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猫の夢覗き ~続・保護猫パグー物語~

"元野良"など、出自のはっきりしない動物を飼っていると、
「こいつの半生はどんなだったのだろう?」
と思うことはないだろうか?

経歴血統に関わらず、家に置いて世話をすれば大体何でも可愛い。
だが、好きになればなるほど「もっと知りたい」という好奇心が湧いてくる。だって、人間だもの。

そこで一計を案じ実行してみたのが、今回の話である。

■謎の女、パグー

我が家には「パグー」という名の保護猫(メス・年齢不詳)がいる。
保護猫といっても、ボランティアさんから譲渡してもらったのではない。
ある日、突然私が住むアパートに現れて、何故か居座ってしまったために保護したのだ。
(経緯は「保護猫パグー物語」をどうぞ)

さて、このパグーという猫、どうやら根っからの野良猫ではないらしい。
なぜ、そのように判断したかといえば、保護した当初から「人と暮らすお作法」を一通り心得ていたからである。

保護後、当然ながら近所の動物病院や情報通の人に聞き回ったが、結局パグーの素性は分からなかった。
素性もなにも、当時の状況から判断すれば「元飼い猫の今は野良猫」が妥当だろう。

最初は里親も考えていたが、保護後の検査で思った以上に老齢なことがわかったため、パグーはそのまま我が家の猫になった。
年の頃も考えると、ちょうど半年前に死んだ猫と入れ替わる形だ。
思った以上にさっさと我が家に馴染んだパグーだが、それでも時々思う。

ひょっとしたら、彼女にも帰りたいところや待っている人がいるのではないだろうか?

■猫の記憶に潜る

パグーのルーツについて薄ぼんやり気にかける日々の中、ある時突然閃いた。
「瞑想や霊視の要領で、パグーの意識に潜れないだろうか?」

以前から「アニマルコミュニケーター」など、テレパシーで動物と意思疎通する人がいるのは知っている。
そして依頼してみようと思ったこともある。
だが、仮にそれをしたところで真偽の確認ができなければ、きっと私は信じられない。
絶対に「この金の分、猫に美味い飯を食わせたほうがマシだった!」と後悔するに違いないのだ。

でも、知りたい。
……そうなったら、"自分"で視てみるしかない。

幸いというか、私は今のブームの前から瞑想をする習慣がある。
そして諸事情により霊視まがいのこともできる。
芸は身を助く……いや、好奇心を満たしてくれる。
これらを応用したら、パグーの深層心理や過去の記憶に潜れるかもしれない。

金と時間のいらないことは、思いついたら即実行。
夜な夜な布団へ潜り込んでくるパグーを抱えて、何日にも渡り試し続けたのである。

■揺れるニャンタマのある風景

ある夜もパグーの横で意識を飛ばしていると急に視界が開けた。
うちの猫霊様方が夢枕に現れる時も妙な視界の開き方をするが、それとも違う。
一瞬、夢か?とも思ったが、そうではない。
横になって瞑想の要領で頭を切り替えてから、眠気もなければ意識の断絶も起こしてない。
これは、ひょっとして……成功したのか。

心情としては小躍りしたいが、ここで感情を高ぶらせるのはマズイ。
せっかく繋がった意識が途切れてしまう。
ここは静かに見守ろうじゃないか。

視界は、全体的にぼやけている。
私はド乱視・近眼だが、その視界以上にぼやけている。
そして彩度が低い。
更に、目線が非常に低い。
以前試してみた「犬の視界」より更に低い。
なるほど、シャコタンボディ※のパグー目線だ。

※パグーは歴代猫の中で最も体高が低い。つまり短足なのだ。

胴と手足の比率からご想像下さい

側に誰かいる。多分、高齢の女性。
緩慢な動作とぎこちない手の動きで、パグー(私)の頭を撫でる。
すると、グググと音が響く。ぎゃっ!なんだ、この轟音は!
……あぁ、これは、聞き慣れたパグーの喉を鳴らす声だ。
なるほど、気導音と骨導音の両方で聴くと、こんな風に聞こえるのか。

パグーは比較的よく喉を鳴らす猫だが、嫌な相手や知らない人間には流石に鳴らさないだろう。
すると、この女性がパグーの飼主か、もしくは"飯づる"なのか。

幾つか場面が切り替わり、様々な物が見えたが、先の通りにそこは猫の視力だ。全然、全く、何が何だかわからない。

時折、屋根の上を歩いたりしている所をみると、飼い猫であっても完全室内飼いではないようだ。
最初の女性の年齢から考えると、いわゆる「猫は外に出して飼う」というスタイルなのだろう。

切り替わる場面の中、やっと意味が分かりそうなものが出てきた。
銀のアルミサッシ(窓)である。
窓はピッタリと閉まっている。
私は何度か鳴いたが、それが開かれることはなかった。

仕方なくその場を離れた。
その後、時々戻ったりもしたが、やはり窓が開かれることはなかった。

この後も切り替わる記憶の断片を歩いた。とても長く歩いた気もするが、これもやはり猫の体感なので、本当はどれくらいなのか分からない。
ただ、徐々に自分の体が重くなっていくのは感じていた。
パグーは疲労していたのだ。

ふと気づくと、目の前に大きな大きな黒い猫が立っていた。
私はこの黒猫をよく知っている。
パグーがやってくる半年前に死んだ、うちの猫(巨猫)だ。

サイズ比較:左・柴犬(6kg)右・猫(8kg)

内心で「あぁ、巨猫!」と猫の名前を呼んでしまうが、パグーはそれに気付かない。巨猫もそれに気付かない。
ただ、疲れ果てたパグーに「ついてこいよ」と促すようにして歩きだした。
パグーも何を思っているのか分からないが、何故かそれについていった。

景色は相変わらずぼやけたまま、時々明るくなったり暗くなったりを繰り返している。
昼と夜を繰り返しているのではなく、恐らく側溝の中や塀の隙間に入っていたのだろう。
その間、辺りがどれだけ暗くなろうと、前を歩く黒猫の尻だけが妙にハッキリ見えていた。

……ビロードのような毛の下で躍動する腿の筋肉。滑らかに動く背骨。
体の動きに合わせて揺れ動く太くて長い黒い尾。
その尾の根本にチラチラ見える立派なニャンタマ。
漆黒の二つのタマが、尻の肉と連動しフルフルと揺れている。
いや、見るつもりはなくとも、目の前にはどうしたってニャンタマしか映らないのだからしょうがない!

どこまで行く気かは知らないが、とにかくその後をパグーはずっと付いて行った。
不思議なことに、あれほど感じていた疲れは消えて何処までも歩いてゆける気がしたし、実際に随分と歩いた気がする。

黒猫に導かれ、揺れるニャンタマを眺めながらひたすら歩き続けたのだ。

……やがて、少し開けた場所へつくと、いつの間にか巨猫は消えていた。
見渡せば猫のぼんやりした視界、低すぎる目線でも見覚えのある風景だと分かった。

見知った黒のステップワゴンと、その横にあるカバーのかかった"何か"。
いや、何かどころか、あれは私の愛車W800じゃないか。
ここは……うちの裏駐車場だ。

もちろん、パグーはそんなことは知らない。知らないが、頭上で鳴った音には身をすくませる。
ステップワゴンの影から頭を巡らせると……そこ見えたのは、人間の私と愛犬の姿だった。

「あぁ!」と思ったところで、完全に自分の体に意識が戻った。
やはり夢から醒めた時とは違う覚醒感覚だ。

とりあえず目は開けたものの今まで猫になっていたので、ほんの数秒、人としての体の動かし方を思い出すのに手間取った。

数秒間の後、やっと発した言葉は
「……ニャ、ニャンタマ」
であった。

ニャンタマに導かれし猫・パグー

■結局、謎は謎のまま

この後も何度かトライしてみたものの、上手くいかないというよりも、何か視えてもそれが何かサッパリ分からない。

以前の主治医(猫好き獣医)が
「仮に猫の考えを知れたとしても、奇想天外すぎて人間には理解できない」と言っていたが、これもまたその一つなのだろう。

動物と人は視覚が全く違う。そもそも体の大きさが違うため、行動時に注目しているものも違う。
知能ウンヌンの前に、取り入れる情報と処理の仕方が違えば、そのままでは噛み合わない。
アニマルコミュニケーターという人達は、どうやってこの部分を処理しているのだろう。

巨猫だけが、妙にハッキリクッキリ見えたのは、やはりあれが生きた猫ではないからかもしれない。

一応、見えたものから推測してストーリーを考えると、こんな感じだろうか。

  1. 飼主は高齢の女性。恐らく独居で一戸建てに住んでいた

  2. パグーは室内外で飼われていた

  3. パグーが外出している間に、何らかの理由で女性がいなくなり、完全に閉め出される形になってしまった

  4. 放浪の最中、うちの猫故(巨猫)に出会い、経路は不明だが我が家までやってきた

結局のところ、肝心な部分はさっぱり分からなかった。完全な徒労である。
しかし、本音を言ってしまえば……別に分からなくてもどうでもいい。

巨猫が自分の代りとしてパグーを連れてきたにしても、そうじゃなかったにしても、パグーが元飼い猫でも根っからの野良猫でも、
どっちにしろ何にしろ、どうでもいいのだ。

なぜなら彼女はもう我が家の一員で、最期の時まで一緒にいることに変わりはないのだから。

元いた場所へ戻すことも会いたい人に合わせることも叶わないが、パグーも私と同じく最期まで共にいることをヒゲの先くらいに望んでいてくれたらと思う。

歯が3本しかないのにカリカリと音を立てて食べるパグー

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