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歴史・リノベーション・歩くまちづくりの邂逅なしにウォーカブル推進はあるのか

2021年10月、新型コロナウイルスの感染拡大に落ち着きが見られ、ようやく待ちに待ったお出かけを楽しんでいる人も多いのではないでしょうか。日本各地で「お出かけ」のきっかけになるようなにぎわいづくりの促進を促す、「歩いて楽しいまちづくり」とも言われるウォーカブル推進法(改正都市再生特別措置法)が2020年に施行され、緊急事態宣言の狭間を縫うように日本中で社会実験がおこなわれています。

本記事では、ウォーカブルな取り組みの背景を整理しつつ、中心部に集中する取り組みではなく、ヒューマンスケールな歩くまちづくりをどのように進めることができるのか、その可能性を「リノベーションまちづくりと歴史まちづくりと歩くまちづくり」の視点から考えてみたいと思います。

ウォーカブル推進法(改正都市再生特別措置法)とは

ウォーカブル推進法は、民間主導による都市の再生を目指した「都市再生特別法」の改定によって生まれました。行政のトップダウンではなく、都市再生推進法人やまちづくり会社などとの共創でまちづくりを進めようとした「都市再生特別法」は、平成以後の急速なグローバル化や情報化に対応した都市の再生を目的に施行され、度重なる改正を受けて現在に至ります。2020年に改正をしたウォーカブル推進法は、行政が管理する「街路等の公共空間」を市民に開放し、民間主体の利活用を通じて人が来たくなるような、歩いて楽しい空間の創出が目指されています。

先行事例の多い海外では、歩くまちづくり(=ストリートデザイン)として、ニューヨークのような車中心とした道路空間を、歩行者や自転車などが安心安全に過ごすことのできるヒューマンスケールな道路の整備と周辺にわたって経済が活性化する再開発手法として注目を集めています[*1]。フランスの15-minute Cityやオーストラリアの20 minute neighborhoodsなど類する政策がおこなわれ、都市構造を見直して徒歩やゆっくりとした移動を前提とし、大小さまざまな都市で生活する私たちの生活にWell-being(人間らしい生活)を取り戻そうとする動きが始まるなど、環境問題や移民の問題などさまざまな社会課題の解決を目指した、ポスト人新世の都市像を模索する動きが始まっています。

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国土交通省によるウォーカブル推進のための仕組み

日本におけるウォーカブル推進、公共空間活用の背景とは

一方で、国土交通省が進める「居心地が良く歩きたくなる」空間づくりに向けた取り組みは大小様々なエリアでおこなうとされていますが、ハブ駅や都心部などの主要な幹線道路やその周辺の歩道を対象として、既に賑わっている/賑わいにかげりが見えつつある地域での社会実験がおこなわれているケースが多く、地区内の交通レベルやヒューマンスケールな取り組みは始まったたばかりなようです[*1]。

その背景には、老朽化が進む日本の社会的インフラの実情が見え隠れしているようです[*2]。1960年代以降に短期集中的に整備された道路や橋梁、河川、港、公園などが、30-40年程度の期間を経て徐々に役目を終えようとしています。超少子高齢化による税金の減収が起きている地方において、コンパクトシティ化は目下の地域課題として挙げられるでしょう。

道路より先んじて手を打っている公園緑地は「都市公園法」の規制緩和により、Park-PFIを代表とした維持管理の民営化や、収益施設の設置による維持コストを生む施策を始めています[*3]。こうしたマネジメント視点の稼ぐまちづくりの実践が、朽ちるインフラである道路や駅前空間を利活用した歩くまちづくりにも影響を与えているようです。

ヒューマンスケールな歩くまちづくりの実践

それではなぜ、官民連携で進めようと始めた歩くまちづくりが、公共主導の社会実験になり代わり、「歩く人」の存在が置き去りにされているのでしょうか。ひとつにはパブリック空間=誰のものでもあるという欧米の考え方と、公共空間=行政の管理する誰のものでもない空間という、公共性に関する捉え方の違いが背景にあるように思います。先述のニューヨークでは、特定のエリアにおいて事業者に負担金の支払いを求め、その対価としてエリアの価値を維持・向上する取り組みを行政に代わっておこなうBID(Business Improvement Distorict)という仕組みがあります。誰のものでもあるから自分たちも管理や活用に積極的に参加するということでしょうか。日本でも大阪市などで日本版BIDの取り組みが始まりましたが、残念ながらその後の広がりは見られない状態にあります。

多様な利害関係者が交錯する道路の活用が民間から生まれにくい一方で、国土交通省が紹介する小さなエリアから生まれたウォーカブルの事例として、愛知県岡崎市と福岡県北九州市の2点が興味深いです[*4]。城下町の名残がある岡崎市は、中心市街地活性化を目指したエリア内の公共空間の活用と城郭にある商店街をつなげた回遊性の高いウォーカブル推進をおこなっています。公園や橋梁などの利活用を市民主体のワークショップで進め、専門家らと戦略的なビジョンを策定し、行政による規制緩和や支援をおこなってきた実績が結実した成果と言えるのではないでしょうか[*5]。またリノベーションまちづくりの先端都市として知られる北九州市の魚町サンロードでは、活動を通じて空き家や空き地を活用する視点が地域に広がり、アーケード下の歩行者空間の利活用を行政と対話するために、民間主体のまちづくり会社を設立するなど、民間主体で進めようという意識の高さが表れているようです。

いずれの事例(岡崎は連尺通りにおいて)も道路幅員15m以下とヒューマンスケールな道路での取り組みであり、特に魚町サンロードは5.5mと非常に狭いがゆえに、歩行者が楽しく安全に過ごすことができるのではないでしょうか。特徴的なエリアがゆえに趣のある出店者を招き、地域の魅力につながり、さらなる移動を楽しむきっかけになっていく。リノベーションまちづくりの観点から目的地となる場所が生まれ、次々と線でつながり、面へと広がっていく。まさにヒューマンスケールのまちなかを歩き回る楽しさを相乗的に生み出しているようです。

歩くまちづくりとリノベーションまちづくりと歴史まちづくりの邂逅を目指して

ヒューマンスケールの歩くまちづくりを評価するにおいて、これまでは景観や風致の維持や規制をおこなってきた「歴史まちづくり」との接続を見出すことはできないでしょうか。寺社仏閣や城下町などモビリティの発達を前に整備された古来のまち並みは、地域固有の風景を生み出してきました。

先述の岡崎市での取り組みは中心地が城下町と重なっている部分もあり、中心市街地の再整備とウォーカブルがうまく結合しているようと評価することができそうです。同様に岡崎市と人口規模の近い金沢市も歴史的なヒューマンスケールな都市構造が残り、民間主導のリノベーションまちづくりによる賑わいづくりが生まれていることから同様に評価することができるかもしれません。

日本中にある重要伝統建造物群保存地区や日本遺産の選定地など、そのポテンシャルを秘めたエリアはまだ多くあります。歴史的なまち並みの管理や復原に留まらず、歴史的に人が歩いてきたその地域の賑わいを、遊休不動産の利活用によって歩いて楽しいまちづくりにつなげることができるはずです。文化財保護に執着するのではなく、歩いて楽しいまちづくりの拠点としてどうのように活用することができるのか。周囲の遊休不動産や公共空間とどのように連携を取ることができるのかを真剣に考えるべきではないでしょうか。

歩くまちづくり・リノベーションまちづくり・歴史まちづくりは地方行政の管轄がそれぞれ異なっているため、課題型の組織づくりや組織間連携が必要など課題は山積みです。しかし、公民連携はあくまでも手法の一部。むしろ、民間の主体性と未来を描く創造力がなければ、私たちの暮らしは一向に変化はありません。ウォーカブル推進を公共主導の社会実験だけに留めることなく、「こうなったらいいな」の想像力を枯らさず、歴史的なヒューマンスケールの空間を再評価し、楽しみながら私たちの生活に変化を起こす持続可能なまちづくりに取り組むべきではないかと私は考えています。


注釈

[*1] ニューヨークのストリートデザインは、元ニューヨーク市職員のジャネット・サディック・カーン氏による『ストリートファイト』(学芸出版社)に詳しい

[*2] 根本祐二氏は年間8.1兆円規模の投資が社会インフラに必要であると『朽ちるインフラ』(日本経済新聞社)で説いた

[*3] これまで物販等の収益事業を民間事業者がおこなうことができなかった公園だが、法改正によって様々な取り組みができることになった。公共R不動産の『公園マスターに聞く!』というインタビュー連載では、戦後のどさくさにまぎれておこなわれていた公園でのさまざまな活動を管理するために整備されたその背景と、活用を目指した改正の背景を伺い知ることができる。〈前編〉公園マスターに聞く! | 公共R不動産 https://www.realpublicestate.jp/post/1793/ 

[*4] 街路・連立・新交通:官民連携による街路空間再構築・利活用の事例集にある「事例集本文 III.各事例解説(その4)」に小さな街路の事例がある https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_gairo_fr_000058.html 

[*5] 岡崎市のQURUWA戦略の試みはこちらで見ることが出きる https://quruwa.jp/ 


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