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【全文公開】はじめに『高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』

全国屈指の激戦区・神奈川で互いに切磋琢磨しながら鎬を削る監督たちの熱い想いを一冊にまとめた

高校野球激戦区 神奈川から頂点狙う監督たち』(大利実 著)

が、いよいよ本日5月13日より書店に並びはじめます!
本日は本書の「はじめに」を全文公開です。

はじめに

有言実行で成し遂げた『KEIO日本一』

――あと2つです。その意識はありますか?
「日本一を目指しているので、あと2つではなく、あと8つぐらいだと思っています。まだまだ長い戦いですから、先を見据えながら、目の前のひとつひとつの勝ちを拾う。その両立を目指してやっていきたいと思います」
 2023 年7月20日、横浜スタジアムで行われた神奈川大会準々決勝。横浜創学館に7対2で勝利した直後、慶應義塾・森林貴彦監督が残したコメントである。
 20年近く神奈川の高校野球を取材してきたが、ベスト4入りを決めたあとに、「あと8つぐらい」「まだまだ長い戦い」と発言した監督は記憶にない。本気で日本一を狙う強い意思が感じ取れた。
「あと8つ」とは、神奈川大会準決勝と決勝で2試合、そして夏の甲子園で1回戦から決勝まで6試合、すべてを勝ち抜くには「8勝が必要」という意味を示している。
 チームの目標は『KEIO 日本一』。15年以上前から、ライト奥のネットに横断幕があったが、森林監督が「みんなが見えるところに移そう」と提案して、2022 年の世代からバックネット裏に掲げられている。日本一を果たすために、フィジカル強化、メンタルトレーニング、コンディション調整など、できることはすべてやってきた。
 たとえば、白山との2回戦(初戦)で4打数4安打の活躍を見せた丸田湊斗(慶應義塾大)を、3回戦の津久井浜ではスタメンから外し、休養に充てた。大会前から腰の状態が悪く、試合当日には痛み止めの薬を飲むような状態で、シートノックの本数も減らしていた。さらに、この3回戦では、正捕手の渡辺憩(慶應義塾大)を休ませて、背番号9の加藤右悟をスタメン捕手に起用した。夏の炎天下、防具を着けたキャッチャーの疲労感は想像以上のものがある。
 20日の準々決勝のあと、次の準決勝は24日。神奈川にしては珍しい日程の組み方だが、森林監督は21日を完全オフにして、疲労回復とリフレッシュに充てた。栃木・宇都宮市出身の2年生エース小宅雅己は、準々決勝の夜に親の車で実家に戻り、地元で髪を切ってから、22日の練習に合流した。
 心身ともに万全の状態で臨んだ準決勝で、東海大相模に12対1で打ち勝つと、決勝の横浜戦では2点ビハインドの9回表に渡邉千之亮(慶應義塾大)に起死回生の逆転3ランが生まれ、甲子園出場を決めた。
 2000 年以降、夏の甲子園出場は2008 年の「第90回全国高等学校野球選手権記念大会」、2018 年の「第100 回全国高等学校野球選手権記念大会」と、神奈川に2校の代表枠があった年で、単独出場となると1962 年以来のことになる。
 大会中、このことを聞かれた森林監督は、「今年も、第105回の記念大会(第105回全国高等学校野球選手権記念大会)ですからね」とユーモアを交えて、コメントを返した。記念大会に強さを見せるのが慶應義塾だ。
 甲子園では北陸、広陵、沖縄尚学、土浦日大を連破すると、決勝では仙台育英を8対2で下し、107年ぶり2度目の日本一を成し遂げた。2回戦からの登場だったため、「あと8つ」ではなく「あと7つ」ではあったが、まさに有言実行での日本一。
 ホテルのすぐ隣にあったスーパー銭湯で計画的に温冷交代浴を行い、疲労回復に努め、ホテルの地下駐車場には即席の簡易ウエイトトレーニング場を設置し、筋量が落ちないように継続的にトレーニングに励んだ。あらかじめ、学校からバーベルやシャフト、パワーラックなどをトラックで運び、およそ3週間の戦いを勝ち抜く準備を整えていた。
 県勢にとっては、2015 年の東海大相模以来となる夏の全国制覇。8年ぶりに深紅の大優勝旗が神奈川に戻ってきた。

神奈川を引っ張る横浜、東海大相模で新監督が就任

 本書は、全国屈指の激戦区・神奈川で互いに切磋琢磨しながら鎬を削る監督たちの熱い想いを一冊にまとめた書籍である。
 過去に、『高校野球 神奈川を戦う監督たち』(日刊スポーツ出版社/ 2013 年5月発売)、『高校野球・神奈川を戦う監督たち2 「神奈川の覇権を奪え!」』(日刊スポーツ出版社/ 2014 年5月発売)、『激戦 神奈川高校野球 新時代を戦う監督たち』(インプレス/ 2018 年6月発売)と、関連本を3冊出版してきた。
 2018 年から6年も経てば、監督の顔ぶれも変わる。特に、神奈川を長年引っ張る横浜と東海大相模の監督が代わったことは、大きなトピックスになる。
 横浜は平田徹監督(彩星工科監督)に代わり、2020 年4月から村田浩明監督が就任。東海大相模は春夏4度の全国制覇を果たした門馬敬治監督(創志学園監督)が2021 年夏を最後に退任し、元巨人の原俊介監督があとを継いだ。ともに学校のOBである。
 慶應義塾の日本一は、県内の指導者に大きな刺激を与えている。
 優勝を称えながらも、どの学校よりも悔しい気持ちを味わったのは横浜の村田監督だろう。夏の3連覇を狙った決勝戦、9回表に微妙な判定もあり、慶應義塾に逆転負けを喫した。「どん底まで落ちた」と正直な想いを明かす。渡辺元智監督、小倉清一郎コーチが作り上げたソツのない横高野球をベースに、自分の色を加えて、日本一を狙う。
 東海大相模は昨夏の準決勝で、慶應義塾に6回コールド負け。原監督にとっては、「あれぐらいの力がなければ、日本一にはなれない」と肌で感じる悔しい夏になった。門馬監督が退任前に黄金期を作り上げていただけに、比較されることは当然覚悟している。「表向きにあまり大きなことは言いたくないですが、日本一を獲りたい気持ちは誰よりも強くあります」と口にする。
 桐光学園の野呂雅之監督は、2023 年秋の県大会を制するも、関東大会準々決勝で惜敗し、センバツを逃した。最後に甲子園に出たのは、松井裕樹(パドレス)がいた2012年の夏まで遡る。「慶應さんは慶應さんのやり方で日本一になった。桐光学園には桐光学園の“型”があります。そこを信じてやり抜いて、日本一を目指す」と、他校は気にしすぎず、自分たちができることに全力を注ぐ。
 近年の成績を総合的に見ると、横浜、東海大相模、慶應義塾、桐光学園が第一グループを形成し、「四強」と呼ぶ声もある。夏の神奈川大会では、2009 年に横浜隼人が優勝して以降、四強のいずれかが優勝している。他校からすると、常連校の壁は厚い。

エベレストから富士山に変わった神奈川の頂上

 2023 年春、横浜と東海大相模を相次いで破り、旋風を巻き起こしたのが相洋の高橋伸明監督だ。前年秋の準々決勝で日大藤沢に敗れた日、「ベスト8に入っても、何も残らないな。上を目指そう。甲子園を目指そう」とミーティングを開き、心の底から甲子園を目指すようになった。一歩ずつ着実に階段を上り、頂点が見える位置にまで来ている。
 2009 年に神奈川の歴史を動かした横浜隼人の水谷哲也監督は、2024 年に節目の60歳を迎える。2022 年夏の5回戦では、横浜と延長にもつれこむ熱戦も悔いの残る負けを喫した。令和6年になるが、「昭和のガンコ親父」の役割を貫き、信頼できるスタッフ陣とともに再びの甲子園を狙う。
 横浜創学館の森田誠一監督は、水谷監督と同じ1964 年生まれ。ライバルでもあり、仲間でもある水谷監督から大きなエネルギーをもらいながら、横浜隼人に続く初出場を目指す。2021 年夏に準優勝、2022 年夏秋ともにベスト4と、優勝争いに絡む年が続く。
 日大藤沢の山本秀明監督は、「以前は、“エベレスト”に見えていた山が、今は“富士山”ぐらいの感覚です」と、頂点が近づいていることを独特の表現で示す。長く目標にしていた門馬監督が退任したことで、しばらくは“門馬ロス”に陥っていたが、今は「鉄壁のカベがなくなった」とプラスに捉えている。
 春夏12回の甲子園出場を誇る桐蔭学園は、2017 年秋に片桐健一監督が再登板。2019 年春に森敬斗(DeNA)を擁して16年ぶりにセンバツに出場するが、夏は1999 年を最後に優勝していない。2023 年12月に、偉大なOB が名を連ねる「技術指導委員会」を発足し、オール桐蔭で復活を期す。
 志賀正啓監督が率いる立花学園は、2022年夏に創部初のベスト4入り。ラプソードなど最新の機器を積極的に取り入れ、選手の可能性を最大限に伸ばす指導に力を注ぐ。チームのスローガンは『革命』。神奈川に革命を起こす準備を、着々と進めている。
 夏4度の甲子園出場を誇る古豪・武相は、2020 年8月にOB の豊田圭史監督が就任した。前任の富士大で計8度の全国大会出場を果たした手腕を持ち、母校の再建に本気で挑む。2023 年秋には桐光学園と延長タイブレークの熱戦を展開。「『何かやってくるんじゃないか』と、相手に怖さを与えられるチームにしたい」。土台作りの3年を終え、次のステージに向かう。
 大学の監督を務めていたこともあり、ネットワークは広い。2023 年12月には40代前後の同世代の指導者30名ほどに声をかけ、「みんなで切磋琢磨して、神奈川を盛り上げていきましょう」と懇親会を開いた。本人は嫌がるが、参加した指導者からは「豊田会」と呼ばれている。

県立高校の優勝は1951年の希望ケ丘が最後

 県立高校が夏を制したのは、1951 年の希望ケ丘が最後になる。私立が圧倒的に優位な神奈川で、県立が頂点に立つ日は訪れるのか――。
 川崎北、県相模原で実績を重ねてきた佐相眞澄監督は、今年8月に66歳を迎える。2023 年度をもって教員を退職し、外部指導者として指揮を執る。2019 年夏の準々決勝では、大会4連覇を狙った横浜に打ち勝ち、高校野球ファンを驚かせた。それでも、「甲子園に出ていないのでまだ満足していない」と、強豪私学に勝つためのチーム作りを進めている。エネルギーはまったく衰えていない。
 東海大相模のOBである横浜清陵の野原慎太郎監督は、前任の大師で2015 年夏、2016 年春、2017 年夏にベスト16に入ると、現任校で2021 年夏にベスト8進出。「私立も公立も関係ない。野球は私立だから勝つのではなく、いい投手、いい野手、いい裏方がいるから勝つ」。この意識を徹底的に植え付け、「公立(県立)だから……」という言い訳を排除する。
 川和の平野太一監督は、初任の津久井浜で2012 年夏にベスト16進出。二校目の瀬谷では、2016 年夏の3回戦で東海大相模と1点差の激闘を演た。2023 年に川和の監督に就き、神奈川を勝ち抜くための取り組みを進めている。
 2022 年、2023 年と2年連続で夏の第三シードを獲得した市ケ尾の菅澤悠監督は、「うちは甲子園を目指していない」と公言する。今の目標は、「夏の5回戦で勝負できるチームになる」。すなわち、優勝を狙う私学に対して、本気の勝負を挑めるかどうか。昨夏は5回戦で慶應義塾と戦い、1対8の7回コールド負けを喫した。

 選手にさまざまな個性があるように、監督にもさまざまな色がある。
 横浜隼人の水谷監督が、興味深い考えを教えてくれた。
「高校野球は監督、大学野球はキャプテン、社会人野球はキャッチャー、プロ野球は企業力が、勝敗のカギを握ることが多い」
 精神的にまだまだ振れ幅が大きい高校生。能力が高い選手が集まったからといって、勝てるわけではない。試合中の声かけひとつで、結果が変わるのもよくあることだ。
 夏の勝者はわずかに1校。
 神奈川の頂点、そして甲子園の頂点に挑む監督たちの戦いに迫った――。

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