見出し画像

英国デザインカウンシルの提唱する、複雑で不安定な時代における「システミックデザイン」とは

国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で議論されたトピックが示すように、わたしたちが暮らすこの地球は非常に複雑で曖昧な不確実な課題に溢れています。不確実でいじわるな課題を後回しにし続けてきた人新世に対して、この惑星の限界が徐々に近づいてきていることを切迫感を持って議論することが増えてきました。

VUCA時代の複雑な関係性とその相互作用の外郭を少しでも描くために、社会や環境などあらゆる複雑な相互作用の構造(システム)に焦点を当てた「システム思考」と、そのシステムと複雑に絡み合っている人間という行為者の経験に焦点を当てた「デザイン思考」が発展を続け、複雑さと関係性の中に社会的なイノベーションの源泉を見出した、両者の実践と研究が統合した手法が「システミックデザイン」と呼ばれています[*1]。

デザイン思考の中心的な考え方として知られる「ダブルダイヤモンド」を提唱したイギリスのデザインカウンシルは、複雑で不安定な未来に対して近年、線形なデザインプロセスを内省的に改めるような発表をしていました[*2]。さらに2021年4月に発表した「Beyond Net Zero: A Systemic Design Approach」にて新たなフレームワーク、またはデザイン手法として「システミックデザイン」が紹介されました。

専門家インタビューやデザインレビューなどを通じて、「システムを意識したデザイン」と「システムを変えるためのデザイン」を統合した「システミックデザイン」を実践するために次の6つの原則を掲げています。

システミックデザインの6つの原則

1. 人と地球を中心に
すべての生物が共有する利益に焦点を当てること
2. スケールを横断して
ミクロからマクロへ、根本原因から希望に満ちたビジョンへ、現在から未来へ、個人からより広いシステムを対象とすること
3. アイデアの検証と成長
かたちにしたアイデアがどのように機能し、価値を生み出すのか観察すること
4. 包括的で違いを歓迎する
共通の安全な空間と言語をつくり、多様な視点や疎外された視点を取り入れること
5. 協働と接続
社会の変容を目指したより行為の要素としてプロジェクトをとらえること
6. 循環と再生
物理的で社会的な資産に着目し、それらをどのように再利用し、大きく成長させていくかを考えること

このデザイン手法を実践する上において、デザイナーはその役割を「システム思考の実践者」、「創造的な具現化スキルの実践者」、「社会的な価値を語るリーダー/ストーリーテラー」、「多種多様なつながりから新たな育む実践者」という4つの領域で実践していくことが想定されています。もちろんデザイナー個人に求められるスキルではなく、広義のデザインを実践する組織が対象ですが、チームとして多様な領域で創造性を求められることには変わりはありません。そしてダブルダイヤモンドというフレームワークを書き換えるかたちでシステミックデザインのフレームワークが発表されています。

スクリーンショット 2021-11-30 21.46.16

[Beyond Net Zero: A Systemic Design Approach pp.46]

発表から半年した2021年10月、デザインカウンシルとThe Point Peopleが発表したレポート「System-Shifting Design: An Evolving Practice Explored」では、再生可能でより公正な世界に移行するためのデザイン実践について、38人のデザイン実践者を対象に、18ヶ月に渡っておこなわれた調査から得られた洞察がまとめられています。

そこでは脱・人間中心的な(生物/非生物による生態系)、脱・欧米的な(白人男性以外も含めた文化圏)議論を背景に、エンドユーザーの価値ばかりをみたユーザー中心設計やリスクを取ることを避ける漸進的な共同設計、単一の課題解決ばかりおこなうことへの集中などが批判され、複雑なシステムでのデザイン実践には適していないことが指摘されています[*3]。

Design Studio for Social Intervention (DS4SI) が「もしキッチンが図書館や学校、バスケットコートのように公共のものになったら、社会生活をどのように再編成できるだろうか」という問いかけから始めた「Public Kitchenプロジェクト」や、コロナ禍が生み出した分断からコミュニティが回復と再生に向かうための思索的なプロジェクトを支援する「Emerging Future Fund」など、レポートでは実践者の活動が多く紹介されています。

意識的であれそうでなくても誰もがシステムに関わっており、デザイン実践者は地球中心的な考えに移行し、大胆にリスクを取りながら、持続可能な未来のためのイノベーションを、システムの一員として協力していくことの可能性を読み解くことができます[*4][*5][*6]。

長期的な視点から社会的変容を目指すトランジションデザインの実践など、さまざまなデザイン実践が共鳴するように取り組まれているようです。個人的には先の「『みらいのさんち』はどこにあるのか──産地研究と多元的デザインの接続を試みたい」のように、日本の土着的な思想やアニミズム的な想像力を混ぜながら、意識的なシステムの移行を目指した「デザイン」に取り組んでいきたいと思います。


note内の参考リンク

注釈

[*1] 2012年にオスロで始まったRelating Systems Thinking and Design シンポジウムがきっかけに設立され、現在はSystemic Design Associationとして学術的な研究をリードしている

[*2] The Double Diamond: 15 years on | Design Council https://www.designcouncil.org.uk/news-opinion/double-diamond-15-years

[*3] 公正なデザインに対する態度は森さんの「「デザインの正義 Design Justice」を考えるために」の書評に詳しく書かれています

[*4] 近年の取り組みは国内でも多く出てきていると思いますが、都市やコミュニティの中に再生の機能を取り入れる「リペアカフェ」のような取り組みをおこなう山口さんの「リペアカフェと衣の自給」は興味深い。修理については中村さんの「「消費者」から「所有者」へ──なぜいま「修理する権利」が重要なのか」をあわせて読みたいです

[*5] 超生物的な視点や社会の福祉(Well-being)視点での取り組みの可能性を国内ではドミニク・チェンさんらの「ぬか床ボット」や「トランスレーションズ展 −『わかりあえなさ』をわかりあおう」などで垣間見ることができる

[*6] Systemic Design Toolkitから近々、その手法と効果を取りまとめた書籍が発表されるみたいです→ https://www.systemicdesigntoolkit.org/handbook

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?