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いいね!

 その日、俺は寝る前にスマホでツイッターをしていた。
 フォロワーのAさんがT党M議員の投稿に、批判的な内容のツイートをぶら下げていた。俺は何の気なしに、そのツイートにリプライを送った。

俺:
もっとちゃんとやって欲しいですね。

 それが次の日になって、とんでもない事態を引き起こすこととなる…。


 翌日の仕事帰り、俺は電車の中でツイッターを開いた。
(……あれ? どうしてこんなに通知がきているんだろ? しかもこの通知は……)

M議員:
あなたは私を誹謗中傷するツイートにいいねを押しましたね。いいねも不法行為に当たるという判決が出ているんですよ!
謝るなら今のうちです!

(えええっ!?)
 T党のM議員が俺のツイートにリプライを送っていたのだ。
 そのリプライにはたくさんのいいねリツイート、さらに支持者らしき人たちのツイートがぶら下がっていた。大量の通知はそのせいだった。
(俺が誹謗中傷にいいね? 何のことだかわからないぞ)
 焦ってしまった俺はM議員へすぐに返信した。

俺:
すみません、どういうことでしょうか?
私は誹謗中傷にいいねなど押していないと思います。

 M議員から返信がきた。

M議員:
このツイートです。
これは私に対する誹謗中傷です!
あなたはいいねを押していますね?
謝る気がないのならあなたに裁判をすることになります!

(……さ、裁判だって!? なに? 裁判? は? は?)
 M議員が引用したのは、昨日のAさんのツイートだった。たしかに俺はリプライを送る時、そのツイートに”いいね”を押していた。
 ただ、それに深い意味なんてなかった。だいたい、誰かにリプライをする時は”いいね”を押すのが普通だと思っている。挨拶程度のものだ。しかもAさんのツイートは、俺には到底、誹謗中傷とは思えず真っ当な批判の範疇であるように見えた。
 M議員はAさんのツイートにも同じような警告のリプライを送っていた。しかしAさんは特に反応していなかった。Aさんは何事もなかったかのように普段と変わらないツイートをしている。
(Aさん……気にならないのか?)
(俺は……どうしよう? AさんにDMで相談してみようかな? でもAさんとはそんなに親しい仲でもないし……)
 俺は悩んだが、M議員に対する返信は一旦保留とし、家に帰ってから考えてみることにした。 

 帰宅後。
 俺はそれなりに親しいBさんというフォロワーにこの件をDMで相談してみることにした。BさんはAさんと同じようにT党の批判をよくしている人だった。

俺:こんばんは。ちょっといいですか?
B:こんばんは! 見ましたよ。M議員の件ですよね?
俺:そうそう、そうなんですよ……Bさん、どう思いますか?
B:あれは無視でいいと思いますよ。
俺:ええー! 無視ですか?
B:はい。下手に反応すれば、かえって面倒なことになってしまうと思います。間違っても電話をして謝ったりしたらダメですよw
俺:いやいや、それはないです。電話なんて絶対しません。怖いですし。
B:良かったです。

(無視かぁ……でも、それで済むのかなぁ?)

B:Aさんも無視しているでしょう? 放置が一番ですよ。
俺:でも、裁判するって言ってますよね? いいねでも違法になるっていうのは本当ですか?
B:最近そういう判決が出たのは事実です。
俺:マジですかー。
B:ですが、それは色々と総合的に判断された上での判決です。いいねだけで不法行為と判断されたわけではないです。
俺:そうなんですか?
B:まあ、どうしても気になるのなら、今すぐ謝ってしまうのも手だと思いますよ。
俺:え? でも、謝ったらダメだって…
俺:ああっ、ツイッターで謝るってことですか?
B:はい。たぶんそれで終わると思いますよ。いいねも取り消して。
俺:なるほど。

(謝る……か。う~ん、それも嫌だなぁ。なんで俺が謝らなくちゃいけないんだ?)
(どうも理不尽に感じる。俺は批判ツイートに“いいね”を押しただけなのに。謝らないと裁判なんて、まるで脅迫じゃないか)

B:もしかすると……可能性はすごく低いとは思いますが、開示請求をされるかもしれません。
俺:えっ!?
俺:開示請求って、住所とか名前とかですか?
B:そうです。
俺:いいねを押しただけで?
B:まず無理だと思いますけどね。
俺:無理っていうのは?
B:今回の件程度なら、開示請求は通らないという意味です。
俺:へ? でも……それなら無視でいいですよね?
B:万が一ということもあります。それに最近、開示請求はスピード化されたので。私も素人ですからはっきりとしたことは言えません。
俺:はい……。

(何それ、めっちゃ怖い! 俺、何かそんなに悪いことした? やっぱり、すぐに謝ったほうがいいのかな……なんか腑に落ちないけど)

俺:そもそも、私がいいねを押した……Aさんのツイートって、別に誹謗中傷じゃないですよね?
B:あんなのただの批判ですよ。誹謗中傷でもなんでもないです。
俺:ですよね……私もそう思います。
B:あまり力になれなくてごめんなさい。明日は早いのでそろそろ寝ますね。
俺:あっ、はい!夜分にすみませんでした!
俺:すごく参考になりました。ありがとうございました!
B:はい。お休みなさい。

(…………ええと)
(つまり、無視しても平気だろうけど、怖いなら謝ってしまえばいいってことだよな?)
(どうしよう…………)

 あくる日。
 俺は昨日のことが気になってしまい、あまり仕事に集中できなかった。これ以上ストレスを感じたくないので、帰宅するまでツイッターは一度も開かなかった。

 そして帰宅後、ツイッターを開いてみると……。
(また通知が大量にきてる……!)
 大量の通知はT党の支持者たちによるツイートだった。
 昨日のM議員のツイートにぶら下がったものだけじゃなく、まったく関係のない普段の俺のツイートにも引用リツイートやリプライがついている。
(これが噂のファンネルってやつ? まさか自分がこんな目に遭うなんて……)

支持者A:さすがはM議員、やっちゃってください!
支持者B:こんな卑怯者を許してはダメです。罪を償わせましょう。
支持者C:匿名で誹謗中傷するようなクズは裁判されて当然です。
支持者D:どうせ無職のゴミなんだろ。終わったなww
支持者E:M議員、こういう卑怯者は徹底的にやったほうがいいと思います。彼自身のためにも世の中の厳しさを教えてあげましょう!
支持者F:ざまあwww震えて眠れwww

(……め、滅茶苦茶だ。俺は誹謗中傷なんかしていない、真っ当な批判ツイートに“いいね”を押しただけじゃないか!)
(だいたい、匿名で誹謗中傷してるのはお前たちの方だろう!)
 あまりの理不尽さに怒り、悔しさ、情けなさ、あらゆる負の感情が湧き上がってくる。
(…………………………)
 が……敵意に満ちたツイートの群れを眺めていると、俺は何よりもひどく疲れてしまった。
 あと何日か、こんな状態が続くのかと思ったらゾッとする。M議員がツイートした裁判という単語も恐ろしい。

 そして――。

俺:
いいねは取り消しました。
私に誹謗中傷を肯定するような意図はありませんでしたが、M議員のご気分を害してしまったのでしたら、本当に申し訳ございませんでした。
心より謝罪いたします。

M議員:
わかりました。許します。

(……短かっ! それで終わり?)
 何はともあれ、M議員の返信を見て俺は心の底から安堵感を覚えた。
(これで済んだんだな……でも……)
(やっぱり、どう考えても理不尽だ。ツイッターは恐ろしい。面倒臭そうな界隈にはもう絶対近づかないようにしないとな……)


―― 「いいね!」 完 ――

※この物語はフィクションであり、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

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