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環境省「殺処分」3つの分類とこれからの動物愛護活動~譲渡適性なしと判定された犬猫をどう扱っていくのか?


岩手の「ペットの里」を訪ねる

 1月半ば、岩手県滝沢市の「ペットの里」を訪ねてきました。インターネット上で「花蜜幸伸プロジェクト」の1つとして犬猫の「殺処分ゼロ」を掲げた広告を立て続けにみかけて、気になったからです。

 この10年余りで「殺処分ゼロ」への取り組みは全国でかなり浸透し、地域差はありますが、行政による殺処分数は劇的に減っています。そしてまたその功罪についても明らかになってきています。

 いまの時点でなお「殺処分ゼロ」を一番の目標に掲げていることの意味は何なのでしょう?

 「ペットの里」だけではありません。ZOZOファウンダーの前澤友作氏の前澤ファンドが「殺処分ゼロ」に挑む財団に資金援助するという話題もありました。ペット向けの自然食品を開発するオネストフードが前澤ファンドから資金提供を受けて「殺処分ゼロ」に取り組む予定です。

 犬や猫の殺処分をなくしたいという気持ちは大変よいことです。しかし、丁寧な説明抜きに「殺処分ゼロ」が看板として使われると、「殺処分ゼロ」を目標に掲げて失敗した挙句、里親探しが困難と思われる犬を多数抱えたまま、迷走を続けている広島県のピースワンコを連想してしまいます。

 ペットの里やオネストフードはどのようにして「殺処分ゼロ」を実現しようとしているのでしょう。

 そんなことを考えて、知り合いの上原勝三さん(上原ケンネル社長、ペットパーク流通協会長、JKC理事)を誘って、ペットの里の創設者である花蜜幸伸さん、田中亜弓さんに会いに行きました。

東京ドーム9個分の広さ

 「ペットの里」はJR盛岡駅から車で30分ほど走ったところにあります。敷地12万坪、5千坪のドッグラン、旧ホテル棟などからなる施設はNTTが電電公社時代に建てた保養所でした。それをシェルターとして再利用しています。

ペット保護の聖地として、殺処分0を目指します。

 インターネットで検索すると、そんなキャッチコピーが現れてきます。一般財団法人ペットの里(田中亜弓代表理事)が運営し、スタッフ5人で、犬猫100頭余りを保護しているそうです。

 建物を少しずつリフォームするかたちで、保護した犬猫を収容するシェルターや室内運動を整え、2020年11月には保護猫カフェ「もどき」もオープンさせています。

 猫カフェの入り口は二重ドアになっていました。猫の脱走防止用です。スリッパに履き替えて入室します。

 犬舎は地上階にあって、大浴場などを改造して設置されていました。きょうだい犬など一部の例外を除いて、1頭ずつ収容されています。

 散歩させやすいよう犬全頭に首輪をつけていますが、鑑札を別に保管して装着していないのが不思議に思えました。人を警戒して寄せ付けない犬もいるようですが、逸走のリスクも皆無ではないはずですから、鑑札も一緒に装着したほうがよいですね。

 カフェや犬舎も広い建物の中のほんの一部です。敷地も「世界最大級(東京ドーム9個分)」と宣伝するほど広大です。資金さえあればいくらでもシェルターを増築できそうですが、いまのところ、足元の経営基盤をしっかり固めることが優先課題のようです。

高齢者向けにペット信託

 公開されている財団の会計報告によると、年間支出は3千万円前後かかっていますが、寄付収入は一定せず、赤字基調です。田中代表理事によると、月額1千円の会員が400人弱に増えてきているものの、厳しい財政事情を根本的に改善するには力不足です。

 各地の先例にならって、「ふるさと納税」を犬猫保護のために利用できないかと地元の滝沢市役所に相談したものの、残念なことに、理解を得られなかったそうです。

 増収策として、犬猫の里親に負担してもらう1頭1万円の譲渡費用を健康診断や不妊・去勢手術、ワクチン注射などの実費として3万5千円に変更しようとしているということでした。

 2014年3月発足のこの団体の共同創設者ともいうべき花蜜幸伸氏は、料理宅配の出前館の創業者として知られる起業家です。前経営陣との対立、持ち株売買を巡る金融商品取引法違反(相場操縦)など出前館の経営を巡って、かなり激しい浮き沈みを経験しています。現在はこのペットの里に住まいを移し、ペットの里の応援団づくりに取り組んでいます。

 田中代表や花蜜さんが最も期待を寄せているのは、高齢者世帯で保護犬猫の里親になれるようプルデンシャル生命保険が開発したペット信託(生命保険信託)ということでした。猫カフェの開業も里親希望者との出会いを増やすことが目的です。ペットを飼うことで高齢者も元気になり、飼い主のいない犬猫も減らせる、という筋書きです。

 この信託はペットより先に飼い主が死亡した時に、その保険金で「ペットの里」がペットを終生飼養する仕組みです。飼い主の年齢や健康状態などによって保険料は多いくことなるようですが、プルデンシャル生命のプランナーによると、200万円程度までの保険金を支払える設計を想定しているようです。

 ペットの里の試算では、岩手県内におよそ1700ある老人クラブの会員は約6万7千人いて、250人に1人の割合で猫を飼ってくれると、岩手県内での猫の殺処分はゼロになるそうです。まず岩手県で猫の殺処分をゼロにし、全国でも仲間を募って税金を使わずに猫の殺処分をなくすことを思い描いています。

 生命保険信託は動物愛護を支える新たな資金源として専門家の間でも関心を集めていて、高齢者が安心してペットを飼えるような環境が整えば、殺処分のリスクにさらされる犬猫の数も減っていく効果はありそうです。

 運営資金を「ふるさと納税」を含めて寄付金に依存しているピースワンコは、注目を集めようと「殺処分対象の犬を全頭引き取る」等々かなり難しい目標を掲げていました。客寄せのため曲芸を披露するサーカスのようだと私は思いました。

 案の定、無理がたたってピースワンコは法令違反を犯し、犬の引き取りを制限する羽目に陥っていますが、それでも多額の費用を投じて広告を出し、寄付を集め続けなければ、破綻してしまいかねない危険な事業です。

脆弱な財務体質の克服必要

 その点、田中代表らは「全頭引き取り」のような背伸びはせず、自分たちの能力の範囲で犬猫を保護していく考えのようでした。ペット信託という仕組みに高齢者世帯や保険会社が関わるため、運営団体のひとりよがりにはブレーキがかかる仕組みとみておくことができそうです。

 ただし、こうした保険が定着する前提として、「ペットの里」に限らず、飼い主が安心してペットの終生飼養を託せる団体であるという実績を積みことが不可欠です。犬舎やカフェを見学した限りでは、「ペットの里」にいる犬や猫たちは大切に扱われている印象を受けました。

 しかし、先に紹介したように財務体質は脆弱で、規模を拡大する前に資本(正味財産)を充実させておく必要がありそうです。譲渡団体はペットの命を預かっているわけですから、

 収容数がこれからどのくらい増えていくのか、現時点では見当もつきませんが、既存の建物の再利用には限界がありそうです。

「建物にあわせて犬舎を作っているから効率はよくない。毛玉がついても虐待といわれるくらい規制も厳しくなっているから、たくさん引き受けようと思うなら、犬猫の世話のしやすさを考えて設計した施設にする必要がある」

 見学に付き合ってもらったペットパーク流通協会の上原勝三会長(上原ケンネル社長、JKC理事)はそんな感想を漏らしていました。

 ペット業界たたき上げの上原さんは、飼い主が飼えなくなったペットの預かり事業にも関わったことがあるそうで、空調管理や糞尿処理など衛生環境なども考えると「しっかりした初期投資が必要になる」という見立てでした。

殺処分削減の数値目標は?

ところで「殺処分ゼロ」の定義は単純なようでいて複雑です。抱くイメージが人や団体によって違っていることもしばしばあります。

 一般への周知がまだ十分ではなさそうですが、環境省は2020年4月に改定した動物愛護管理基本方針で「殺処分」を3つに分類しました。

 ① 譲渡することが適切ではない(治癒の見込みがない病気や攻撃性がある等)


 ② ①以外の処分(譲渡先の確保や適切な飼養管理が困難)


 ③ 引取り後の死亡

 このうち譲渡適性はあるのに里親がみつからない犬猫(②)については、2030年度の殺処分を2018年度比50%減のおよそ2万頭に減らすという数値目標を掲げました。

 ①と③については数値を示さず「飼い主責任の徹底や無責任な餌やりの防止により引取り数を減少させ、結果的に該当する動物の数を減らしていく」としています。

 環境省が考え方を整理した背景には「殺処分ゼロ」に取り組む自治体が増え、殺処分される犬猫の数が激減した半面、「殺処分を減らすことを優先した結果、譲渡適性のない個体の譲渡による咬傷(こうしょう)事故の発生や、譲渡先の団体における過密飼育等、動物の健康及び安全の確保の観点からの問題が生じている」(「改定指針」より)という事情があります。

殺処分ゼロ、92自治体が実現

 犬を例に殺処分ゼロの広がりを環境省の2019年度統計で調べてみると、動物愛護センターや保健所が収容した犬猫の殺処分(①、②、③の合計)が「ゼロ」だった自治体は都道府県・政令指定都市・中核市125団体のうちわずか14団体ですが、数値目標を設定した②に限れば92団体にのぼります。

 つまり、譲渡適性のある犬猫に限って言えば、殺処分ゼロなら実現に近づいた状態です。これから考えていかなければならないのは譲渡適性のない犬猫(①)の取り扱いだろうと思います。
 
 譲渡適性からは判断して里親を見つけにくい①まで譲渡団体が進んで引き取った典型例が認定NPO法人ピースウィンズ・ジャパン(PWJ、広島県神石高原町、大西健丞代表理事)による犬保護活動「ピースワンコ」です。

 ピースワンコでは、里親探しが思うように進まずシェルターに滞留する犬が3千頭ちかくに膨らんでいます。収容された犬同士のケンカで死亡事故が多発し、広島県警の捜査を受けたこともあります。

 犬を訓練するスタッフも不足し、「全頭引き取り」を2019年に中止し、動物愛護センターから引き取る犬の頭数に上限を設けています。

譲渡適性なしは安楽死?

広島県動物愛護センターも環境省の新しい方針を受けて、2020年から譲渡適性がない犬をピースワンコなど譲渡団体や個人に引き渡すことを中止しました。センターの責任で殺処分(安楽死)にしているのです。

 命を選別せず全部救うと宣言していたピースワンコも広島県の判断による殺処分を認めているのです。「殺処分ゼロ」の定義を「治癒見込みがない病気や譲渡に適さない等として愛護センターの判断で安楽死対象となった犬以外の殺処分をなくすこと」と修正しました。修正するたび救う命の範囲は狭まっているように見受けられます。

 では、犬や猫が「譲渡適性なし」と判定されたら広島県動物愛護センターのように安楽死させることが唯一の正しい方法なのでしょうか?

 譲渡適性のないペットの例には、猫白血病、猫エイズなど感染症に罹患した猫、闘犬として飼われていた犬、飼い主等を再々咬んだ犬なども入ります。いろんな意見があるはずです。「殺処分ゼロ」を目標に掲げるなら、譲渡適性のないペットの取り扱いについての見解も詳しく説明して欲しいと思います。

 「ペットの里」はペット信託でいまのところ譲渡適性による区別を想定していないようですが、お年寄りは飼いやすい犬や猫しか引き取らないはずです。猫白血病など譲渡適性のない猫を積極的に引き取って終生飼養するのかどうか難しい問題だと思います。

 前澤ファンドが支援するオネストフード(東京・豊島、佐藤淳代表取締役)の考えもまだはっきりとわかりません。1月16日付のオネストフードのプレスリリースでは、「殺処分ゼロ」を掲げる財団を設立し、「全ての動物とその家族の幸せを創る」事業を展開するとあるだけです。

 オネストフード創業者の佐藤さんに財団の事業について尋ねたところ、「我々は、殺処分ゼロという表面的な言葉によらず、動物たちの福祉向上を最大の目的とすること、また一般に対してオープンな運営を心がけようと思っております」というコメントが返ってきました。殺処分ゼロそのものを目標にするというより、飼育放棄や虐待を起さない環境づくりに力を入れていくのでしょうか。

 活動を本格化させるのは今年夏ごろになるそうで、現在、財団事業に参加するスタッフ、専門家の人選を進めている最中のようですから、いまの段階で具体的な事業の内容を公表するのは時期尚早ということなのかもしれません。

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