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怪談「人よけの嘘」

職場のAさんから聞いた話。会話はそれっぽく再現しています。

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Aさんは東京で就職したが、三十代になって地元にUターンした。
飲み屋でたまたま大学時代の先輩と再会し、お互い釣りが趣味だったのでたいそう話が盛り上がったという。

二人は釣りの約束をし、次の次の週末にはもう海に現地集合していた。夏休みの時期となると人が多い。おまけに土日だ。
釣れやすい場所はすでに独占され、Aさんは諦めて「場所かえますか?」と先輩に訊いた。

「いや、とっておきの穴場があるんだよ」

先輩の後をついていき、ハイキングコースのような林を抜け、脇道にそれ、獣道を辿った先に小さな岩場が見えた。たしかにマイナーそうな釣りスポットだ。

「おっと」と先輩は獣道でしゃがみ、野花を摘んだ。
「何してるんですか、キャラじゃないでしょ」
笑いながら言えば、「まあまあ」とニヤニヤするだけ。

岩場の前まで来てAさんはぎょっとした。
20センチほどの小さな石積みの前に、枯れた花が置いてあったからだ。先輩はひからびた花を雑に放り、新しい花を供えた。

「先輩、ここやばくないですか。誰か死んだんじゃ」
「ああ、これ俺が作ったの」
「え!?」

なんでも、石積みは別の県の釣り人から訊いた「人よけのおまじない」らしい。
「ほら、塀に鳥居マークが書いてあるだけでゴミや立ち小便がなくなるって言うだろ? それと同じだよ」

先輩は得意げに、受け売りらしい話をぺらぺら喋った。正直Aさんは引いたが、ここまで来て釣れないのも嫌だったので、軽く流して釣りの準備を始めた。

結果、釣りは好調だった。先輩はひどく得意げだったという。

味をしめたAさんは、先輩と連れだって何度も釣りに行った。二回目以降は石積みに慣れ、むしろ親しみを覚えたAさんも、花を供えたり「頼むよ」と冗談めかして手を合わせたりした。

何度目かの釣りに来たときだ。
着くなり先輩が「ふざけんな」と声を上げた。

先輩がいつも腰掛ける場所に、空き缶や弁当のゴミが散乱していたのだった。いつしかその場所は二人の秘密基地のような気になっていたので、Aさんもこれには怒った。

「誰だよ俺達の場所によお、ぶん殴ってやる」
「人よけが見えなかったんですかね? もっとでかくしないと」

そう言ってAさんは石を拾い、石積みに載せた。

「ダボ、そんなんじゃ足りねえ」

先輩はかっかしやすい体質だ。
「ちょっと待ってろ」と言い残し、町に向かった。40分ほど経って戻ってきた先輩は、ふわっとした紙で包まれた花束、線香、ろうそくなどを持っていた。

「ガチじゃないですか」
「やるなら徹底的だ」

まだ怒っている先輩を手伝ううちに、Aさんは楽しくなってきたそうだ。それこそ子供時代に秘密基地を作ったのを思い出し、流木や大きな石を集めた。

石積みを獣道の脇から開けた場所に移し、自然物をよけて掃除し、流木を飾り、石を増やして塚をつくった。

石塚の手前側にはとびきり大きな白い石を置いた。わざわざ近くの土手を降りて、二人がかりで運んだ重い石だ。これで箔がつくだろう、と汗だくで二人は笑った。

最後に花束、線香、ろうそくを置けば、素人作でも「それっぽい」ものができた。
悪乗りした二人は、釣りそっちのけで作業しながら細かい設定も練り始めた。

「ホトケさんってどんなのにします?」
「やっぱ長い髪の女だろ、貞子みたいなの」
「ああ、白いワンピースで顔が見えないやつ」
「そうそう、男に捨てられて身投げしたんだよ」
「ベタっすね。オリジナリティ出しません? なんかで」
「じゃあ……ゴミ捨てたやつにとりついて殺すんだよ。んで、捨てたやつは必ずゴミ箱に頭が入れられて発見されんだよ」

そんなような、くだらないB級ホラーの話をして二人は帰った。

以降ゴミが捨てられることはなく、二人の快適な釣り生活は守られた。
――が、冬になって足が遠のき、他の趣味にはまったこともあって、Aさんは例の釣り場には行かなくなったそうだ。

翌年の秋、ふと釣りがしたくなったAさんは、久しぶりに先輩に連絡をした。ラインに既読はついたが返事はない。
期待せずに待っていれば、数日後電話がかかってきた。

『俺、風邪でいけねえわ』

先輩の声に覇気はなかった。仮病ではないのだろう。
それにしても聞きづらい電話だった。
ずっと後ろでどたばた子供が遊ぶ声が聞こえていて、うるさくて仕方ない。

『お子さんいたんですね』
『ああ、聞こえた? 悪いな』

ひどく咳き込む音がして、Aさんは不安になった。ただの風邪じゃないのではと思ったが、素人なので黙っておく。

『じゃあ釣り仲間もほかにいないし、一人で行きます。魚、お見舞いに持っていきますよ。いまどこ住みですか』
『いや、気ィ遣わなくていいから。俺の代わりにアレの面倒見てやってよ』
『はは、分かりました。一年ぶりだしピカピカにしときますよ』

週末をうずうず待って、街から港へ車で移動し、例の場所に行ってみて驚いた。

――石塚が祠になっていた。
手作りなのか、少し曲がった木製の壁と屋根ができている。前面にあたる部分は何もないが、上、横、背面は風雨から守られるかたちになっていた。
一番大きな白い石はそのままだったが、記憶よりツルツルしていて、磨かれたような印象を受けた。

祠の中、石塚の周りにはゴミのようなものが散乱している。薄暗いので頭を半分突っ込むようにして見れば、雑多な物が置かれていた。

子供の靴、安っぽい飾りつきのピンクの髪ゴム、汚れた名札、黄色い帽子。
真新しい花束に、読めない文字がびっしりと書かれた小さな板のようなもの。生物由来なのだろうか、干からびてよく分からないもの。

――何があった?
誰かが亡くなったりしたらローカルニュースになるだろうし、釣り人の噂にもあがるだろう。
――先輩のドッキリ? そんな馬鹿な。
街からは車で片道40分だし、先輩の性格からするとイタズラなら「いっしょに行こう」と誘い、面食らう自分の隣でげらげら笑うだろう。
一応ラインをしたが、また既読無視された。

Aさんは随分気味悪いものを感じたそうだが、せっかく来たので、と釣りを断行したそうだ。草木ががさがさいう音にいちいちどきっとしながらも、そこそこ釣れて普通に帰った。

二日後、先輩から着信があった。

『何か見なかったか』
『え? 何かってなんすか』

先輩はひどく焦っているようだった。

『俺達がつくったヤツって、女だったよな』
『つくったって……? ああ、塚の設定ですか? 貞子みたいな女が身投げして……』
『じゃあなんでだよ!!』

激昂と共に電話は切れ、Aさんはぽかんとした。
何度かメッセージを送ったが無視され、心配ではあるが一方的なやり方に腹が立ち、放っておくことにして、寝た。

翌朝、携帯電話を見てぎょっとした。
先輩からの通知だった。
深夜にでたらめなスタンプが、何十個も送られていた。

いやがらせにしても、変だ。解読できないかいろいろと試したそうだが、どうしても意味があるメッセージにはならなかったそうだ。

「なんですか」とメッセージを送っても既読にならず、その後先輩とコンタクトがとれることはなかった。

数ヶ月後Aさんは思い出したが、時間が有り余る釣り中に色々雑談をしたなかで、妻や子供の話は一回も聞いたことがなかったそうだ。


Aさんからこの話を聞いた私は、思わず「その先輩大丈夫ですか」と聞いた。
無作為なスタンプ攻撃は、自分も受けたことがある。そのときは親戚の幼児のイタズラであった。

「勤め先とか、大学時代の友達とかおうちを知ってそうな人は」
「軽く探したけどなんもわからなかったんだよね」

Aさんはけろりと軽い調子で言った。

「ま、生きてりゃ会えるんじゃない? 釣り場とかで」

海辺の祠はまだあるらしいが、見に行く勇気はない。


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創作です。
創作なので探さないでください。
絶対に真似しないでください。


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