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【フィクション】本質は成長であって苦しむ事ではない

 先日、こんなポストをTwitterXに流しました。


 この報いがあるってやつですが、報いを受けた事でそこから学んで成長するのがメインなのです。

 報いによって苦しむ事はメインではないのですな。逆に言うと、苦しまなくても成長できたら、自分の間違いに気づけたらそれでOKなのです。

 それは裏を返せば、学ぶことも成長することもないのなら、ずっと苦しみだけが続くことになるということでもあります。

 ある意味で理不尽にも見えるのですが。しかし、メインは成長であって苦しむ事そのものではないので、仕方がないのですな。

 ただ、これはあくまでも一例に過ぎず、フィクションのあり方は多様だと思います。

 成長なんかしないで、ただただ主人公の望みが叶えられる物語も人気があるようです。ウェブ小説で人気が出やすいのは、そうしたタイプらしいです。

 と言っても、そのようなストーリーの型を持つからこそ、ターゲット読者にとっては好感の持てる主人公でなくてはならないのは言うまでもなく。

 そこを失敗すると駄目みたいですね。

 ポストの中では男性をメインターゲットとした物語と言いましたが、念頭にあったのは少年漫画です。

 大人向けでも成長や新たな気づきはあっていいと思いますが、やはり少年・少女向けならなお一層、成長は欠かせないものになるのではないかなと思います。

 ところで、ウェブ小説の流行りの世界では、自分たちが書くものこそが新しいタイプのエンタメで、成長などがあるのは古いエンタメらしいです。

 つまり主人公に感情移入する読者は、今の自分を否定されず肯定されたいらしいのです。成長、特に苦しみによる成長は、ある意味で今の自分への否定ですから、そうした要素を嫌う人もいるようなのですね。

 それは否定されることに対する、非常な痛みがあるかららしいのですが。

 だから、少女漫画型の成長や気づきでもキツイ、少年漫画的な、乗り越えて克服して前に進む、なんてのはもう、苦しくて見ていられないらしい。

 だから読者が感情移入する主人公を、ひたすら癒やす物語が特にウェブ小説では人気があるようです。

 だから、世で人気のあるフィクション、漫画に限らないですが、そうしたものが好きであっても、ウェブ小説の多数派読者の好みからはズレてしまうこともあります。

 それほどニッチとか世間の好みからズレているでなくとも、ウェブ小説の世界では少数派になってしまうのですな。

 これからもしウェブ小説投稿サイトに小説を投下したいと思われる方は、その点を頭においていただけたらと思います。

 ここまで読んでくださってありがとうございました。また次回の記事もよろしくお願いします。

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