
「なんで」
「魔術師にとって、最も難しいことは友を得ることだ。それも心許せる友を」
 ライネスのみならずウェイバーも、じっとフィンレイを見つめる。穏やかな眼差しが二人に注がれる。
「そして信じられる師を得ることもまた。魔術師の世界は師弟であっても競争関係となるからね」
 ウェイバーは身に染みている。ケイネスに初めて敵意を向けられたとき、師が味方であるとは限らないのだと思い知った。それは時に死を意味する。自分は何も考えず、刃向かっていたのに。全く自分の幼さに今は苛々するほどだ。
 フィンレイがウェイバーに目礼した。
「うちの息子を頼みます」
 ウェイバーは打たれたように襟を正した。
「こちらこそ。宜しくお願いします」
「あのさ、師匠マスター
 ライネスがめずらしく遠慮がちに切り出した。
「何」
「お願いがあるんだけど」
 スリーテンとフィンレイも明らかにウェイバーを注視している。わずかに緊張するウェイバーにライネスが顔を寄せた。
「俺を日本に連れてってくんないかな。叔父上の命日に花を捧げたいんだ」
「ああ!」
 これは一族からの願いでもあって、本当は皆で行きたいのだという。
「でも、それはトオサカを刺激しかねないのでね。この子だけなら、さして問題にもならないでしょう」
 必要な手筈は全て調えるとのことで、ウェイバーは了承した。
「はあ、すごいスケジュールだな。クリスマスに帰ったら、年明けに一度、こっちに戻るよ。それから、お前ピックアップして、もう一回、帰る、かな。向こうも準備あると思うし」
「向こうって?」
 ライネスが肘をのせてテーブルに乗りだした。
「僕の実家」
 ウェイバーの一言にブリギットが顔色を変えた。
「え、ちょっと? 何それっ!? 聞いてないんだけどッ」
 彼女は黒髪を振り乱してイヤイヤするように叫んだ。
「わたしのっ、わたしのバカンスはどうなるのよっ」
「なんですか、その話」
 白けた表情を隠さないウェイバーの前でブリギットが叫んだ。
「だって、だって、わたし、この才能があるって分かってから、一回も旅行に行ったことないの! 大龍脈グレート・ペンドラゴンをお留守にするわけにはいかないでしょっ、そもそもサンドリンガムのパーティだって毎年あるんだしっ」
「それが宮廷魔術師ってものじゃないんですか」
 ウェイバーの淡々とした指摘に、ブリギットがにっこり笑ってウェイバーの手をとった。
「今年は貴方が行くのよ」
「何言ってるんですか、貴方は」
「やだやだ、カリブ海に行ーきーたーいー」
 じとっとした目つきが張りつくウェイバーの手を今度はスリーテンが握った。
「貴方はうちでクリスマス・プディングを召し上がるのよ。そうでしょう」
「ちょっとスリーテン、やめて」
「あらまあ、アーチボルト伝統のプディングを食べないなんて。人生の損失ですわよ」
 ぎゅっとつかむ力が強くて、ウェイバーは逃げ出したいような気持ちになった。
 え、何。なんなんだよ、これ。
「ええと、マーサが待ってるからっ」
「マーサって誰ッ」
 スリーテンとブリギットの声が揃う。
「あ、ああー、もう、僕のおばあちゃんていうか、日本の保護者ですよう」
 ウェイバーは二人の手を失礼にならないようにほどいて、ため息をつく。
「僕はパリスですかあ。黄金の林檎なんて持ってません」
「別に、わたしにくれてもいいのよ」
 ぎっと睨みつけるブリギットにウェイバーは声をひそめて囁いた。
「ブリギットさん、オフシーズンに行った方が旅費、安いですよ」
「あら、まあ」
 ブリギットが両手で口元を押さえて視線を泳がせた。
「僕にとっては、家族と過ごす初めてのクリスマスになるので」
 ウェイバーが視線を落として微笑むと、スリーテンが退いた。
「そういうことなら。クリスマスは家族と過ごすものだわ。いつか我が一族のクリスマスも体験してほしいけど」
「お招きくださってるのに、すみません」
「そうよー。貴方は王家ロイヤル・ファミリーを振ったのよ」
 ブリギットはまだ未練があるらしい。ウェイバーは肩をすくめるしかない。
「僕が行くところじゃないですよ」
「いいわ。貴方が日本から帰ってきたら、カリブに行く。ずっとずっと行ってみたかったのよ」
 話し合いは和やかに終わった。
 ライネスがかかえる問題について、ダグラス・カーも助力を約して、一族の秘密を守る体制が確立された。


 夜は庭でガーディパーティ。ウェイバーには想像もつかない華やかな生活だ。フィンレイが用意したという魔術による花火が上がる。魔力を持つ者以外は何度も色変わりして形を変える花火ファイアワークスを見ることはできない。
 招かれているのは魔術家門の人間ばかりで、皆ため息をついて見入っている。その間をライネスが後継者として、父親と一緒に挨拶をして回る。
 ウェイバーはちょっと感心する。
 彼を待つ間、ブリギットと小さなテーブルで御馳走をつまむ。フィンガーフードだが、どれも美味しい。ウェイバーが持参した、おかきも甘くないところが好評で、きれいなガラスのグラスに盛られて、あちこちのテーブルに置かれていた。箱に付いていた飾りも皿に添えられて、ここではかえってお洒落に見えた。
「そういえば、ブリギットさんは、なんで宮廷魔術師に就いたんですか?」
「千年以上に渡っての家業だからよ。仕方がないわ」
 ブリギットはシャンパーニュのグラスを揺らして肩をすくめる。今日の彼女は普段のドレスではなく、ごく普通のコートスタイルだ。とても髪が長いので、焦茶のコートドレスは王族みたいに落ち着いて見える。おまけに並んで立つとブリギットの方が背が高い。ウェイバーにはなんとも言えないところだ。
「だって、ブリギットさん、好きなのは彼女だけ、ですよね?」
 どこからどう見ても、ブリギットの忠誠心はアーサー王のみに注がれている。実際、彼女はアーサー王たるアルトリアに絶対の忠誠を捧げていたではないか。
「わたしが二君に仕えているって言いたいの?」
 ブリギットがシャンパーニュに角砂糖を落とす。ウェイバーは困ったように取り皿に残ったサンドイッチを口に運んだ。サーモンのクリームとスモークサーモン、ディルが挟まっている。
「不思議に思ったんです。僕はイスカンダル以外に仕える気はありません。だから、そこらへん、どう思ってるのかなって」
「簡単なことよ」
 ブリギットが揺らすグラスの中で角砂糖が崩れていく。
「真に陛下がお帰りになったとき、簒奪者を弑せる場所にいなければ。それだけのことよ」
 ウェイバーは言葉が出ない。
 ブリギットが刃のような視線をぶつける。ウェイバーが緊張した顔をしているのに気づくと、彼女はぱっと晴れやかに笑った。
「勘違いしないでね。わたしの女王陛下に対する忠誠心は本物よ。でも私たちの陛●●●●●に対する忠誠心は、それより千倍も万倍も大きいだけ。貴方には分かるはずだわ。イギリス国民でありながら、アレクサンドロス三世に忠誠を捧げる貴方ならば、ね」
 彼女は年齢不詳の横顔で夜闇の奥を見つめていた。
「あの方がいて下さると分かっただけで、わたしは救われるの」
「そうですね。僕も、同じかな」
 坊主、いい酒が出ているではないか。ちょっと飲まんか、ほれ。
「うるさいなあ、ライダー。酒なんか飲まないって何度言えば」
「ふふふ、ほらね」
 ブリギットが笑いだして、ウェイバーはあっと苦笑した。
 突然、どんと大砲のような音が谺する。
「わあ」
 テムズの向こうで大きな花火が上がる。次々と打ち上げの大きな音が微かな振動とともにやってくる。
 花火の夜ボンファイア・ナイトの始まりだ。
師匠マスターっ、お待たせっ、肉とってきました!」
 ライネスがローストビーフとステーキを載せた中皿片手に飛んでくる。
「野菜も食べなさい、ライネス」
 眉を寄せたブリギットの医者らしい一言にライネスは構わない。
「ほら、うちから、めっちゃよく見えるんすよ、特等席なんだ」
大きな光の花が咲く。夜空を極彩色の光が埋めつくす。ウェイバーも思わず見上げる。ブリギットもあごを上げて伸び上がる。飛びかうロケット花火の音がかしましい。
「きれいねえ」
「毎年、楽しみなんすよー」
 ライネスがちょっと得意げだ。
 三人とも美しい花火の競演に夢中になった。
 この日が過ぎると、また冬がやってくる。去年とは違う、新しい冬が──


 冬木の街を外国人の子供が一人で歩いていた。
 鮮やかな金髪でまだ小学生くらいの歳に見受けられる。よく見ると、恐ろしく整った顔立ちで、はっとする紅玉の瞳を持っていた。普通であれば迷子として保護されるべき子供だろう。だが誰も彼に興味を持たない。
 通りを歩く大人たちの間を抜けて、彼はぶつぶつと呟いていた。
「あんな、お姉ちゃん、嫌いだ。僕の言うことをちっとも聞いてくれない」
 白い小さな手を口元にあてて、自分の指を噛んでいる。
「僕は二回も言ったのに、この僕が二回も言ったのに。次はきっと分かるはずだよね。次に会ったとき……」
 子供の姿は人混みの中に消えていく。


 ウェイバーはたくさんのお土産とトランクを積み上げて、関空の入国審査イミグレーションを通り抜ける。これから自分のパスポートはさまざまな国の印章で埋めつくされるだろう。クリスマス直前の空港は出国する人と海外からの観光客でごった返している。
 慣れた冬木に入ると、帰ってきたと自然に思った。
 自分の運命を変えた土地、そして生涯、心を置くだろう場所──
 深山の丘が懐かしい。
 ウェイバーは迷わずマッケンジー邸の扉を開ける。
「I’m here!  Martha, Glenn!(ただいま、マーサ、グレン!)」
 ウェイバーの冒険は、ここから始まる。


続編を公開しました↓

イスカンダルの臣たるならば、次は自らの群を手に入れなければ
それが彼の礼装になる物語、です

    ライナーノーツ 時計塔の探求者


 『Fate/Zero』の二次創作として書いた『ウェイバー・ベルベット──時計塔の探求者』は、一般的な二次創作とは全く違う基準で書いた作品です。同人誌の二次創作ではなく、商業誌のノベライズとほぼ同じ精度で執筆しました。通常の同人誌に慣れている方は、不思議に思う箇所がいくつかあったと思います。それについて、覚え書きを残しておきます。

①原作とのスタンス

 参照作品は『Fate/Zero』(原作小説・アニメ)/『Fate/Staynight』(TVアニメ ディーン版、UBW)のみです。
 一般的に二次創作を書く場合、関連作品全てを網羅する傾向があると思いますが、Fateという作品の特殊性から、それは必要ないと判断しました。Fateは聖杯戦争と魔術の設定だけが不動であり、SN(Staynightの略号。以下同)以外の全ての作品が並行世界ということになっています。そして唯一の本体であるSNも分岐ルートが三つ存在し、どれが「正史」にあたるのか、設定されていません。実は確定されたストーリーが存在せず、非常に開かれた設定だけがあるという特殊な作品です。
 そのため、参照する作品も自由に選んでいいと判断しました。
 ウェイバーを少年のまま活躍させる時間軸である以上、参照できる作品は『Fate/Zero』本体に限られると言えます。また『Fate/Zero』はSNの前日譚として書かれた作品ですので、SNからの内容的な制約や設定の制限が発生します。そこは参照の対象にしています。

②キャラクターの取捨択一

 Fateは関連作品が多いので、非常に多くのキャラクターが設定済みです。前述の理由で他の作品は参照範囲に入りませんが、TYPEMOON.wikiなどで紹介されていたり、複数の作品やFGOに登場し、シリーズに固定されているキャラクターは無理に名前を変えない判断をしました。
 どちらも原作とは全く違う状態になっていますが、ライネスとドリュークがこれに当たります。
 オリジナルキャラクターだと思っていただければ幸いです。
 また必要以上に二次創作オリジナルのキャラクターを作らないようにしたため、メインキャラクター以外は、あえて名前も出さず、非常に薄くしてあります。商業誌であれば、ここは詰めなければいけない場所ですが、同人作品ですのでバランスを変えました。

③ウェイバーの使う人称

 原作である『Fate/Zero』では、ウェイバーの一人称は「ボク」であり、二人称も「アナタ」「オマエ」などカタカナ表記が採用されています。
 これはさまざまな理由が想定できますが、最も大きな要因は最初のウェイバーの浮き足だった様子に合っているからだと思います。また切嗣の一人称が「僕」であり、被らないように表記を変えたものと推測します。
 虚淵さんの文体は、いわゆる漢文調で非常に堅いため、一人称や二人称がカタカナ表記でも浮きません。
 しかし私の文体は非常に柔らかく、この表記が合わないことを自覚しています。
 また舞台をロンドンに移したため、キャラクター名や地名の全てがカタカナ表記となり、人称もカタカナだと読みにくくなってしまいます。
 そのため、アニメで台詞を聞いて普通に表記する場合、漢字を採用するので、その状態で通しました。二人称についても同様です。

④時計塔の設定

 時計塔については多くの派生作品で詳細に描かれていると思いますが、前述の理由から『Fate/Zero』に登場する描写から逆算できる範囲内で書きました。基本的にイギリスの教育制度に紛れこめる設定にしてあります。たとえば、他のインディペンデント・スクールからの転入・転出が可能になるように調整しました。また欧米の大学では一度、社会に出てから研究に戻ることはめずらしくないので年齢制限も設けていません。
 最高学府という言葉から、研究組織と位置づけ、付属校のような存在は想定しませんでした。あちらによくある大学院・専門課程だけが存在する学校をイメージしました。

⑤ギルガメッシュの描写について

 Fateきっての人気キャラクターであるギルガメッシュは『Fate/Zero』のラストで、この世全ての悪アンリ・マユに侵されます。彼は本来の輝きを失い、自我も揺らいでいると考えています。そのため、本来の彼であるシーンと、アンリ・マユに支配されていると思われるシーンを作りました。一貫性のない言動に見えるのは、そのためです。

 以上がライナーノートです。
 ウェイバー・ベルベットの物語は『Fate/Zero』で非常に高い完成度で完結しており、その続きは不要です。でも、一ファンとして、もっと彼を見たいという気持ちがあって、書いてみました。皆様にもお楽しみいただけたなら幸いです。

こちらも宜しくお願いします!










サポートには、もっと頑張ることでしか御礼が出来ませんが、本当に感謝しております。