PFAS問題を考える

最近クローズアップされてきた環境問題に、PFASによる水源などの汚染があります。PFASとは、有機フッ素化合物のうちのペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物を総称したものです。

PFASには優れた撥水性と撥油性の性質(水と油をはじく特殊な性質)を持つものがあり、半導体の製造過程などで工業的に広く利用され、消火剤などにも使用されてきました。そして化学的にとても安定であり、分解されにくい性質も持っています。
これらが体の中に入っても急激に現れる毒性はないことから、あまり問題視されずに規制が遅れたこともあり、環境中に広まっていきました。

PFASの有害性が広く認識されはじめたのは最近のことです。最初は動物実験などから有害性が示され、人の健康状態にも影響を及ぼすことが少しずつ分かってきました。
特に問題なのは、PFASは人体に取り込まれると排出されにくく、どんどん体内に蓄積してしまい易いことです。(半減期は数年単位)
問題になっているPFASは、昔から自然界にあった物質(放射線なども含む)とは異なり、人工的に新しく作られた物質なので、まだその性質がよく分かっていない部分もあります。

PFASの国際的な規制

PFASの有害性が認識され始め、世界的にその使用を規制する動きが高まってきています。
国際的な条約である「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs条約)」(日本も加盟国)では、PFASの1種であるパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)とパーフルオロオクタン酸(PFOA)が規制(製造及び使用の廃絶・制限など)の対象となり、その他のPFASについても規制対象にするかどうかの検討が進められています。

PFASの健康影響について

国際がん研究機関(IARC)は、2023年にPFOAの発がん性の評価を「グループ1」(発がん性がある)に4段階引き上げるなど、健康影響への研究が進むにつれて厳しい評価に変わってきています。

有害性を判断する上で、マウスやラットなどの実験動物と人では、特にPFASに関する体内のメカニズムが大きく異なっている事が分かってきており、できるだけ人での健康影響を調べて判断する方が望ましいと考えられます。

例えば米国環境保護庁(EPA)は、2016年には動物実験の結果をもとにPFOAとPFOSの規制値(飲料水中の濃度)を合計で 70ng/L としていましたが、2023年には人の健康に関する調査結果を取り入れたことで、それぞれ 4ng/L (従来の約9分の1)に大きく引き下げました。

日本のPFAS規制値は?

日本では2020年に水道水の暫定目標値が定められ、公共用水域や地下水に係る暫定目標値がPFOSとPFOAの合算値で50ng/Lとされました。
2023年に食品安全委員会で暫定目標値の再検討がされましたが、人の健康調査で得られた結果は使わずに、従来と同じ動物実験の結果のみから算出して耐容一日摂取量(TDI)をPFOSとPFOA でそれぞれ 20 ng/kg 体重/日 とすることが妥当とされました。
人の健康調査の結果(疫学)を取り入れずに判断した理由として、「疫学研究の結果から報告がある影響については、現時点では、臨床的な意義が明らかになっていない」(食品安全委員会『「有機フッ素化合物(PFAS)」評価書(案)に関するQ&A』より引用)などと説明されています。

しかし、新しい知見(疫学研究結果)を無視する理由としては少し弱いのではないでしょうか? 人への健康影響が現れ始める濃度レベルが分かってきたら、それ以上の影響がでないように用心して規制しておく意義はあるのではないでしょうか?
特殊な性質をもつPFAS分子には、まだよく分かっていないことも多いので、人の疫学調査で黄色信号が点滅しているなら、体内の濃度がそれ以上にならないように規制を設ける方が賢明でしょう。(特にPFASはいったん人の体に取り込まれると、長期間体内に残留し続けるので、急性毒性とは別の視点で長い目で安全マージンをとっておく必要性があるのではないかと思います)

日本がこのまま規制値を決めるのに動物実験の結果しか採用せずに判断することを続けていると、先進国の中で遅れをとってしまわないか心配になります。
(EPAほど厳しくするかどうかは別として)新しい疫学の知見を取り入れることにより、規制値や目標値を設定すべきではないでしょうか?

食品安全委員会の『「有機フッ素化合物(PFAS)」評価書(案)』のパブコメが募集されていましたので、この機会に意見を出しておきました。参考までに、この記事の最後に記載しておきます。
(パブコメは3月7日に締め切られています)

心配される「規制のイタチゴッコ」

麻薬類などの違法薬物が代表例ですが、ある物質の使用が規制されると、規制に引っかからない類似の性質を持つ別の物質(代替物質)が使われ始めます。しかし、類似の性質を持つ物質も規制されたものと同様な問題を生じることが多く、新たにそれらが規制の対象に入れられていき、また別の代替物質が使われ始めるというイタチゴッコが起きてしまいがちです。

産業分野で広く使用されてきたPFOSやPFOAが規制されたことで、それらと似た性質をもつまだ規制されていない代替物質が新たに使われることになります。しかし、新たに使われ始める代替物質の安全性は十分に確かめられているのでしょうか?
使われ始めて間もない頃にはまだ分からなかった問題(有害性)が、しばらくしてから判明する可能性もあります。

既に規制された種類のPFASはもう使用されませんが、その代わりに使用される物質についても注意深く安全性をチェックして、もし問題が見つかったら迅速に対応できるようにする体制作りを(企業側も行政側も)怠らないでいただきたいです。特に行政側は、必要に応じて素早く規制できるように監視体制を整えてもらいたいと思います。

廃棄されたPFAS類の管理について

PFAS類を含む「産業廃棄物」の管理もしっかりやって頂きたいです。
岡山県の吉備中央町では、水源がPFOAで高濃度に汚染されていたことが昨年になって判明しましたが、そこから取水された飲料水を飲んでいた住民(有志27名)の血液中のPFAS濃度は平均で約200ng/Lという世界的にみてもかなり突出した高濃度になっており、健康影響が懸念されています(※注)
これまでの調査の結果、水源付近に長年放置され続けていた産業廃棄物(使用済み活性炭)が汚染源である可能性が高いと考えられています。
産廃を扱う業者に責任があることはもちろん、その業者に処分を託した企業にも、委託先できちんと処分されているかどうか(実際に現地に足を運ぶなどをして)確認をしておく責任があると思います。そうでなければ、いい加減な業者に委託して後は知らん顔できることになり、問題が発覚しても「トカゲの尻尾切り」をして責任逃れができてしまいます。

※注:吉備中央町で汚染されていた水源は、飲料水として使われていましたが、農業用水としては使用されていなかったこともあり、不幸中の幸いですがこの地域てとれた農作物の汚染は起きていないことが検査によって確かめられています。くれぐれも農家への風評被害が起きないことを願います)

パブコメに出した意見

※電子メールフォームからパブコメを投稿しましたが、字数制限(500文字)があるので5つに小分けして出しました。
『「有機フッ素化合物(PFAS)」評価書(案)』の他に、「PFASワーキンググループ」の議事録にも一通り目を通して意見を出しました。
以下は、パブコメに出した文章です。

 評価書(案)のP26に記載のPFASの体内分布の解説と、一緒に紹介されているPFOAの体内分布の具体例((Pérez ら(2013))の内容が大きく異なっている。以下に抜粋する。
・PFASの体内分布の解説:「ヒトでもPFOS、PFOA 及びPFHxS は全身の組織、器官及び体液に広く分布していることが示されており、主な蓄積部位は血液や肝臓である。」
・Pérez ら(2013):「PFOA 濃度は骨で60.2(20.9)ng/g、肺で29.2(12.1)ng/g、肝臓で13.6(4.0)ng/g、腎臓で2.0(1.5)ng/g、脳で検出下限未満・・・ (参照53)」(主な蓄積部位は肝臓ではなく骨で、骨は肝臓の約4~5倍となっている)
記載内容にこうした矛盾があると、あまり丁寧に検討しなかったのではないかと不信感を持ってしまうので、他にも内容に齟齬がないように「評価書(案)」を丁寧にチェックして、推敲し直して頂きたい。

疫学データを使わずに、依然として動物実験データからTDI等を算出していることに対し、大いに疑問がある。
動物(マウスやラットなど)とヒトでは、PFASに関する体内メカニズムが大きく異なるので動物実験を基に判断することは難しいと認識しながら、これまでに得られているヒトの疫学データは使用せずに動物実験のデータのみから暫定目標値を決めてしまっている。
高曝露量と低曝露量との間に明確な用量反応関係が見られないことを理由の1つにして疫学データを採用していないが、これについては食品安全委員会「PFASワーキンググループ」第2回議事録P36で長谷川専門参考人がPFAS分子(特にC8であるPFOSとPFOA)の挙動が、低濃度と高濃度で違いがある可能性を指摘しており、まだ知見に乏しいPFAS分子にこうした性質がないとは完全に否定できないので、PFAS曝露と関連する健康影響が示された疫学データを安易に無視せず、それなりの信頼性・再現性があれば目標値の算出に組み入れるべきだと思う。

③ PFOAやPFOSなどは人体に蓄積しやすい性質があるので、できるだけ人体に入らないように規制値を低く設定することが望ましい。さらにIARCは、ヒトに対する発がん性に関してPFOAをグループ1に、PFOSをグループ2Bに分類しており、健康リスクとして相応に認識し、人体への摂取量を抑えていく必要がある。
EPA(2016)では動物実験(ラット)から指標値を算出していたが、EPA(2023)では新たに得られたヒトの疫学データから指標値を算出してより厳しい規制値に変更している。
EPA(2023)でのPFASのRfD設定スキーム(評価書(案)P192とP194に記載の図)はとても合理的であり、日本でも同様にして疫学データを組み入れてTDIなどの値を決めていって欲しい。疫学データに関しては、個々の論文の評価がバラついて判断が難しいということが不採用の理由の1つともされているが、メタアナリシスによる総合的な評価方法を採用すれば良いのではないか。

④ PFAS血中濃度が高い人たち(高濃度曝露)の疫学データは汚染源となった工場に勤務する作業員など主に男性に偏っており、感受性が高いと思われる妊産婦や子ども(特に乳幼児)の高濃度曝露のデータに乏しいことから、より慎重に規制値を設定した方が良いと考える。
今回提示された暫定基準値は、TDIが PFOS とPFOAで各20ng/Kg/日とされているが、これを元にPFOSとPFOAの血中濃度を算出すると、それぞれ250ng/mL、 143ng/mLになる(この計算結果は京都大学 小泉昭夫教授による)。
この値は一般的な人たちの血中濃度よりはるかに高くなり、米国科学・工学・医学アカデミーが20 ng/mL を超えると健康影響のリスクが高まると提言していることを考慮すると、これで妊産婦や乳幼児などの安全性が十分に保たれるのか大いに疑問である。

⑤ 今回はPFOS、PFOA、PFHxSの3種類について検討されたが、産業分野(これまでPFASを使用してきた半導体製造工場など)ではこれらの物質の使用が制限されたことで代替物質が使われることになる。新たに使用される代替物質についても上記3物質と同様な問題が生じる可能性があるので、それらについての監視と安全性チェックの体制も整えていき、必要に応じて迅速に規制できるように準備をして欲しい。


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